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26.善人、自分の天使を作る

「ご主人様、面会の申し出がございます」


 建設中の館、工事中のそこを眺めていると、メイド長のアメリアがやってきた。


「面会? どういう人?」

「ホーセン・チョーヒ様でございます。半日ほどで到着なさるとか」

「ホーセンが?」


 てっきりこのアヴァロンの領民か、それとも後追いで移住希望してきたもののどっちかと思ったら、完全に顔見知りの人だった。


「面会というか遊びに来てくれたんだ。そうだね……どうしよっか。館はまだまだだし、東側の歓楽街がもう稼働状態にあるんだよね」

「はい、商売人達が真っ先に完成させました」


 うん。

 町の建築ラッシュを支えているのは大工などの肉体労働者で、そういう人達は酒場を始めとした夜の娯楽を求めることが多い。


 従って、このアヴァロンも歓楽街は住宅街よりも早く形になって、人と物――つまりは金の出入りが激しくなっている。


「酒場を一つ貸しきって、ホーセンをそこで歓待しよう」

「かしこまりました」


 アメリアがしずしずと一礼して、ホーセン到着までの準備に出かけていった。


 ホーセンと会うのも久しぶりだ、せっかくだし、歓待しなきゃだ。


「神よ」

「副帝様」


 歓待の仕方を考えていると、今度は別の声が私に呼びかけてきた。

 振り向くと、そこにいる美しい二人は、決意の表情をしていた。


     ☆


 館(建設中)の東に少し行ったところの歓楽街、その中で一番立派な三階建ての酒場。

 その最上階の個室に、私()は一緒に入った。


「おう、待ってたぞ義て……い」


 大きい窓から街並みを眺めて、既に酒盛りを始めているホーセンがこっちを向いた。

 が、目をむいて、口をあんぐりと開け放って、言葉を失った。


「どうしたの?」

「――はっ! やるな義弟! それだよそれ!」


 ホーセンはぱっと立ち上がって、私に駆け寄ってきて、肩を組んで背中を叩いてきた。


 ホーセンが呆然とし、その後喜んだのは…私の左右で一緒に部屋に入ってきた二人の女。


 ミアとリリーだ。


 片やプリンセスドレス。私が作った自動修復機能付きの、白を基調にしたドレスを纏うミア。

 片やナイトドレス。貴婦人と見まがう気品と色気をハイレベルで融合させた、黒を基調にしたドレスを纏うリリー。


 そして、それをまるで寵姫の如く従え、侍らす私。


 ホーセンは更に私の背中をパンパン叩いた。


「うん! でっけえ男はこうでなきゃな。ていうか――」


 ホーセンはもう一度二人を見た。

 またちょっと見とれてから。


「――いい! すげえ! 完璧だ」


 と、手放しで大絶賛した。


「ほめるね」

「ほめるさあ。かー、すげえよすげえよ。完璧だよ」

「どこが完璧なの?」

「わかんねえか? よし来い義弟」


 私と肩を組んだまま、半ば連行するかのようにテーブルに連れて行き、一緒に座った。


「この二人は美しい、そして一目で分かる、『安くねえ』ってな」

「安くない?」

「おうよ。例えば――綺麗なだけの娼婦を侍らした所で、そいつらの空気で男は成金か見る目のないアホに見える」

「それは言いすぎなんじゃ無いかな」

「綺麗なだけで中身ないよりかは、多少とう(、、)がたっていても、貴族の未亡人を侍らす方がまだまし」

「言いたいことはわかるけど」


 ちょっと苦笑いした。

 ホーセンの言論は過激だった。


「もちろん、綺麗で上品なのが一番だ」

「それはそうだね」

「この二人は両方ある」

「うん、僕もそう思う」


 ホーセンの言葉はまわりくどかったが、ミアとリリーの二人をほめてくれてるから、悪い気はしなかった。

 いや、むしろ誇らしかった。


「なにより、二人は義弟の事を立てている!」


 びしっ! と二人の方を指すホーセン。


「自分の美貌を誇るでもなく、気品を見せつける訳でもない。美貌も気品も主を引きたてる為にある。こういうの知ってるぞ。おい」


 ホーセンは二人に水を向けた。


「きれいに見せるだけならもっといけるだろ?」


 と、質問のように見えてその実ただの確認みたいな口調で聞いた。


 ミアとリリーは黙してこたえなかった。

 それは黙認であった。


「ほらな」

「ホーセンが威張ることじゃないと思うけどね」

「なにをいう、これを見抜けるのは帝国広しといえど俺様しかいねえ」

「ソムリエだね」


 なるほどと思った。

 ホーセンのそれはただの審美眼とも違うから、本人の自負通り特殊技能に近い物なんだろう。


 そうなると――と思い、ちらっと二人を見た。

 そんな特殊な美しさになるのに、二人はきっとかなり努力したに違いない。


 なにか後押しをして――。


「で、義弟はここからどうする?」

「え?」

