36.善人、宿敵と出会う
「あちゃー。みっかっちゃったね、その顔、あんたがアレクサンダー・カーライルだね」
「……僕の事を知ってるの?」
「もう、なに言ってるのさ」
彼女は私をペシッとはたいた。
屈託なく、敵意もない。
気づいたらはたかれていた。
その事に私は眉をひそめた。
正体不明の敵――だからある程度警戒していたのに、その警戒が警戒にならず、ものすごく自然に触れられた。
「ものすごい有名人がそこで謙遜したら嫌みだよー」
「そうだね、ごめんなさい。それよりも君の名前を教えてくれる?」
「そかそか、こっちは名乗ってなかったっけね。あたしはウェンディ、宜しくね」
そう言って握手を求めるウェンディ。
今度は警戒しつつ、彼女と握手をした。
「間違いだったらごめんなさい、畑を焼いたのは君?」
「うん。ごめんねー、結構焼いちゃった」
「どうして?」
「そこに実りがあるから」
「……もうちょっとわかりやすく説明して欲しいな」
「あんたはさ、次の人生もきっと貴族かなんかに生まれるよね」
いきなり話が変わった。
思わず眉をひそめてしまった。
「なんの話?」
「すっごい有名になるくらい善行積んでるからさ。ねえ、善行を積んで積んで、積みまくった先神になれるのって知ってる?」
「……うん」
何かのかまかけかなとも思ったけど、それは常識的な事なので頷いた。
「だよねー。善行の行き着く先は神。いまじゃ三歳児でも知ってる当たり前の常識」
「うん」
「じゃあさ、悪事の果てはどうなると思う?」
「……ミジンコ?」
「あは、あはははは、み、ミジンコだって、あははははは」
ウェンディは腹を抱えて笑い出した。
ものすごく受けてる、大爆笑だ。
生まれ変わる前に実際に見たのをそのまま答えただけだが、意外な位大ウケした。
「そんなに面白い?」
「うん、この三百年で一番わらったかも」
「長生きなんだね」
「うん。あっ、さっきの質問答えてなかった。うん、あたしはハイエルフ。エルフの――なんて言ったっけ、原種ってところかな」
「なるほど」
やはりそうだったのか。
しかしこのフレンドリーさはなんだ?
全てノリで生きてるような、そんな感じがする。
「で……なんだっけ?」
「ミジンコ」
「そそそそ、悪事の果てはって聞いて、ミジンコだって答えたんだったねー。それさ、結構そこそこなんじゃない?」
「そこそこ?」
「何百人か殺した大悪党程度じゃないかな」
「程度、で済まないと思うんだけど」
「でもそれ、対比でいうとさ、よくて貴族に生まれる程度だと思わない?」
「……そういうことか」
ようやく、ウェンディが言いたいことがわかった。
「つまり君は、Fの先……あるかどうか分からないけど『FFF』の事をいいたいんだね」
「その格付けどこから出てきたのか知らないけどそういうことだね」
「それを……自分でしてる?」
「そゆこと」
ウェンディは古典的な指で撃つポーズをして、ウインクを飛ばしてきた。
「そうなんだよ、自分でやってるんだ。だって気になるじゃん? 悪い事をどんどんどんどんしたらどうなるのかって。あたしさ、寿命はあと二千年くらいあるんだ。今までの分だと100万人虐殺した独裁者くらいかなって推定してるけど、後二千年あればこれの三~四倍は積み上げられると思ってるんだ。そしたらーーうへへ」
軽く握った拳で口元を隠し、楽しげに笑った。
「どうなるのか、すっごい楽しみ」
「……」
正直を言うと、毒気を抜かれた気分だ。
彼女はまるで明日の朝ご飯の献立を話すような気軽さで、この先二千年の決意を口にしている。
「二千年もずっと悪い事をするの?」
「うん、だって悪事の果てをみたいじゃん? それが出来るのあたしだけだし」
「……それを止めるって言ったら、どうする?」
「止まらないよ」
「――っ!」
瞬間、私は背中に背負ってる賢者の剣を抜き放って、構えたまま真後ろに飛んだ。
私の間合い、そこから三倍近く下がった。
殺気じゃなかった、もっと別の何かを感じて、直感が私を下がらせた。
「へえ、すっごい、今の気づいたんだ」
「何をしたの?」
「殺気、の、上位種? あたししか使えないみたいだから名前もついてなくてね」
「すごい人なんだね」
「ハイエルフだけどね!」
決め顔、というかドヤ顔で言われた。
「まっ、気づいたなら分かるでしょ。あたしは止まらないし、とめようとしたらただじゃおかないよー」
どこまでも気安いウェンディだった。
なるほど。
念のために今の話を賢者の剣に聞いてみた。
この世に存在するあらゆる知識を内包している賢者の剣。
分からないと答えられた。
あらゆる知識を持っているが、前例のないことはしらないのだ。
そうだとは思っていたが、はっきりと確認した形になった。
「それ、いろんな人に迷惑掛けるよね」
「だねー。でもしょうがない、あたしはそれが知りたいんだから」
「悪びれないね」
「悪いと思ってないもん」
「ねえ、協力しよっか」
「協力?」
「そう、悪い事をする協力。例えばぼくも定期的に、集めた食糧をまとめて台無しにしてるんだ」
「なんでそんな事をしてるの?」
「とある天使との約束だから。それ以外でも、例えば僕は魔力を常時消費と自動回復をつかって、魔力の量を底上げしてるんだけど、それと同じように――」
一旦言葉を句切って、賢者の剣で自分の腕を切りおとし、即座に魔法でくっつけた。
「こんな風に、僕を延々と傷付けるってのもありだと思うよ」
「なるほど、そういうやり方もあるのか」
「どうかな」
「うーん、パス」
「ちなみに理由は?」
「今その善意を踏みにじった方が悪行ポイント高そうな気がするから」
「それは困ったね」
「こっちも困った。この土地は豊かになってきてるから悪事しやすいけど――」
ウェンディが手をかざした、何かが飛んできた!
賢者の剣を振って払う。
ずしん! と体の芯に響くような衝撃が襲いかかってきた。
そのまま振り抜いて、何かを弾き飛ばす。
純粋な、力の塊だった。
その力の塊を弾いたせいで、ヒヒイロカネの賢者の剣が少し曲がった。
「やっぱそうだ、全力のこれを弾かれると、あんたの土地で悪事を働こうとしたら止められそうだよ」
「うん、止めるよ。アヴァロンに住むみんなが不幸になるのはいやだから」
「こまったねー」
「こっちこそ」
私はウェンディと見つめ合った。
並の悪党ならば「にらみあう」感じになったんだろうが、相手は屈託も悪気もないウェンディ。
にらみ合うにならず、雑談の最中みつめあっている、位の空気だった。
「しょうがない、出直すよ」
「できればもう来ないでほしいかな」
「それはないかな。じゃねー」
手を振ってきびすを返して、スタスタと立ち去るウェンディ。
毒気を抜かれたのもあるが、今戦っても勝てる気がしない。
だから彼女を見送らざるをえなかった。
悪事の果てを追求するハイエルフ・ウェンディ。
長い付き合いになりそうだ、そんな予感がした。