31.善人、女神を叙勲する
領主の館、私の書斎。
呼び出した女神アスタロトが私の前にたっていた。
部屋の片隅には祐筆のマリと、メイドのアグネスがせわしなく仕事している。
「それじゃ、アヴァロンの農業の方もお願いします」
「分かりました、お任せ下さい主様」
アヴァロンの入植が大分進んでいた。
農業をやる民も多く、そろそろ、最初の収穫の時期になった。
その収穫に豊穣の女神であるアスタロトに加護を授けてもらおうと、ここに呼び出したのだ。
「主様の手配に手を加えるのは恐縮なのですが」
「僕のは案内ってレベル。その人が一番力を発揮出来る土地に案内したけど、成功を確約するものじゃないからね。豊作に導くためにはやっぱりアスタロトの力がいるよ」
「主様のご信頼、必ずや応えてご覧に入れます」
「うん、ありがとう。お願いねアスタロト」
「……」
「……」
話が一段落して、私は執務に、別件で上がってきた報告書類に目を通した。
ふと、気づく。
アスタロトがそのまま残っていることに。
「どうしたのアスタロト」
「……いえ」
「? なんか悩んでるの?」
「……」
アスタロトは複雑そうな顔をして、目をそらした。
私は書類を置いた。
アスタロトの反応が気になった。
「何か悩みごと? 言ってみて、僕に出来る事なら何でもするよ? アスタロトにはいつも助けられているからね」
「恐縮です。主様にそうおっしゃっていただけるだけでもう悔いはありません」
「大げさだね。一体どうしたの? 気になるから、ちゃんと話して欲しいな」
私は強めに言った。
若干の命令口調になった。
こうしないと、アスタロトは言ってくれないだろうと思ったのだ。
「……人に、転生すべきかと悩んでおりました」
「え? 女神から人にって事? どうして?」
「主様の僕になりたくて……」
「僕の僕?」
どういう事なのか、と不思議がった。
アスタロトがちらっと部屋の隅っこ、メイドのアグネスを見た。
「帝使。天使と意味合いを同じくする、主様の僕」
「うん、言葉は天使を参考にしたよ……それになりたいって事?」
「はい……」
「なんだ、そんな事か」
私は立ち上がって、アスタロトに近づいた。
いかにも女神という見た目の、大人で母性溢れる美しいアスタロト。
彼女に近づき、作り置きしてる勲章を取りだして、彼女の胸もとにつけてやる。
「こ、これは!」
「本当の女神にするのはむしろ失礼だと思ったからやらなかったけど、アスタロトが望むなら」
「一等帝使……」
驚きの目で自分につけられた勲章と私を交互に見比べる。
「言葉は天使を参考にしたけど、ランクは帝国の爵位を参考にしたよ。公爵から男爵までの五段階をそのまま数字に。一等帝使は公爵相当ってことだね」
「そ、そのような高位を私が――」
「感謝してるっていったでしょ。アスタロトが今まで僕に協力してくれた事を考えたら当たり前の事だよ」
「主様……」
「はわ……すごい光景です」
「すごいのはご主人様」
「で、ですよね」
部屋の隅っこで私とアスタロトのやりとりに感嘆していた二人の内、マリを呼ぶ。
「マリ」
「は、はい!」
「アヴァロン、そしてアレクサンダー同盟領に告知。女神アスタロトを一等帝使にするって」
「わかりました」
「同時にアレクサンダー同盟領に、アスタロトの像に一等帝使の勲章をつけること。ここまでは公文書で、追伸とかで『つけないと女神がへそを曲げても知らないよ』って冗談めかす感じで入れといて」
「ほえ……わ、わかりました!」
慌てて文書をしたためるマリ。
一方で、アスタロトはますます感激していた。
神や天使は価値観が人間と少し違うけど、精神構造は人間とそんなに変わらない。
魂が同じものだなのだから当たり前と言えば当たり前かもしれない。
アスタロトは「帝使」になることを望んでいた。
そして、今までは農村にほこらを建てさせて、私とアスタロトの像があって、かつ私が上位になってないと加護をケチる事がよくある。
私を「主様」と呼ぶのが本気で、それが行動によく出ている。
それを満たしたのが今の命令。
その気持ちはわかる。
一番の宝物をもらったら、見せびらかしたいのが人情だ。
結果狙い通り、アスタロトはますます嬉しそうにした。