23.善人、布教する
アヴァロンが徐々に発展していく。
最初は「光る地面」で、区画になってて町に見えていたのが早くも懐かしく思えてくる位、あっちこっちで建設ラッシュが起きて、本当の町らしくなっていってる。
「すごいですアレク様」
「うん?」
私の横で、一緒に視察に出かけてきたアンジェが、傍から見ても分かるくらい、ものすごく感動してる顔でつぶやくように言った。
「ちょっと前までは何もなかったところなのに、もう町です」
「その事か。うん、そうだね。ちょっと感動するよね」
「はい! 昨日よりも今日、今日よりも明日。この言葉を知ってましたけど、まさにこういうことですよね」
興奮気味に話す。
気持ちはわかる気がする。
その表現は割とありきたりな物で、だれでも知っている「成長」や「進歩」を指す言葉だ。
だが、それを実感出来る者は意外と少ない。
あるとすれば子を成し育んでいくのが近いが、それも男の方は人によっては実感出来ない人が多い。
仕事一筋でそれに「気づき」すらしない者も世の中にはいる。
「アンジェ、そこ危ない」
「えっ――ひゃっ」
反応が遅れたアンジェの手を掴んで引き寄せる。
彼女はバランスを崩して、自然と私に抱き寄せられる体勢になった。
そんなアンジェがたっていたところに、一台の荷馬車が通り過ぎていく。
荷馬車には材木が積み込まれている。
今、このアヴァロンで一番行き交ってるのが材木や石材と言った建材系だ。
「ありがとございますアレク様」
「どういたしまして」
「あれ?」
「どうしたの?」
「あの馬車……」
アンジェが指を伸ばして、不思議そうな顔をした。
指さした先にさっきの馬車がいて、その馬車は既に目的地に到着してて、荷下ろしを始めている。
下ろされた材木は、完成している建物の中に運び込まれている。
「おうちを建てる為に使うんじゃないですね」
「そうみたいだね」
頷き、周りを見る。
アンジェも同じように一緒に周りをみた。
建設ラッシュが起きてるアヴァロンでは、あっちこっちに材木や石材が積み上げられている。
それはどれもがいわば野ざらし、建設の最中だから当たり前だが、屋外に積み上げられている。
一方で、アンジェが不思議に思ったヤツは、材木を下ろして、建設がいかにも完了している建物内に運び込まれている。
「何に使うんでしょう」
「行ってみようか」
「はい!」
頷くアンジェを連れて、材木を搬入している建物に向かっていった。
「ちょっと話、いいかな」
「今忙しいんだ――って、副帝様!? すいやせん! 副帝様とは知らずに失礼な真似を」
材木の搬入を指揮してる、現場監督らしき人に声を掛けた。
最初は私に気づかなかった彼はものすごく恐縮して、しきりに頭を下げている。
「気にしないで。それよりも話が聞きたいんだけど、忙しいのなら後にするけど」
「大丈夫です! なんでも聞いてくだせえ」
「うん。ここは何をしてるところなの? この材木は?」
「ここは彫刻ギルドで、彫刻職人が集まってるんです」
「なるほど」
「そうだったんですね」
私もアンジェも納得した。
彫刻ギルド、それなら木材を建物の中に運び込んでも不思議はない。
「いやあ、最近は家がバンバン立つもんだから、こっちもその分注文が入るんですが、材料の取り合いになってしまうんですよ」
「どうしてですか?」
アンジェがまた不思議そうな顔をしたが、その理由は知っている。
彫刻ギルドと分かれば理由も分かる。
「多くの家には簡易的な神棚があるんだよ、アンジェ。信仰してる神様を祀ったり、御先祖様を祀ったりとね。お店とかも商売の神様を祀る神棚があったでしょ」
「あっ、はい! ありました!」
「そういうことだね。必須ではないけど、家具みたいなものだね」
「いやあ、それが今や一家一体ってくらい注文が入ってるんですわ」
「え?」
軽くびっくりした。
民家に神棚を飾る習慣があるのは知ってたけど、一家一体なんて割合としては高すぎる。
背中に背負ってる賢者の剣に聞いてみた。
うん、やっぱり普通はそこまで高くはない。
神棚と言ったいわゆる「神具」は、農村部で7割、都会で約3割という割合らしい。
「どうしてそんなにみんな注文してるの?」
「それは……」
男は口籠もった。
視線が泳いで、ばつが悪そうな顔をした。
アンジェはまた不思議がった。
「なにか、言えないようなこと」
「いえ! そういうわけじゃないんですが……あっいや、無断っちゃ無断なんですが」
「……?」
私まで不思議に思い、首を傾げだした。
男はぼりぼり頬を掻いたが、やがて観念した顔で。
「ちょっと待ってください」
といって、建物の中に入っていった。
「どうしたんでしょう?」
「実物を持ってくるんじゃないかな」
「なるほど」
アンジェが納得した直後、男は再び姿を現わした。
手に持っているのは両腕で抱えることが出来る、赤ん坊サイズの木像だ。
その木像は――。
「アレク様だ」
「うん、僕だね」
アンジェと私は不思議がった。
男はばつの悪そうな顔のまま。
「副帝様の像をって注文が殺到してるんです。で、うちは何人か副帝様とアスタロト様の像を造ってた経験のあるヤツがいるから、それで」
「なるほど、そういうことだったんだね」
「すごいですねアレク様。しばらくしたら至る所にアレク様がいるようになりますね」
「うん、そうだね」
私はにこりと微笑んだ。
何の事はない、無断で私の木像を作ってるのを申し訳なく思ってただけだ。
私はなんとも思わなかった。
彼も言ったように、既にアスタロトと一緒にって感じで、アスタロトの加護を受けるための神像をあっちこっちの農村に配置しているから、今更だ。
だから糾弾する気はないが――。
「せっかくだし、利用させてもらうよ」
「え?」
きょとんとする男。
私は手を伸ばして、自分の形をした木像に手を触れた。
神格者としての力を使い、木像に力を込める。
木像は一瞬だけ神々しく光った。
「い、今のは?」
「ちょっとだけおまじない」
「副帝様……ご本人様のおまじない……ありがとうございます!」
男はぱっと頭を下げた。
「あしたから木材をいったん僕の所に持ってきて。全部やって上げる」
「ありがとうございます!」
男は米つきバッタになってしまったかのように頭を何度も何度も下げ続けた。
それに見送られる形で、私とアンジェはその場から離れた。
「アレク様、あれに何をしたんですか?」
「おまじないだよ」
「そうじゃなくて」
アンジェはにこりと微笑んで。
「具体的に何をしたんですか、って意味です」
「ああそういう。うん、神格者の力、神力を込めてみたんだ。力を込めて留めただけだから、たいした意味はないけどね」
「そうなんですね。あっでも、神力ってことは、文字通りの神像になりますよね」
「あはは、そうなるね」
アンジェと笑い合いながら、建設ラッシュのアヴァロン視察を再開した。
この後、「副帝様が直々に清めた」といううたい文句の神像が、一家一体を超える一部屋一体で普及していき。
私はしばらくの間、材料のおまじないに追われるのだった。