06.善人、結婚の女神を捕捉する
「結婚式の準備を進めないとね。アンジェ、パレードとか、お祭りとか。そういうのをしちゃうけど、大丈夫かな」
「はい! 全然大丈夫です! アレク様のお嫁さんになるのですから、心の準備はちゃんと出来てます!」
言い切ったアンジェがとても頼もしかった。
というか、これはむしろ私の方が心の準備が出来ていないのかもしれない。
皇族や高位の貴族の結婚、それも正室の時はかなり大きな、場合によっては国を挙げての行事になることが多い。
前皇帝が皇后を迎えた時は都が一ヶ月以上祭りになったのを覚えてる。
国父、副帝。
それらの称号が付いてる私もそういう結婚式になる。
それを貴族の娘であり、私との許嫁期間が長かったアンジェはしっかり心の準備ができてるという。
むしろ前世で庶民だった私の方にためらいが残っている。
「わかった、じゃあ準備は僕の方で進めておくね」
「アレク様、一つだけ、お願いしてもいいですか」
「うん、なんだい。何でも言ってみて」
「結婚式なんですけど、神様の前で出来たらなあ……って」
「神様の前か」
結婚というのは神聖にして荘厳なもので、通常でも比喩として「神の前で」誓う事がほとんどだ。
「本当に神様の前で、って意味だよね」
「はい……わがまま言ってごめんなさい」
「ううん、全然わがままじゃ無いよ」
「じゃあ、アスタロト様にお願いしてくれますか?」
「……うーん」
「ダメなんですか?」
若干の落胆とともに訝しむアンジェ。
「ああ、そうじゃないよ。ただアスタロトはどうかなって。賢者の剣、結婚を司る神様っている?」
常に背中に背負ってる賢者の剣に触れて、それを問う。
答えはすぐに返ってきた。
「ユーノー。って言う名前の女神みたいだね」
「ユーノー様ですか」
「うん、結婚と出産を司る女神みたいだね。どうせならユーノーに立ち会ってもらおうよ」
「本当ですか!?」
「うん」
頷く私。
「この事は僕に任せて」
☆
アンジェと別れた後の書斎の中。
一人になった私は、女神アスタロトを召喚した。
「お呼びでございますか、主様」
「ごめんね、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんなりと」
「アスタロトはユーノーの事を知ってる?」
「結婚と出産を司るユーノーの事でございますか」
「そう、そのユーノー」
どうやら知っているようで、第一関門突破してほっとした。
なぜなら、賢者の剣にはユーノーの居場所の情報は無いからだ。
居場所というのは情報であり、知識では無い。
あらゆる知識を持っている賢者の剣も、その都度変化する「居場所」の情報は得られない。
だからアンジェに「任せろ」といって、アスタロトを呼び出したのだ。
「そのユーノーの居場所知ってる?」
「申し訳ございません。天界にはいない、としか」
「いないの? もしかしてアスタロトと同じ?」
何かの拍子で堕天して悪魔になったのかと思ったが、アスタロトは静かに首を振って、否定した。
「いいえ、単に創造神と折り合いが悪く、天界にはいないだけでございます。今もきっと、世界のどこかで仲良し夫婦を見守っていて、加護を授けている最中かと」
「あーなるほど、それは創造神と仲悪くなりそうだね」
アスタロトの言うことが本当なら、ユーノーというのは神になっても人々――夫婦に祝福を授けて回ってる女神ということになる。
そりゃあの創造神と折り合いが悪くもなる。
「でもそっか、アスタロトも居場所知らないか」
「申し訳ございません」
「ううん、気にしないで」
さて、どうしよっか。
アスタロトも知らないとなると、今の所手がかりとかないようなものだ。
アザゼルとかマルコシアスにも話を聞いてみるか?
