04.善人、二回目のモテ期到来
「最高のウェディングドレスを作りたい」
書斎の中、アンジェにそう宣言した。
「最高の……ですか?」
「ああ……とその前に念のため確認。アンジェはウェディングドレスに憧れは」
「はい……あります」
アンジェは頬を染め、恥じらって答えた。
彼女と十数年間ずっと一緒にいて、他人の結婚式を目撃したことも何度かあって、その度にアンジェの反応から、人並みにウェディングドレスに憧れている事は知っていた。
念のために確認したまでだ。
「うん、じゃあ作るよ。指輪も作るけど、まずはウェディングドレスからだね」
「でも……アレク様。最高のウェディングドレスってどんな物ですか?」
「うん、土の目処はもうついてるんだ」
「土?」
素っ頓狂な声を出して、目を丸くするアンジェ。
「あの、土って? ウェディングドレスと土になんの関係があるんですか?」
「桑の木を急いで育てる目処もついてる。カイコの急速成長も。だからまずはそのタメの土に混ぜる成分を揃えないとダメだね」
「えっと……アレク様」
「ん? なんだい?」
「もしかして……ドレスを作るために、その糸を吐くカイコ、カイコの食べ物の桑の木、その桑の木の為の土……という意味ですか?」
「うん」
「そこから!?」
盛大にびっくりするアンジェ。
「うん、そこから。ああ大丈夫、水はもう調達出来ているよ」
「水まで!?」
「職人は土の後だね。こっちは人間相手だから、パパッとやる訳にはいかない。アンジェのドレスを作ってもらうため、僕が直接お願いしに行くつもりだ」
頭の中に設計図を思い浮かべる。
ウェディングドレスの設計図と、その原材料レベルの調達と作成をあわせたものだ。
賢者の剣から引き出した情報を元に組み合わせた、現時点で世界最高のドレスの設計図だ。
「そ、そんな大げさ過ぎますよアレク様」
「大げさなんてことは無いさ」
「でも……」
「アンジェ」
私はアンジェと向かい合って、綺麗な瞳を真っ直ぐ見つめる。
「僕は無茶なことは何もしていない。自分が持ってる全てを組み合わせただけ」
「アレク様……」
「アンジェへの気持ちだからね、出来れば自分のかかわる所を増やしたいんだ。ダメかな」
「……ううん」
アンジェはゆっくり首を振って、嬉しそうに微笑んだまま、私の手を取る。
「そんな事ありません。アレク様のお気持ち……すごく嬉しいです」
「よかった」
「でもびっくりしました。本当に『そこから!?』って思いました」
「アンジェに驚いて欲しかったというのはあるね」
「それなら大成功ですアレク様」
アンジェと向き合ったまま、笑い合う。
ちょっと前まで彼女への感情は父性のそれが勝っていた。
それがカラミティの耐性強化で、彼女を鍛えるという行為に繋がっていた。
私の肉体も成長期を迎え、少しずつ大人になっていくのにつれて、アンジェに情愛のような物が徐々に芽生えつつあった。
今となっては綺麗で素敵な女性だ、とアンジェを見る度にそう思う。
☆
「ご主人様」
アンジェを送り出したあと、書斎に籠もったまま、土の成分調整をチェックしていると、メイド長のアメリアが二人の令嬢メイドを連れて、書斎に入ってきた。
メイド達は大量の封書を持っている――いや、抱えているというレベルだ。
ものすごく大量の封書をもって、メイド達が現われた。
「どうしたんだいアメリア、それは?」
「各地の領主さまがたから送られてきたものです」
「領主達? ああ、結婚式の招待への返事かい?」
貴族とは体面と礼儀を必要以上に重んじる物。
アンジェとの結婚式の招待を送ったから、そのお礼の手紙なのかな?
「はい、こちらの半分はそれです」
アメリアは左のメイドを示してそう言った。
「じゃあこっちは?」
「同じ方達からの申し込みです」
「申し込み?」
「側室への申し込みです」
「……えええ!?」
側室って、何でまた。
「って、もしかして昔にもあった」
「さようでございます、ホーセン様が取り仕切って全てを断ってしまったあの時と似ております」
「そうなんだ、でもどうして?」
「何をおっしゃいますか」
アメリアは若干呆れ気味に答える。
「ご主人様が正室をアンジェリカ様にすると公言なさったではありませんか」
「うん、したね」
だから? と小首を傾げる。
「そのアンジェリカ様といよいよご成婚なさる……正室が決まったから、気兼ねなく側室を狙える……ということなのでございますよ」
「ああ、そういうことか」
今までみんなアンジェに遠慮してたんだ。
「しかし、結構来たね、諦めてない人がこんなにいるんだ」
「氷山の一角でございます」
「へ?」
「庭をご覧下さい」
まさか――という思いとともに窓に向かい、外を見る。
すると庭にはアメリア達がもっているのと同じものが、文字通り山ほど積み上げられていた。
「アレ全部!?」
「はい。現時点での総数は、過去にホーセン様が処理した分を倍、上回ってます」
「多いよ!」
「皆、それほどまでにご主人様に娘を嫁がせたいのですよ」
「なるほど」
もう一度庭を見る、別のメイドが山に近づき、更に届いたであろう封書を積み上げていく。
ものすごい評価だ……。