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13.善人、新居を設計する

 夜の寝室。

 これまで過ごしてきた数千の夜と同じように、私とアンジェはパジャマへの着替えがすんで、一緒の床に就こうとしているところだ。


「明日は晴れるみたいだね」

「そうなんですか?」

「うん」


 頷き、窓の外に目をやった。

 嵐の一歩手前くらいの大雨がぱっしゃぱっしゃと窓を打ち付けている。


 雨が止む気配はまったくないが、肌に触れている空気の感覚が晴れる前日のそれだ。


 この感じがする場合、ほとんど100%の確率で晴れる。


「それじゃ、私はカラミティ様と一緒にお出かけしますね」

「うん、僕は屋敷にいるから、何かあったら呼びに来て」

「はい!」


 にこりと微笑むアンジェと一緒にベッドに上がって、灯りを消そうとする。

 その時、ドアがノックされた。


 静かだが、控えめで、申し訳なさを感じるノック。


「だれ?」

「お休みの所申し訳ございません」

「アメリアか。はいって」


 許可を得たアメリアが寝室に入ってきた。

 私とアンジェがパジャマ姿に着替えているのに対し、アメリアは未だにメイド服――仕事する格好だ。


「どうしたの?」

「ただいま入ってきた報告なのですが、ご主人様の神像に引っかかった物があると」

「……創造神かい?」

「今までのとまったく同じようですから、おそらくは。お休みの所申し訳ございません」

「ううん、よく知らせてくれた。じゃあ今から――」


 言いかけて、自分の格好を思い出したので、喉まで出かかった言葉を呑み込んだ。


「――今夜は監視する人員だけ増やして、念のために。明日以降僕が確認してくる」

「かしこまりました」


 しずしずと一揖して、アメリアが部屋から退出した。

 それを見送ってから、私は振り向き、ベッドの上で手持ち無沙汰にしているアンジェに手刀を立てた。


「ごめんねアンジェ、ほっといちゃって」

「ううん。それよりも大丈夫なんですか? すぐに行かなくて」

「アメリアの判断を信じてるから」

「アメリアさんの判断?」

「いつも通りだから問題はないけど、相手が相手だから一応知らせた。アメリアがこの時間にやってきたのはそういうことだよ」

「なるほど!」

「だから大丈夫」

「はい!」


 アンジェはニコニコ顔で頷いた。

 そんなアンジェを見て、アメリアが出て行ったドアを見た。


「どうしたんですかアレク様?」

「……アンジェにちょっと相談があるんだけど、いいかな」

「はい、なんですか?」


 アンジェはベッドの上で正座をして、居住まいを正して話を聞く体制になった。


「引っ越そうと思うんだ」

「引っ越す……ですか?」

「うん。僕たちの新居に」

「このお屋敷もまだまだ新しいですよ?」


 不思議がるアンジェ。

 彼女の言うとおりだ。アヴァロンに越してきて、そのアヴァロンの事が一段落してから立てた屋敷はまだまだ新しい。


「うん、でも、ここはなんというか、お仕事する場所ってイメージなんだ。僕の中では」

「はい! 屋敷でお仕事してるアレク様、いつ見ても格好いいです」

「ありがとう。今も、パジャマに着替えてるのが目に入ってなかったら、現場にいってすぐに確認しようと言い出すところだった。だから、仕事を完全に切り離した、夜にお休みするための新居に引っ越した方がいい――と思ったんだ」

