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12.善人、悪人と相性がぴったり

「じゃあ、招待状を宜しくね」

「お任せ下さい」


 アメリアは深く一礼して、書斎から出て行った。

 これでまた一つ結婚式の仕込みを終えて、私は充実感を覚えた。


 さて次は――と思っていたら、ドアの前に、何もなかった空間から彼女(、、)が現われた。


「やっほー、おひさー」

「ウェンディ。いつからいたの?」

「今来たばっか。大丈夫、あたしがずっと居たら悪事の三つや四つはもうしてるから」

「基準が高いね」


 微苦笑しつつ、執務机の斜め前にしつらえたソファーをジェスチャーですすめた。

 来客用のソファーだが、ウェンディはそこに行かず、スタスタと執務机の隣にやってきて、ひょいと机の上に座った。


 ハイエルフのウェンディ。

 魂の行き先、悪事をとことん積み重ねた魂が最終的にどうなるのかを知りたくて、本人曰く数百年間悪事を繰り返してきた。


 ある意味、私と対極にある存在と言える。


「そこに座られるとお茶を出しづらいんだけど」

「いいよいいよ、あたし飲み食いしないから」

「そうなの?」

「ハイエルフは霞を食んで生きてるのさ」

「それは嘘だよね」

「うんうそ」


 ウェンディは悪びれる事なく、実にあっさり認めてしまった。


「まあでも近いもんよ、悪い事をしたらそこからエネルギーを取り込めるのよ」

「それは便利だね。目的と手段が一致してる」

「……」

「どうしたの? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」

「いやあ、嘘つくなー! って突っ込まれるのかって思ったのに」

「真実に突っ込む必要なんてないでしょ」

「本当だって思うの?」

「だってそうなんでしょう?」


 聞き返すと、ウェンディは複雑そうな顔をした。


「今度はどうしたの、そんな顔して」

「うーん、ほらあたしって悪い事したいじゃん? だから普段から会話の中に九割くらい嘘を交ぜてるのよ」

「一割は本当なんだ」

「その方が嘘でだませる人を増やせるからね」


 そう言って、今度はウインクを飛ばしてきた。


「なるほど」

「だから本当か嘘か自分でも分かんないときあるけど、ピンポイントで本当の事を本当って言い当てられると複雑ってゆーか」

「なるほど。難しいね」


 なんか面白い、といったら彼女はどんな顔をするんだろうか。


「それより、今日は何をしに?」

「そだ。ちょっとクレームを言いに来たの」

「クレーム?」

「た・い・しゃ」


 語尾にハートマークをつけていそうな言い方。

 未だかつてこんな色っぽい「大赦」の言い方はあっただろうかと、ちょっと面白いと思ってしまった。


「あんたの結婚で大赦を出すんでしょ。で、それは指名手配中でつかまってないのにも適用される。そのせいであたし、逃げ続けて()を重ねてる案件がいくつも吹っ飛んだの」

「ふむふむ。そっか、法の裁きを受けないで逃げ続けるのも良くない事だもんね」

「そういうこと。だからふざけんな! って言いに来たの」

「そっか」

「でもそれだけじゃ物足りないから、ついでに何かしていこうって思ってね」

「何かって」

「あんたのお・よ・め・さ・ん」


 ウェンディは唇に指をあてて、イタズラっぽいジェスチャーで話した。


「可愛い子だよね、幸せの中に育って、悪意をまったく知らない感じ」

「ありがとう」

「その子をちょっと絶望で塗りつぶしたら楽しそうかなって」

「そっか」

「……それだけ?」


 ウェンディは目を見開き、小首を傾げた。


「大事なお嫁さんをメチャクチャにするって言ってんのよ、怒るくらいしたら?」

「怒らないよ」

「なんで」

「だってそれは不可能だから」

「……」

「アンジェのそばには大体いつもカラミティがついてる。そうじゃなくても僕はアンジェを守る為にいくつもの手を打って保険を掛けてる。はっきり言うとね、アンジェはエリザ――皇帝よりも安全な状態にあるんだよ。だから、キミがアンジェに何かをするのは無理だよ」

