28.善人、優しくて厳しい
「あら、とうとうナルシストになったの?」
「エリザ」
苦笑いして振り向く、部屋に入ってきたエリザがニヤニヤしているのが見えた。
彼女は私の横にならんできて、一緒にそれを見た。
「アレクの木像だよねこれ」
「うん、今アヴァロンのあっちこっちで作られてるの、一つもらってきた」
「何をするのこれ。まさか本当にこれを眺めて『私は美しい』とかやるの?」
「もう、エリザの中で僕はどういうキャラになってるのさ」
笑いながら抗議する。
エリザのそれは本気じゃない軽い冗談だってのは分かるから、軽く返しておいた。
……本気じゃないよね。
「そうじゃなくて、善行度のテストの話」
「アンジェが言ってたアレね」
頷く私。
アンジェから聞いてるのなら、話は早い。
「それをどうした物かってね」
「そんなに難しい話なの? それともまた難しくした?」
「あはは」
苦笑いする。
エリザには本当にもう、まったくのバレバレだな。
「うん、難しくしちゃった。とりあえずこれに祈りを捧げれば効果は出るようにはしたんだ」
「どれどれ……あっ」
エリザは私の木像の前で手を組んで、敬虔な修道女の如く祈りを捧げた
すると木像が光って、彼女の身体も光った。
「なるほどね。私Bくらいかあ」
「むっ、どっか間違えたかな。エリザがそんな低いはずはないんだけど」
「ううん、私は納得だよ」
「え?」
「アレクと違って、こっちは色々悪い事もしなきゃだからね」
にこり、とイタズラっぽい笑みを浮かべるエリザ。
帝国皇帝、エリザベート・シー・フォーサイズ。
言われて、そうだと思い出す。
彼女は清濁併せのむタイプの為政者だ。
多分、私が知らないところで色々してるんだろう。
「まあでも、これはありがたいよ。私が思ってるのと同じくらいで、方向性はあってるって事だから」
「そっか」
私の基準からすれば低すぎるが、当の本人が納得しているのならそれでいい。
「で、この上何をしたいの?」
「低い人が低いままじゃ切ないなって」
「なるほどね。ねえ」
「うん?」
「アレクさ、あのくじ引きやってたよね」
「あのくじ引きって……住む所の振り分けの事?」
「そっ」
頷き、腰に手を当て指を立てる。
「あれって組み合わせられないの? いいことが出来るように誘導する、とか」
「……なるほど!」
エリザのアドバイスで、道が開けた様な気がした。
☆
数日後、アヴァロンの街広場に石像を公開した。
広場において、野ざらしにするために、木像でも銅像でもなく、石像で作らせた。
その石像の前で、民衆が次々と跪き、祈りを捧げている。
悲喜こもごも。
まさしくそんな感じの光景になった。
善行度チェックした結果、ある者は喜び、ある者は落胆する。
当然のことながら善行度高い方が喜びに繋がって、低い方が落胆している。
改めて、因果応報と輪廻転生の二つの考えが、いかに民衆に浸透しているのが分かる。
それを遠くから、私とエリザとアンジェの三人で眺めていた。
「大人気ね」
「そうだね、やっぱりみんな気になるんだ」
「そりゃね。というかそれもアレクのせい」
「へ? 善行度を気にするのがって事? 前からじゃなくて?」
「昔はもっと曖昧だったし、何となくだったよ。変わったのはあの夜」
「あの夜?」
「ハーシェルの秘法の件ですね」
アンジェが代わりに答えた。
ハーシェルの秘法の一件。
数百年間囚われた一千万人の魂の解放、その魂が高ランクとして生まれ変わるのが世界中に知れ渡った。
ともすれば幻覚、よく言えば天啓。
そういうものが全世界の人間にみえた一件だ。
「そ。アレクの考え方じゃ何百年経ってもわからないけどさ」
エリザの言葉にちょっと反論したかった――が、転生前の記憶を持っていながらもアンジェに言われるまでわからなかったから反論のしようが無い。
「あれで、人間の心に革命が起きたんだ。今まで『なんとなくある』って思ってた物が『やっぱりあった』ってなったからね」
「そっか、あれからかあ」
「だからアレクのせい」
「そうなっちゃうね」
微苦笑する私。
そっか、私がこうしたのか。
「で」
「うん?」
「まさかこれだけじゃないよね」
「うん、ちゃんとしかけてる。そうだね、あそこの――一番前で何度も繰り返し祈ってる女の人」
「低ランクなのを受け入れられなくて繰り返してるあの人?」
「そう」
頷く私。
エリザもアンジェも同時にその人に目を向けた。
祈りで善行度チェックをした結果、大抵の人はなっとくして去っていく。
なんだかんだ言いながら人間は自分の行いにある程度の心当たりはあるもので、公正にチェックすれば結果はおのずと納得するものになる。
たまに結果に納得できないものもいて、そういう人は大抵「低すぎて納得できない」って形だ。
私が示した人もそれである。
その人は何回か繰り返したが、結果が何をやっても変わらないと知って、落胆した様子で立ち去ろうとした。
そんな彼女の前に、小さな、蛍の様な光が現われた。
光は彼女を導く。
アヴァロンの民で、くじを引いてるから、彼女は驚きつつも、それについていった。
そんな彼女が通り過ぎた所に、一人の老婆がいた。
老婆は紙とにらめっこして街をきょろきょろ見ている。
迷子、とはっきり分かる。
その老婆を通り過ぎた直後、蛍の光が消えた。
女は戸惑い、あたりを見回した。
しかし何も見つからず、悪態をついて、やっぱり去っていった。
それを一部始終見ていた私とエリザとアンジェ。
「あれを助けさせようとしたのね」
「うん。善行の手引きだね」
「無理矢理はやらせないの?」
「……僕の基準だとね」
いいつつ、真横をむく。
横に立っているエリザを真っ向から見つめる形になる。
「いいことをするつもりがなくて結果的に善行になってもどうかなって思うし、悪い事をするつもりはないけどアクシデントで悪行になるのを罰するのはどうかなって思うんだ」
「……善行も悪行も、その者の心次第ってこと?」
「うん」
エリザは皇帝。清濁併せのむ治世の名君。
行動だけをカウントすれば彼女は確かにBランクだろうが、私はSでもおかしくないと思っている。
「その基準は厳しいよ。神の――本物の神の基準だ」
「そうかな」
「そうよ。だってそれを判断出来るの『神』しかいないじゃない」
「そうかもね」
エリザにそう言われて、ちょっと切なくなった。
暗に「理想がすぎる」って言われた気がした。
「でも話はわかった。案内はするけど、自力で見つけて、いいことをする心がけを養えって事だね」
「うん、そういう感じにしたつもり」
それでエリザもアンジェも納得した。
「厳しいね、アレクは」
「アレク様は優しいと思います」
「厳しいじゃん、厳しすぎるのよ」
「優しすぎるんだと思います」
どういうわけか、エリザとアンジェの二人が私をはさんで正反対の事をいい争いだした。
二人はしばしにらみ合ったかと思えば。
「まあ、どっちでもあってるんだけどね」
「私もそう思います。優しいけど、厳しい」
「だね」
今度は頷き、納得し合った。
「まっ、一つ確かなのは。それは人間じゃなくて、神の視点だって事だね。それもどこぞの俗物よりはよっぽど神らしい」
「アレク様はすごい人ですから」
そしていつも通り、私への評価をまとめる二人だった。