「なるほど!」

「どうかな」

「はい! アレク様との新居、すごくわくわくします!」

「そっか」


 嬉しそうに、無邪気に喜んでいるアンジェの姿を見てると、こっちもついつい目尻が下がってしまう。


「アレク様! どういうおうちがいいですか?」

「うーん、アンジェはどんなのがいい?」

「私ですか?」

「うん。アンジェがどんなのがいいのか、まずは聞いてみたいな」

「そうですね……あっ、ちょっと待ってください!」


 アンジェはベッドから飛び降りて、そのまま部屋からも出て行ってしまった。

 どうしたんだろういきなり、と不思議がったまま待つ事しばし。


 アンジェは、大きめの紙をもって戻って来た。


「お待たせしましたアレク様」

「それはなんだい?」

「アレク様とのおうちを書いてみました」

「どれどれ?」


 アンジェが差し出した紙をのぞき込む。

 家の間取り図だった。


「面白い構造だね、部屋がいっぱいあって……放射状? をコンセプトで配置してるのかな」

「はい!」

「いっぱい部屋があるけど、僕とアンジェの部屋はどれ?」

「私の部屋はここです」


 アンジェは図面の上にある一つの部屋を指した。

 放射状に配置されて、ぐるりと中央のリビング? だか居間? だかを取り囲んでいる作り。

 そのうちの一つをアンジェは指さした。


「やっぱりそこなんだね」

「はい! 私はここです」

「そっか……私?」


 ふと、アンジェの言葉が引っかかった。

 記憶を辿ってみる――うん、さっきもアンジェは「私は」と言った。


 もしかして――。


「僕の部屋は違うの?」

「はい! アレク様は好きな所へどうぞ。その日の気分で、誰の(、、)所に行くのかを決めて下さい」


 ニコリと満面の笑みで説明するアンジェ。

 それで分かった、アンジェが書いてきたこれは「後宮」だ。


 この部屋は一つ一つに、それぞれアンジェや、まだ見ぬ側室達の部屋だ。

 そして私の部屋はない、私は泊まりたい娘の部屋に好きに泊まる、という意図の建物だ。


「これはいつ考えたの?」

「お姉様に教えてもらったんです、むかし、こういうのをしてた人がいたんだって」

「なるほど」


 側室を統べる正妻。

 その話を私はエリザから聞いた事があるし、エリザはアンジェにも話してるってことか。


「どうですかアレク様」

「アンジェがこういうのがいいというのなら僕もいいと思うけど、これ、実際の使い心地とかどうなのかな」

「そういえば、どうなんでしょう……」

「ふむ」


 私は少し考えて、アンジェが書いてきた見取図にそっと触れた。


 魔法を使い、物質を変換。


 すると紙はまるでみるみるうちに形を変えていく。

 まるで植物の生長、それを早送りにしたような感じで成長し(形を変え)た。


 紙は、ミニチュアの家、おもちゃの家のようなものになった。


「わあぁ……」

「アンジェの図を元に作ってみた模型だよ」

「はい! あっ、これ」

「ん?」

「ここ、部屋のドア同士が邪魔になっちゃってます」

「ほんとだ」

「この作りじゃダメですね」

「書きなおしてみよっか」


 家の模型に手を触れて、更に物質変換の魔法を使う。

 模型を紙に逆に戻す。


 直前まで模型だったのが、何も書かれてない白い紙になった。


 そこに、更に魔法をかける。


「アレク様、今の魔法は?」


 紙に戻す物質変換はアンジェもよく知っているが、その後にかけた魔法ははじめて見るので、不思議に思って聞いてきた。


「飛び出す絵本ってあるよね」

「はい、開くと紙のおうちとかキャラクターとかが飛び出る絵本ですよね」

「それに似た魔法をかけた。この紙に書かれた間取り図が、勝手にさっきのおうちの模型になる魔法。例えば」


 私は紙の上に絵を描いた。

 子供でもかけるような、尖った屋根の簡単な家だ。

書き終えた直後、紙の上に半透明の映像が浮かび上がった。


「こんな感じ」

「わあぁ……」


 アンジェは目を輝かせた。


「そして……こんな感じ」


 紙に書かれた絵の横に、くっつく感じで小さな部屋を書き足した。

 するとリアルタイムに、浮かび上がった映像にも小さな部屋が追加された。


「すごい!」

「これで書き足したり、微調整していこうよ」

「はい!」


 笑顔で頷くアンジェ。

 私は自分が書いた、拙い掘っ立て小屋のような絵を消して、ペンをアンジェに渡す。


「やっぱり、アンジェの部屋だけ他よりちょっと大きくした方がいいんじゃないかな」

「そうですか? じゃあ……こんな感じ?」

「あるいは大きさは同じだけど、配置や方角で差別化をはかるとか」

「こんな感じなのはどうですか?」


 やりとりの中、夜が更けていく。

 私達は寝るのも忘れて、新居の設計に没頭したのだった。

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