「陛下から聞いたぜ? この二人を更に綺麗にするんだろ? 今の俺の言葉で気づいたって事はこの段階は義弟の意図したもんじゃないだろうしな」

「まいったね」


 私は頬を掻いて苦笑いした。


「エリザのせいで色々やりにくくなるかもしれない」

「いいじゃねえか、いいことなんだからよ。で、どうするんだ?」

「そうだね……とりあえずシンプルに綺麗に見えるようにしよっか。話を聞く限り、調整は二人で出来るみたいだし」

「それをどうやるんだ?」


 ホーセンはまるで、誕生日プレゼントをもらう幼い子供の様に、目をキラキラさせていた。


 私は背中の賢者の剣に触れて、知識を引き出す。

 そして持ち歩いている素材袋の中に手を入れて、素材から組み替えて目的の物を作り、取り出した。


 出したのは二つの小瓶。琥珀色の液体が入っている。


「何だこれは?」

「女の人が綺麗になるにはいくつかの方法があるけど、一番効果が出やすいのは恋をすることだって聞いた」

「おう」


 ホーセンは大きく頷いて、即答した。

 その話に即答するヒゲ面の豪傑というのもどうかと思ったが、話を続けた。


「これは恋する気分になる薬。ああ、誤解しないで、媚薬じゃないよ。文字通りの恋する気分になるだけ」

「なるほど、無理矢理恋愛モードにして綺麗にさせるってわけかい」

「そういうこと。理論上はこれで限界まで綺麗になれるはずだよ」


 頷き、ミアとリリーの二人を向いて。


「ある意味相手の気持ちをねじ曲げる物だから、あまりいいとは言えないけど――」

「神の恵み、拒絶するはずもない」

「ありがたく頂きます」


 ミアもリリーも、まるで躊躇する事なく、私から小瓶を受け取って、中の液体を飲み干した。


「がっはっは、さすが義弟の女達だ。で、効果はいつ頃でる」

「すぐに出るはずだよ」

「おう」


 頷くホーセン。

 しばらくの間、彼と一緒にミアとリリーを見つめた。

 賢者の剣の知識通りに作った薬だ、効果は30秒もしないうちに現われる――はずだった。


 が、三分たっても何も変化は起きなかった。


「どうしたんだろう」

「まあこうなるわな」

「どういう事なのホーセン?」

「この二人は最初っから義弟に恋してるってこった。義弟の為にそっちの美しさはもう極めちまったって事だよ」

「そうなの?」


 びっくりして、二人を見る。


 ミアも、リリーも。

 恥ずかしそうにちょっと目をそらした。


「がっはっは、モテモテだな義弟よ。まっ、こういう失敗はむしろグッドだ、今日は酒がうまくなりそうだぜ」


 ホーセンは大笑いして、大声で酒と料理を持ってくるように叫んだ。

 失敗って訳じゃないけど、そっかもう……と、私は思ったのだった。





     ☆


 その日の夜、仮設した私の書斎。

 ムーンフラワーを動力にしたライトの下、私はミアとリリーを呼び出した。


「お呼びか、神よ」

「うん、ちょっと二人に提案があってね」

「何でしょうか。私達に出来る事なら何でもします」


 内容を聞く前に請け負ったリリー。安請け合いと言われてもしょうがない程の勢いだが、ミアもリリーと同じ目をしていた。


「あの薬で綺麗にならないのなら、二人の見た目の美しさは極まったと言っていいと思う」

「恐縮だ」

「まだまだだと思います」

「そこで提案」


 私は手を差し出した。


 両手の手のひらの上にそれぞれ、鮮血のような色の、雫の様な形の塊があった。

 イヤリングかペンダントになりそうな、宝石の様なものだ。


「これを飲んでみないかい、効果は――」


 私が最後まで言う前に、ミアとリリーは同時に一歩踏み出して、それを受け取って同時に飲み干した。


 これも想いの強さがなせるわざか。

 私が提案する物は全て受け入れる、と暗にそう言われたようだ。


 胸がじんわり熱くなる。


「ありがとう」

「神の提案に背くはずもない」

「きっと私達に益のある物だと思います」


 信頼も絶大だった。


「うん、ありがとう。一応説明だけはするね」

「はっ」

「わかりました」

「それは僕の血を精錬したもの。効果は疑似天使」


 神格者の能力を応用して作った物だ。


「寿命は人並みのままだけど、見た目は歳をとらなくなる、そういう代物だよ」

「「――っ!」」


 効果を説明されて、二人ははじめて驚き、互いの顔を見た。


 つまりは不老。

 色あせない美貌というのは多くの女性が望む物だ。

 美を追究し、見た目の頂点を極めた二人にふさわしい物だと思った。


「感謝する、神よ」

「ありがとうございます!」

「次は内面だな」

「ええ、この見た目のまま年齢を重ねた内面を鍛えれば」

「より、神にふさわしい左右になれる」


 頷き合うミアとリリー。

 見た目はもう変わらないかもしれないが、二人の気持ちは彼女らを更に綺麗にしていく。


 私は、そう確信したのだった。

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