よし、なら呼び出して――
コンコン。
「ご主人様」
「アメリアかい? はいって」
「失礼します」
ノックからの入室、そしてしずしずと一揖。
メイド長のアメリアは、その動きもかなり洗練されていた。
「どうしたの?」
「先ほど報告があり、ご主人様のご神像の周りに外傷の無い死体が見つかったとのことです」
「また創造神か」
私の神像の周りに死体が――ホムンクルスの存在は一般人には知らないから、創造神が侵入しようとして、それを阻止した後にのこったホムンクルスの肉体は「外傷の無い死体」として報告されてくる。
「いかがなさいますか?」
「慎重に運んできて、僕が処理する」
「承知いたしました」
「――っ! 待って」
立ち去ろうとするアメリアを呼び止める。
一度身を翻した彼女は、流れるような動きでそのまま一回転して、私に向き直る。
そんなアメリア、そして未だにそこにいるアスタロトたちに手を突き出して止めるジェスチャーをしつつ、残った片方の手で額を押さえて、考える。
今の一瞬で何かがひらめいた。
なんなんだ?
「……アスタロト」
「はい」
「ユーノーゆかりの物、あるいは場所ってある?」
「クジャクの指輪がございます」
「クジャクの指輪?」
「帝国皇帝が代々、結婚指輪としてあしらっている代物でございます。クジャクはユーノーゆかりの聖鳥でございますので」
「なるほど、ありがとう。アメリアもありがとう」
二人に礼を言って、私は魔法で帝都に飛んだ。
宮殿にやってきて、すぐそばを通る使用人にエリザの居場所を聞く。
「陛下は沐浴中でございます」
「ありがとう」
沐浴ってことは、エリザ専用の大浴場か。
入ったことはないけど、場所は分かる。
そこに一直線に向かっていく。
大浴場の表にやってくると、そこにいる使用人達が私の姿を見て、一斉に跪いた。
「陛下にお目通りを」
「少々お待ちください」
女の使用人が一人中に入って、すぐにでてきた。
「遠慮せず中へ、との仰せです」
「ありがとう」
若干戸惑いがないわけではないが、エリザがそう言うのならばと私は中に入った。
湯気立ちこめる大浴場、沐浴の手伝いをする薄着の女使用人達。
そして、一周するだけでちょっとした運動になるほどの巨大な湯船の縁に腰掛けている裸のエリザ。
「むっ」
「アレクが訪ねてくるなんて珍しい、何を急いでるの?」
エリザの綺麗な裸体に目をそらす――のも失礼だから、私はじろじろとはならない程度に、エリザの顔だけ視界に入れるように見つめて、答えた。
「陛下にクジャクの指輪をお借りしたく」
「こんな所だし堅苦しい言葉使いはいいわよ。クジャクの指輪って、私のはまだ無いわよ」
「……うん、だから先帝の物を。一目でいいからみせてほしいなって」
エリザがそう望んでいるから、私はいつもの口調に戻して、来意をつげた。
「ようはクジャクの指輪であればいいのね。いいけど、どうして?」
「アンジェのために、結婚を司る女神ユーノーにあうために」
「分かった」
エリザは立ち上がって、ものすごく広い湯船を横断してこっちにやってきた。
裸のまま私の横をすり抜けた。使用人達が上着をさし掛ける。
薄絹の上着一枚で大浴場をでた。
「宝物庫から先帝と皇后陛下の指輪を持って参れ」
「はい!」
使用人の数人が同時に走り出した。
エリザはその間残った使用人に着替えさせてもらう。
しばらく待っていると、着替えが済むのとほぼ同時に、指輪をとりにいった使用人たちが戻って来た。
先頭の二人が、小さな宝石箱を二つ持っている。
「ご苦労」
エリザは皇帝の口調で使用人を労いつつ、それを受け取って、私の所にやってきた。
風呂上がりの上気したエリザ、すぐ目の前にやってきて、ちょっとどきっとした。
「はい」
「ありがとう、でも大丈夫」
私は宝石箱に手を触れた。
よかった……あった。
「もう大丈夫」
「なにが?」
「創造神を捕まえた話を聞いてるかい」
「ええ、アンジェから聞いてるわ」
「あれと同じ、ここから女神ユーノーの波動を覚えたの。これで追える」
「そう、だったらちょっと待って」
「え?」
「面白そうだから、私もついて行くわ。もしかしたらアンジェの為に出来る事があるかも知れないじゃない」
「……ありがとう」
「馬鹿ね、アンジェのためよ。ちょっと待って準備するわ」
エリザはそう言って使用人達を引き連れて一旦立ち去った。
私はこの場に残って、ユーノーの波動をよりしっかりと頭にたたきこんだ。