35.善人、放火犯を突き止める
秋、収穫の季節。
アヴァロンでも、入植後最初にまいた種が、いよいよ収穫の時期を迎えていた。
「ここでもお買い取りするんですか、アレク様」
書斎で執務に励んでいると、遊びに来たアンジェがそんな事を聞いてきた。
私は手を止めて、アンジェの質問に応えた。
「ううん、今年は必要ないかな。今年は畑を切り拓きながらの種まきだから、余剰食糧になるくらいの収穫にはならないはずだよ」
「そうなんですね」
「むしろ来年の春、ううん、夏くらいまではまだ援助が必要なはず。もちろん、しない方が一番いいんだけど」
「どうしてですか?」
「僕が援助するってことは、農家のみんなが自力で収入を得られないってことだからね。アンジェ、僕はアヴァロン、僕についてきた人達のお腹を全員満たすことが大前提だと考えてる」
「はい、さすがアレク様です」
「その上で、腹が満たされる次の段階、達成感をみんなが得られるようにしたいんだ。その方が幸せだからね」
「なるほど!」
笑顔で納得するアンジェ。
もちろん達成感のもう一つ先がある、エリザと前に街で見た、私を批判することだ。
腹が膨らんで、私を批判する余裕があるくらいが一番の理想だ。
農村部にまでそれが広がるのはもう一年か二年くらいかな、と予測する。
そのためには、もう一手くらい必要――
「ご主人様!」
書斎のドアが開かれて、メイド長のアメリアが慌てて入ってきた。
よほど急いで来たのか、アメリアは肩で息をしていた。
「どうしたのアメリア」
「これを」
そう言ってアメリアが差し出した手紙を受け取った。
ちなみに私がつくった表魂文字じゃなくて、帝国の公用語だ。
あれは誰にでも読めるが、まだ書けるのは私しかない。
用途を考えれば問題ないので、ひとまずそのままにしてある。
その帝国公用語で書かれた手紙には――。
「ど、どうしたんですかアレク様。顔がすごく険しいです」
「読むかい?」
私は手紙をアンジェに渡した。
受け取って、目を通したアンジェも、一瞬にして表情が強ばった。
「農地が……焼かれた?」
「……」
眉間に、深い縦皺を刻んだ。
☆
まだ煙がくすぶってて、焦げ臭い臭いがあたりに充満している。
収穫直前だった畑が焼かれ、見るも無惨な姿を晒している。
それに言葉を失っていると。
「来週には収穫の予定だったんです」
「それがこうなって、もうどうしたらいいか……」
私の背後で、ここの畑の農民が悲痛さを訴えている。
訴えかけてくる男達の他にも、放心したりさめざめと泣いてる者もいる。
「このままじゃわしら、冬を越せるかどうか……」
「安心して」
私は彼らに振り向き、宣言した。
「これは天災として扱う、越冬の為の食糧は後で運ばせるよ。それに来年の分の種籾も用意する」
「「「――っ!!」」」
農民達は一斉に目を見開く程驚き、その直後に歓声を挙げた。
「ありがとうございます国父様!」
「ありがたやありがたや」
「国父様バンザイ! アレクサンダー様バンザイ!」
我に返った農民達は私に感謝したり、称えたりしていた。
「こうなってしまったものはもうしょうがない。次はちゃんと収穫できるように畑を直しといてね」
「はい!」
ここはひとまずこれでよし。
食糧を手配するために、私は飛行魔法で領主の館に戻った。
飛んで戻ってきた時のために庭に着地点を用意してあって、そこに寸分の狂いなく着地した。
すると、そこにアメリアが待ち構えていた。
「お帰りなさいませご主人様」
私を出迎えたアメリアは、何故かものすごく険しい顔をしている。
「どうしたの……まさか!」
「はい」
アメリアは苦虫をかみつぶした顔で、重々しく頷き。
「別の所でまた、畑が燃やされました」
「……どういう事なんだ?」
眉間の皺が、ますます深くなった。
☆
書斎の中、執務机の上に地図を広げた。
アヴァロンの地図で、私と十万の民がやってきてからの街や村を書き込んだ、まったく新しい地図だ。
その地図の上に、アメリアが次々とバッテンをつけていく。
「そして、ここです。全部あわせて七箇所目です」
「そんなに焼かれたというの……」
急にアヴァロンの各地で起きた、同時多発畑の放火事件。
最初は事故かなと思ったが、こう短い期間に七件も同時に起こったんじゃ事故の可能性はゼロだ。
人為的な、犯罪でしかない事件になる。
「もしや、創造神の仕業なのではないのでしょうか」
メイド長という立場もあって、他より私と創造神のいざこざをよく知っているアメリアは、真っ先にその可能性を口にした。
「それはないと思う。創造神の力は完全に解析している。何かしようとしたらすぐに分かる。それに」
「それに?」
「どういうわけか創造神は私以外に手を出すことをしようとしない」
その辺は察しがつくが、確証はないので口にはしなかった。
「本当に創造神なら、畑じゃなくて私に直接きてるはずだ」
「なるほど」
「それにこれは神の力じゃない」
「どうして分かるのですか?」
「現場を二つ見たけど、発火点と燃え広がり方からして、最小限の火をつけた後は、自然に任せて燃え広がってる。神の力、例えばぼくなら畑を村一つまとめて、広範囲に焼くことが出来る」
「じゃあ人なんですね?」
「うん。それなりの魔術師って感じがする」
地図を見つめる私。
七箇所の被害、そこに法則性はない様に見える。
ただただ、手当たり次第に火をつけて回ってる。
そんな空気を感じる。
「どうしましょうか」
「大丈夫、手は打ってある」
「というと?」
「それは――」
アメリアに説明をしようとした時、それが来た。
私は賢者の剣を背負って、窓を開けて飛び出した。
飛行魔法で、感じた気配の場所に急行した。
領主の館から東に30キロ。
飛行魔法で急行して飛んできたそこで、炎の手が上がっているのが見えた。
察知してすぐに飛んできたから、炎はまだ燃え広がってなくて、広大な農地のなかでも畑一つ分燃えているだけだ。
「消えろ!」
手をかざし、魔法を使う。
放出した魔力は瞬く間に炎の上空に雨雲を作り、土砂降りの雨を降らせた。
バケツをひっくり返したような雨はすぐに火を消し止めた。
「そこっ!」
空から賢者の剣を投げつけた。
すっ飛んでいった賢者の剣は何かをかすめて地面に突き刺さる。
それを追って急降下、賢者の剣の真横に立ち、それを抜き放つ。
そして、見つめる。
何もない空間――しかしその何もない空間から血が滴っているのを見つめた。
そこに誰かがいる。
「もう、これ以上の放火は不可能だ」
「……」
「その気配は覚えた、アヴァロンの至る所にある私の像が感知して、何かしたら私が分かる様にしてある」
創造神対策が役に立った。
いくつも焼かれた跡地からそれを掴んで、感知の魔法を仕込んだ。
それでいち早く察知して、ここに急行した。
私の宣言は大言壮語ではない、このものにはもう、二度と大規模な放火は不可能だ。
「ふう……」
諦めたのか、そのものはため息をついた。
結構若い声だ。
「さすが噂に聞くアレクサンダー・カーライルだ」
そう言った次の瞬間、そのものは姿を表わした。
若い女だ。
綺麗なロングストレートポニー、透き通った肌に、尖った耳。
「エルフ……いや、その超然さ……ハイエルフか!?」




