01.善人、誓いのプロポーズする
季節が巡って、私はまた一つ年を取った。
生まれ変わってから16年目、16歳になった私は、顔こそまだ少し幼さが残っているが、体はほぼ完全に大人のそれに成長していた。
青少年。
青年と少年との間とはよく言ったものだなと、言葉を作りあげた先人のセンスに密かに舌を巻いていた。
そんな十六歳の春を、私は訪ねてきたホーセンとミラーの二人と一緒に、庭で花見をしていた。
舞い散る花吹雪をじっと見つめた。
「おう、どうした義弟よ、ぼうっとしてよ」
「そろそろ簒奪の方策でも考えてるのか、いつでも手伝うぜかっかっか」
ホーセンとミラー、出会った時から大人だった二人は見た目がまったく変わってなくて。出会った時もある意味子供の二人の中身もやっぱり変わってなくて。安心するやら苦笑いするやらだ。
「何の簒奪かはあえて聞かないことにするよ。そうじゃなくて、そろそろかな、って思って」
「そろそろだあ? 何がだ」
「強制禅譲のこったろうが」
「そんな強制和姦みたいな言い回しもいいから……アンジェの事だよ」
苦笑いしつつ、気心の知れた友人二人――。
兄のようで、弟にも見えて、親友と言っても差し支えない二人。
そんな二人に打ち明けた。
「プロポーズを、しようと思ってね」
「おっ、いよいよか」
「かっかっか、坊主もいよいよ年貢の納め時かい」
「待たせちゃったね……大体このくらいの年頃に、って思ってたんだ最初から」
体の成長が終わって、体つきが大人だと言えるくらいに成長したこの歳になるのをまった。
「んん? そしたら何を悩むことがある。向こうもそのつもりで待ってたんだから、ずばっといやあいいじゃねえか」
酒を飲みながら、実にホーセンらしいアドバイスをしてくれた。
「おめえさんじゃあるまいし、求婚ってもんにゃいろいろあんだよ」
「いろいろってなんだよ」
「そりゃあ……薔薇を百本用意したり、食事会の最後に指輪が出てきたり。いろいろだよ」
「面倒くせえな、んなことしなきゃいけねえのか?」
「だからおめえさんじゃあるまいし、っていったんだ。おめえさんの場合『俺の女になれ』『はいわかりました』の一本槍でいいんだよ」
ホーセンとミラー、二人は十年来の友人のように、あけすけで遠慮の無い言葉を交わし合った。
「俺の事はそれでいいがよ、義弟はマジで何を悩んでるんだ?」
「ミラーが言ったようなのはしたくないんだ。サプライズというか。そういうのはびっくりするし、する側の独りよがりが過ぎるってイメージなんだ」
前世でそういうのをよく見てきた。
サプライズを演出してプロポーズしたはいいが、実際は相手にそんな気がなくて、先走って気まずくした現場を何度か目撃した。
アンジェが「そんな気はない」というのはないが、それでもサプライズはやりたくない。
「だったら俺みてえに、素直に『俺の物になれ』っていえばいいだろ」
「うん……素直に結婚して下さい、って言えばいいんだよね」
奇をてらわずにいけばそうなるんだけど、アンジェを十年以上待たせた分、それも何だかなと思う。
「……坊主よ」
「え?」
ミラーはものすごく真面目な顔、中々みないくらいの真面目な顔で私を見ていた。
「坊主の気持ち、どうしたいのかを伝えればいい」
「どうしたいのか?」
「坊主のこった、どうせざっくりまとめたら『幸せにしたい』ってところだろうよ」
「うん、それはそうだね」
「ならそれを言ってやればいい。坊主のそれは気持ちがこもる」
ミラーはそう言って、手を無造作に横に薙いだ。
突風が巻き起こって、庭の木がしなる。
木々の向こうに、アヴァロンの発展した街並みが一瞬顔をのぞかせた。
「これとおなじようにな」
「……っ! そっか、ありがとうミラー、どうすればいいのか分かったよ」
「そうかい」
ミラーはにやりと笑った。
ミラーのおかげで、何をすればいいのかが分かった。
後は、賢者の剣に――。
☆
三日後、よく晴れた昼下がり。
アンジェが庭で花をめでている所に、彼女に近づいた。
「やあ、何をしてるんだい」
「アレク様! お花を見てました」
「確かこれ、アンジェが屋敷から移してきた花だよね」
「はい、えっと、実家から持ってきたものだったんです」
「ああそっか、カーライル屋敷の方は既に移したものだったんだね」
「はい」
アンジェは目を細めて、花を見つめた。
16歳になった私以上に、アンジェも美しく成長した。
派手さこそないが、誰もが認める美少女だった。
むしろその穏やかさは、国父である私にならって、国母にふさわしい存在だと評ずるものも少なくない。
そんなアンジェに、私は更に声を掛けた。
「アンジェ」
「はい、何ですかアレク様」
「アンジェに大事な話があるんだ。見てほしいものがある」
「大事な話、ですか?」
「うん、僕の気持ちっていうのかな、僕がしたいことをアンジェに見て欲しいんだ」
「なんでしょうか」
「……」
アンジェに微笑み返して、手をかざして魔法を使う。
指先に魔力を集めて、何もない空間を切り出すようになぞっていく。
アンジェと私の前に小さな窓のようなものが出来て、指先でなぞった輪郭に沿って、パカッと開いていく。
開いた先には、まったく違う景色が広がっていた。
「これは……おばあちゃんがいますね」
窓の向こうに一人の老婦人が佇んでいた。
こことは違う場所で、しかし同じ花吹雪が舞う下で佇んでいる。
上品に佇んでいる老婦人は振り向き、嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
「あれ……このおばあちゃん、どこかで見たような……」
アンジェは不思議そうに首をかしげて、それから私に答えを求めて視線を向けてきた。
私は微笑み返しながら、答えを告げてやった。
「これはアンジェだよ」
「わ、私?」
「厳密には、未来のアンジェ」
私はもう一度、指先で虚空をなぞった。
もう一つ窓が開いて、今度は子供が移し出された。
こっちははっきりと分かる、見覚えがある。
「あっ、私です! これは……アレク様と一緒にお鳥の店に行ったとき?」
「よく覚えてるね」
「はい! アレク様との事は全部覚えてます!」
アンジェはニコニコ笑いながら頷いた。
「そっか。実はこれ、時空を超えて、過去と未来の景色が見られる魔法なんだ。色々制約があって、運命をかえてしまうようなものは見られないんだけど」
「そうなんですか……」
「逆に言って、今見えたもの、未来のものは絶対に起きること。つまりこのおばあちゃんアンジェは未来のアンジェなんだ」
「幸せそうです……未来の私」
「うん」
私は頷いて、アンジェの手を取った。
手を取って、彼女と向き合って、真っ直ぐ目を見つめる。
「僕はこうしたい、アンジェがおばあちゃんになるまでずっと幸せにしたい」
「……あっ」
何かに気づいたのか、アンジェははっとして、それから頬を染めてうつむいた。
それでも、微かな上目遣いで、そわそわと期待が入り交じった目で私を見つめる。
「ずっと、幸せにしたい。僕のお嫁さんになってください」
「……はい、アレク様」
アンジェは、静かにうなずき、私の手を握りかえしてきた。