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33.善人、キャッシュレス化する

「おお、ひんやりしてる」


 箱を開けると、中から出てくるほどよい冷気の心地よさに、思わず顔がほころんだ。

 その私の背後でハラハラした様子で見ていたシャオメイが嬉しそうにした。


「ありがとうございます!」

「この箱に使われてる素材って、全部リファクトなの?」

「はい、アレクサンダー様から頂いたリファクトを加工してもらいました。二重構造にして、中の空洞に水を入れて、永久凍結で凍らせました」

「なるほど、凍っているのが中だったら直に氷には触れない、触れるのは冷えるけど冷えすぎないリファクト。考えたねシャオメイ」

「――っ! ありがとうございます!!」


 私にほめられて、秀麗な顔をますますほころばせるシャオメイ。


 温度が必要以上に下がらないリファクトの素材。

 それを使って「冷蔵庫」を開発するようにシャオメイに命じたのは私だ。


 民衆によく起きる食中毒は、冬よりも夏の方が圧倒的に多い。

 それはひとえに、夏の気温が食材を腐らせてしまうからだ。


 冷蔵庫で食材を保存する事ができれば、夏でも食中毒が圧倒的に減るという考えから開発を命じて、シャオメイはそれにこたえてくれた。


「最初は外側にしたのですけど、それでは物がくっついてしまうことがありますので、全部中に閉じ込めました」

「うん、よく考えたね。ありがとう、礼を言うよシャオメイ」

「そんな……」


 はにかむシャオメイ。

 私の魔法学校の最初の生徒が、見た目だけではなく、魔法力も発想力も一流の人間に育った。


「うん、これでいけると思う。ゆっくりでいいから、後は量産する事を考えて」

「はい、それなんですけど」

「うん?」

「最近は銅が品薄で、量産するのにすこし時間掛かるかもしれません」

「これに銅が使われているのかい? というより、どうして銅が品薄なの?」

「えっと、私が聞いた話だと、みんな生活に希望を持ててお金を使うようになって、それで銅貨がいっぱい作られて、それで足りなくなったと」

「ああ、そういえばちょくちょく銅貨の増鋳(、、)をしてるね」


 貨幣の発行は統治者の特権だ。

 アヴァロンの移住に際し、エリザは銅貨と銀貨の鋳造権を一部私に許可をくれた。

 それで鋳造し続けてたんだけど。


「そっか、それで銅が足りなくなったんだ」

「はい。最近だと銅貨が少なすぎて、銀貨より高くなっちゃってるみたいです」

「銅貨の価値が銀貨を上回ってるって事か?」

「はい。だからみんな銅貨じゃなくて、銀貨だけでお買い物をしてて、若干不便だって話が」

「なるほど……」


 私はあごに手をやって、考えた。


 貨幣の不安定は社会全体の不安定に直結する。

 これは、一刻も早く解決しなきゃならないタイプの問題だ。


「なんとかしなきゃだね」


     ☆


「と言うわけで、銅貨不足の現状を解消する事にした。事が事だから、エリザの許可を得ようとね」


 領主の館、書斎の中。


 執務机の真横で、机に軽く腰掛けるエリザに言った。

 彼女はお忍びの姿だ。


「銅山をみつけた? 採掘権ならわざわざ許可を取らなくても、事後承諾でいいのに」

「いいんだ?」


 私はすこし苦笑いした。


「私とアレクの仲じゃない。それに、アレクはSSSランクの善人、悪い事はしないってお墨付きがある訳だしね」

「その信頼と信用が嬉しいな」

「ふっ……」


 にこりと微笑むエリザ。

 私も嬉しいが、彼女も嬉しそうだ。


「でも違うんだ、わざわざ許可を取るのは銅山だからじゃないんだ」

「じゃあ銀山? 銀貨がより使われてるからそっちに手をつけるの?」

「ううん」


 私は首を振った。

 銅も銀も違う。


「この先ますますアヴァロンが発展していくと思うんだ。だから、銅も銀も、貨幣に使うだけじゃなく、日常的に使われるし、今以上に足りなくなると思う」

「……別の素材で作るって事?」

「うん、さすがエリザ」

「もしかして……紙幣!?」


 エリザははっとして、それから瞳に興奮の光がともった。


「なんでそんなに喜ぶの?」

「私ずっと考えてたからよ。貨幣の一部を紙にする、それで持ち運びしやすくなって、商売が更に活性化する効果があるんだけど、紙幣の偽造問題がずっとどうにもならなくて断念してたの。でもアレクなら……アレクならきっとそれも解決するわ」


 エリザはますます興奮した。


 おもちゃを見つけた子供のような嬉しさと、為政者の冷静な喜びが怜悧な顔に同居していた。


「悪いけど、ちょっと違う」

「え? じゃあ何なの?」

「これ」


 私は前もって用意した、まだ試作段階の板を二枚取り出した。

 パッと見ただけではただの木の板にしか見えないものだ。


「これは?」

「一枚は僕が、一枚はエリザが持ってて」

「ええ」


 エリザはいわれた通り板を受け取った。


「持ってるお金の額は? って軽く念じてみて」

「こうかしら……あっ数字がでた」


 エリザが持ってる板に数字が浮かび上がった。


 10、という数字だ。

 私も同じように念じて、同じく10の数字を出す。


「それをいくらでもいいから、渡すって念じて、僕のとふれあってみて」

「じゃあ5渡すわ……あっ。私のが5になった」

「僕のが15になった。もう分かった?」

「これ……お金のかわり?」

「うん」


 頷く私。


「お金を数字にして、こういうのでやりとりすれば、持ち運ぶ不便も、数える不便も解消するよね」

「そこまで考えてたの!? すごいわ……」


 エリザは板をまじまじと見つめた。


「まだそれ試作品だけど、最終的には忘れない、無くさない物にしてから、民衆に配るつもりだよ」

「……ねえ、これって何か特別な素材?」

「ううん。ただの板。僕が開発した魔法を掛けただけ」

「だったら体に」

「体?」


 エリザはそう言って手を伸ばして、握手を求める仕草をした。

 何も考えずに彼女の手を握りかえすと。


「そうか! その人の肉体に魔法を掛ければ無くすことはない」

「今なら、アレクの加護って事でありがたみも増して一気に普及するだろうしね」

「ありがとうエリザ! すごいアイデアだよ!」


 エリザのアイデアで、最後のピースが揃ったような、そんな感じになった。

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