30.善人、システムを作る
あくる日。
アヴァロンの街をアンジェと散策していた。
一時の忙しさがようやく落ち着いてきて、何の目的もなく、街中を歩き回る時間が増えた。
「アレク様! あれをみて下さい」
「うん? あっ、ミミックバードだ」
「はい!」
アンジェが指さした先にあるのは鳥屋だ。
帝国の上級階級での流行り、「雅」とされる鳥を飼うこと。
そのためのいわばペットショップ、鳥だけを扱っている店だ。
「すごいですアレク様。こういうお店って、大きな街じゃないと出来ないはずですよね」
「そうだね。完全に趣味、ううん、それよりワンランク上の『道楽』の域だからね、鳥は」
「ここも、見違えるようになりました……」
目をキラキラさせて、街を見て回るアンジェ。
私と一緒に来たから、彼女はここが荒れ果てた毒々しい大地であった時の事を知っている。
何もなかった荒野だったときのことを見ているのだ。
「あれ?」
「どうしたんですかアレク様」
「あの女の人……」
私の視線を追いかけるアンジェ。
二人が見た先に、鎧姿の女が兵士を率いているのが見えた。
帝国にあって珍しい光景だ。
「あっ、リースさんだ」
「知ってるの?」
「はい。自警団を率いてるすごく強い人です」
「そういう人と知りあいなんだ」
「えっと……その……みなさんのおけがを治してました。モンスターと戦う皆さんはいつもケガしてますので」
「なるほど」
アンジェは治癒魔法を高めようとしている。
そのつながりってわけか。
「すごい人なんですよリースさん。男の人だったら将軍様に、ホーセン様に負けず劣らず出世するってみんな言ってます」
「へえ」
それはすごい。
帝国では女は出世できない。
正確に言えば爵位や官位をもらえないのだ。
どうしてもと言うときは、皇帝の義理の娘や、義理の妹にして皇族にするという形を取っている。
「……それはもったいないね」
「何がですか?」
「アンジェ、リースさんとは知りあいなんだね?」
「はい……それがなんですか?」
「後で屋敷に来てって伝えてきてくれるかな」
「はい、わかりました」
私が何をしたいのかも言ってないが、アンジェは何も疑うことなく、ちらっとだけ見えたリースに伝えるため小走りで立ち去った。
残された私はきびすをかえして、屋敷に戻りつつ、具体的な形を頭の中でまとめた。
☆
ほぼ完成した領主の館の中、その応接間。
私は鎧姿の女剣士、リースと向き合っていた。
「初めまして、アレクサンダー・カーライルです」
「恐縮です! リース・カレントと申します」
「そんなに恐縮しないで。ちょっと、頼みたい事があるんだ」
「なんなりと! 国父様のご命令ならば、粉骨砕身の覚悟で」
「そんな危険な事じゃないよ」
私は苦笑いした。
このわずかな間で彼女の性格がわかった気がする。
「肩書きをね、受け取ってくれないかな」
「肩書き、ですか?」
戸惑うリース、私は更に続ける。
「うん、女性に与えるものでね、リースさんにはその第一号になってもらいたいんだ。名称は――五等帝使。僕の副『帝』と天『使』を組み合わせた造語だけどね。最初だから五等で始めてもらうけど」
リースは血相を変えて、パッと立ち上がったかと思えば、その場で跪いて頭を垂れた。
「そのような称号をいただけるなど! 光栄です!」
「受け取ってくれるんだね」
「はっ!」
「じゃあこれを」
そう言って、ヒヒイロカネで作ったバッチを差し出した。
「これは?」
「肩書きの証、外に出るときはこれをつけてて、それと五等帝使は名前とともに名乗って」
「はっ! 分かりました!」
「それとね――」
俺はリースに手招きして、耳打ちする。
ここが重要、肝心なことなのだと、彼女に印象づける為に。
☆
「なんか面白い事を始めてるじゃない」
数日後、いつものように遊びに来たエリザがいった。
「もうエリザの耳に入ったんだ」
「街で持ちっきりよ。女達がこぞって、あなたからの称号をもらうために意気込んでるわ」
「そうなって良かったよ」
「はっきり聞くけど、それ、爵位のかわりよね」
「そういうことだね」
「なんでそんな事をしたの?」
「女の人達のモチベーションを上げるために。エリザはしがらみがあるから出来ないけど、もったいないよね」
「もったいない?」
「世の中の半分は女のひとだからね、半分もいる女の人達のモチベーションを上げたほうが発展も早いって思ってね」
「なら、私から一つ提案、もっとモチベーションあがるやつ」
「どういうの?」
「アレクのメイド達、あれを全員一等帝使にしなさい。そうすればモチベーションが最高レベルに――」
「うん、それならもうした」
「え?」
驚くエリザ。
「アメリア、チョーセン」
メイドの名前を呼び、影の中から二人を召喚。
メイドの胸もとに、ヒヒイロカネ製のバッチがあった。
ちなみにアメリアの方が若干豪華で、大きい。
「厳密にはメイド長のアメリアだけ一等、他のみんなは二等だけどね」
「先回りしてたのね、さすがだわ」
エリザは肩をすくめた。
「ううん、ありがとうエリザ。エリザもすごいよ、発案者じゃないのにそうやって活用してくれるアイデア思いつくなんて」
「……自分のためだもの」
「え? なんていったの?」
「なんでも。しょうがない、一等ほしかったけど、二等で我慢して上げるわ」
「え? あっそっか」
私は苦笑いした、エリザはにやっと笑った。
彼女はすっと私の影の中に潜り込んで、メイド服に着替えて出てきた。
メイドのエリザ。
メイド長ではないから、彼女には二等帝使になってもらうことになった。