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11.善人、罪をかわりにかぶる

 昼下がりのリビング、アンジェと二人っきりで、淹れ立てのお茶を楽しんでいる。


 アヴァロンを挙げての結婚式が迫っているが、やることはやったから、割と余裕がある。


「アンジェは何かやり残したことは無いの?」

「え? 何がですか?」


 前世での記憶をふと思い出した。


「結婚する時って、人にもよるけど色々やり残したことに奔走する人が多いんだ。独身時代の最後にやっておきたいこととか、色々あるみたいなんだ。だからアンジェはどうかなって思って」

「うーん」


 頬に指をあてて、考え込むアンジェ。


「多分……ないと思います」

「そうなのかい?」

「はい。あの……むしろ早くアレク様と結婚して、その後の事を一緒にしたいです」

「その後って……夫婦になってから?」


 一瞬、胸がどきっとした。


「はい、例えばハネムーンとか」

「……なるほど、そうだね。仕事をするようになってからあまりアンジェと二人っきりで出かけてないね。またゼアホースに行く?」


 ゼアホースというのは、何年か前にアンジェと一緒に行った温泉街の事だ。

 ちょっとした事件を解決した結果、ゼアホースの温泉はちゃんとした美容効果が付いている。


「はい! 行きましょう。他にもアレク様といっぱい、いろんな事をしたいです」

「そうだな」


 アンジェとの関係、はっきりと夫婦になった後どう変わって、何を一緒にするのか。

 私も、それが楽しみになってきた。


「ご主人様」


 ノックの後、メイド長のアメリアがリビングに入ってきた。


「どうしたんだいアメリア」

「勅使の方がお見えになってます」

「勅使?」

「お姉様の?」


 皇帝の命令を携えて来る者、勅使。

 それは、私たちにとって珍しい存在だった。


「どうして勅使が? お姉様に何かあったのでしょうか」

「分からない。とにかくお通しして」

「かしこまりました」

「アンジェ、着替えを手伝って」

「はい!」


 頷くアンジェ、私達はリビングを出て、衣装部屋に向かった。

 勅使という、正式な使者が来てるとなると、こっちもちゃんとした格好をしなきゃいけない。


 私はアンジェに手伝ってもらって、副帝の格式に沿った礼装に着替えた。

 そのまま応接間に向かい、先に通した勅使とあった。


 勅使は中年の男、気持ち中性的な空気を纏っている。

 宦官……なのかな。


「上意」

「はっ」


 甲高い声の後、私は勅使――皇帝の名代たる宦官の男に片膝の礼をとった。


「国父・副帝アレクサンダー・カーライル卿、および王女アンジェリカ・シルヴァの結婚に際し、帝国内における全ての罪人に大赦を行うものとする。以上である」

「……ありがたき幸せ」


 エリザの真意を推測しようとしたせいで、返事が一呼吸遅れてしまった。


「おめでとうございます国父様、これは紛れもなく名誉なことでございますよ」


 私が起き上がると、勅使はさっきまでの堅苦しい口調から一変、相当分のへつらいが籠もった口調で言ってきた。


「陛下は他に何か言ってなかった?」

「そうですね、私にはなんとも。ただ、国父様がおそらく気になるという事を一つあずかってきてます」

「どういうの?」

「謀反者も含めてすべて、と言う事みたいです」

「それは……本当に全員なんだね」


 謀反というのは言うまでもなく帝国法においてもっとも重い罪だ。

 通常、謀反を起こしてつかまった者は一族郎党死罪になるのが習わしだ。

 その範囲たるや、そして見せしめの意味合いも含めて。


 一族に妊婦がいれば、出産後の赤子をあえて死刑に処すという事もある。


 そこまで大赦を行うであれば、本当に「全て」と言うことになる。


 勅使に更に色々聞いてみたが、それ以上の情報は得られなかった。


「分かりました。陛下に返事をお願いできますか?」

「何でしょう」

「僕の名の下で、でやって下さい」


 勅使の表情が一瞬強ばった。

 何を言い出すのかと言う顔だ。


「それを……本当に伝えてもよろしいんですか?」

「うん」

「……わかりました」


 さっきまでの祝福する顔から一変、勅使は苦々しい表情のまま立ち去った。

 大赦というのは、穿った見方をすれば(そして貴族や大臣らにはその穿った見方をする者が実に多い)皇帝の人心買収の手段だ。


 人間の法は万能ではない、例えば両親を殺人鬼に惨殺された男が復讐に走っても、その復讐を裁かなければならない。

 情にてらせば酌量したくても、法では裁かざるを得ない事案はいくらでもある。

 それを個案でやるのが特赦で、あまねくやるのが大赦だ。


 私が頼んだ伝言は、大赦という人心買収を皇帝から横取りにしようということだ。

 勅使が苦い顔して立ち去ったのも無理は無い。


「アレク様、どうしてですか?」

「何が?」

「アレク様らしくないです。アレク様は人に感謝されたくて何をするってのはあまりないです」

「そんな事ないよ、僕はアンジェに喜んでもらえることならなんでもするよ」

「そういうことじゃありません」


 アンジェは困ったような、すねたような、その中間くらいの顔をした。

 私は苦笑いして。


「そうだね、アンジェには本当の事をいうけど、僕も大赦という行為を考えたことがあるんだ」

「そうなんですか?」

「うん、必要になったらエリザに提案しようとね。そうじゃなくても、アヴァロンの中なら、僕の権限で特赦はいくらでも出来る」

「はい」


 国父、副帝、アヴァロンの実質的な統治者。

 特赦を好きなようにやれる権限は私にはある。


「だからそれを天使様に聞いた事があるんだ」

「天使様に……?」

「そう。するとね、大赦というのは、死んだ後の査定じゃ、マイナスになるみたいなんだ」

「そうなんですか!?」


 驚愕するアンジェ。


「うん、だって犯罪者を解き放つ事だからね、本質は。脱獄の手引きと実はそんなにかわらないんだ」

「あっ……そういう観点なら……そうかもしれません。じゃ、じゃあお姉様を止めなきゃ」

「無駄だよ」


 私は更に苦笑いした。


「エリザが自分で来ないで、勅使を来させたでしょ。それは『もうやるって決まったから』の宣言なんだ。相談するつもりがあるなら本人がきてこっそり僕と相談してる」

「そうですよね……」

「今の勅命、帝国のいたる所にもう走らせてると思うんだ。アレクサンダー卿の結婚に合わせて罪人を開放しろってね」

「です……よね」

「だから、僕の名においてやってって言った」

「でも、それじゃアレク様がその罪を背負うことに」

「忘れたのかい、アンジェ」

「え?」


 何を? って感じできょとんと刷るアンジェ。


「僕は天使様のお願いで定期的に罪を重ねないといけないんだ」

「あっ……」

「今回の事はむしろ渡に船、ってところだね」

「そっか……さすがアレク様、さっきの一瞬でそこまで考えていたんですね」


 私はアンジェに微笑んで、マリを呼ぶ。

 今の話を手紙にしてもらって、エリザに送るように指示をだした。


 エリザもきっとアンジェと同じ疑問を持つと思うから、天使の話も含めて、包み隠さずエリザに伝えるように手紙にしたためたのだった。

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