「あーうー。かわいくなーい」


 ウェンディはふてくされて、机の上から飛び降りた。


「ここはさ、ものすんごい殺気とか出して、『したらただじゃ置かない』ってあたしを威嚇するのが王道じゃん。それをやってくれたら可愛げあったのにー」

「なるほど、それは一理ある」

「まっ、あんたはそんな二流じゃないっか」

「それは二流なんだ?」

「格好いいけどね、でも結局おどしだけじゃん? あんたみたいに先に手を打ってある方がすごいし一流なんだよ」

「褒め言葉として受け取っとくよ」

「ふーんだ。あんたのお嫁さんだめでもいいもん。あんたの知らない所で悪い事コツコツしちゃうもん」

「そこはコツコツなんだな」


 私は苦笑いした。

 それ含めてウェンディのキャラであり、超然的な美しさを持つハイエルフでありながら妙に親しみやすい感じがする。


 だから私は、決してウェンディのことが嫌いではない。

 むしろ――


「そうだ。これをキミにも渡しておくよ」


 私は引き出しを開けて、中から一枚の招待状を取りだした。

 試作品(、、、)だが、限りなく完成品に近いものだ。


「何これ」

「僕たちの結婚式の招待状。キミと入れ違いだったメイドのアメリアに配ってくる様に言ったものでもあるんだ」

「へえー……って、魔法がかかってるじゃんこれ」

「うん」

「見た事ない魔法ね。なんなの?」

「僕に研究者の協力者がいっぱいいてね、その人達に開発してもらった縁結び」

「縁結びぃ?」


 語尾が上ずるウェンディ。

 なんだかいやそうな、あるいはうさんくさいものを見るような目をした。

 気づいたら普通に受け取ったはずが、いつの間にか招待状を二本指でつまむように持っている。


「そっ。僕たちの結婚式にあっちこっちからたくさん人が集まってくるんだ。しかも結構長い期間中」

「で?」

「その人達を結びつけられるといいなって。この紙は占いの様な魔法を掛けてる。後性格診断も。紙を持ってる者同士、性格、運命など上手く行く相手同士だったらこれを媒介にしてひかれあう、って仕組みさ」

「へえ」

「子供は国の宝だからね、そのために上手くいく人同士を引き合わせて、っておもったんだ」

「これをあっちこっちに配るの?」

「うん、ほら、まだこんなに――」


 引き出しからもう一枚、魔法を付与した招待状を取り出すと、私とウェンディの招待状が同時に光り出した。

 どっちも光って、同じペースで明滅を繰り返している。


 ウェンディは一瞬目が点になったけど。


「……あははははは」


 と、腹を抱えて笑い出した。


「これってあれだよね、はじめて見るけどこれ相性がいいときの反応だよね」

「うん、まあ、そうだね」


 微苦笑しつつ頷く。さすがにこれは想定外だ。


「あははははは、まさかのあたしとあんたが好相性。なにこれたーのしー」


 ものすごくツボに入ったみたいで、出会ってからで一番大爆笑されている。


「あれかな、宿敵って書いてラバーって読むのかな」

「そういう読み方はしないと思うけど」

「まあでも、なんとなく分かる気もする」


 大爆笑が収まって、ウェンディは目尻の涙を指の第二関節で拭った。


「あたしとあんた、善と悪のそれぞれ端っこにいるもんね。そりゃ一周回って相性もよくなるってもんだ」

「そうかもね」

「ふふ、今日ここに来た甲斐があった。これはもらっとく、じゃねー」


 ウェンディは満足げな顔で、身を翻して歩き出し、現われた時と正反対の感じで姿を消す。


 嵐の様にやってきて、嵐の様に去ったウェンディ。

 まさか、彼女と好相性が出るとはね。


 彼女のそれがうつったのか。

 私もちょっとだけ、面白いと思ってしまった。

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