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18.善人、納税をねだられる

「じゃあ、これをお願い」

「かしこまりました」


 アメリアがしずしずと一礼してから、テントから出て行った。

 手に持っているのは上質な羊皮紙。


 紋章いり、私のサインいりのものだ。

 唯一内容の本文だけマリに代筆してもらった物――今や正式な公文書の形式になったそれをもって、テントからでていった。


 そんなアメリアと入れ替わりに、エリザが入ってきた。

 お忍びエリザ、ここ最近更に色っぽくなってきた彼女は、テントの入り口での逆光と相まって、神々しい程美しく見えた。


 一瞬だけどきっとした私は、それを取り繕って、平然を装って話しかけた。


「やあ、また来たのかいエリザ」

「ここの様子が気になってね。順調みたいね」

「そこそこね」

「今のは? 何かのお触れ?」

「分かるの?」

「そういうのを受け取っていく人間の表情は毎日の様に見てるからね」

「そりゃそっか」


 エリザは帝国の皇帝だ。

 私よりも遥かにお触れを――勅命を出している。

 それの実行を命じられた人間特有の何かを知っているという。


「内容は?」


 彼女は私のそばにやってきて聞いた、エリザとの仲だし、そもそもこの土地は帝国皇帝である彼女のもの。

 隠す理由はどこにもないと、私は正直に答えた。


「とりあえず今年の税金は払わなくていいよ、ってお触れ」

「ここでもそうするんだ」

「うん」


 頷く私。

 カーライル領で既にそうしていて、それをエリザも知っている。

 それと同じことをここでもするって訳だ。


「新しい土地だからね、余計にお金は民間で回した方がいいって思ってね」

「それが出来るのはやっぱりあなただけよね」


 感嘆するエリザ。

 皇帝である――為政者である彼女には、民間で金が回るという事の重要さをよく理解している。


 例えばの話。


 金貸しからある男が銀貨100枚を借りた。

 男はその銀貨100枚を使って何かをかった。


 この瞬間で、銀貨は300枚分の働きをしている。


 金貸しが貸し出して利息を産み出す100枚。

 男が借りた分で買った100枚分の品物。

 ものを売って実際に銀貨を手に入れた店なり商人なりの100枚。


 計、300枚の働きだ。


 一般的にマイナスなイメージである借金でさえ、最小構成の一巡回るだけでこれだけの価値を生み出すのだ。

 金は回れば回るほど、見えない――しかし実質な価値を上げていく。


 無私な為政者であれば税金を少なくして民間に金を残すのが正解なのだが、エリザは皇帝、養わなきゃならない(、、、、、、、、、)人間が多すぎる。


 エリザ本人が節約しても、大臣や役人、使用人がいる、その家族もいる。


 彼女がそれをするには、背負っているものが大きすぎる。

 その分私は身軽だから、好きに出来る。


「一年なのはどうして?」

「とりあえずこうすれば、来年は払わなきゃいけないからってことである程度の緊張感を保てるはずだよ。いきなり何も無しじゃ、最初から働かないって人もいるからね。というか今そう言う人達と戦ってるんだ、ある意味」

「そして最後は悪名を背負っていくのね」


 笑いながら話すエリザ。

 それは前に彼女ともした話だ。


 一度蜜の味を知った民は増税を受け入れられない。

 減税をしたその時はいいが、将来上げざるを得ないときが大変だ。


 私は自分が死ぬ間際にあげて、悪名をかぶって死ぬって言った。

 その時の話を再び持ちだしてきたのだ。


「今回もそうするの?」

「どうかな、状況次第だね。とりあえず一年目は取らない。それだけは決まってるけど」

「働けば働くほど税がかるくなるのはどう?」

「働くほど軽く?」

「収入次第で税がやすくなるの。そうすればみんな真面目に働くでしょう」

「なるほど」

「どうせあなたには税金なんて意味ないんだから」


 エリザはにやり、と笑った。


「あなたにしかできない制度ね」

「そういう逆転の発想なら、子供が増えれば増える程税金少なくするのはどう? 今だと人頭税で子供多いほど取るけど、だからといって子供は労働力だから産まないわけにはいかない」

「なるほど、産めば産むほど税を軽くするのね」

「そういうこと。細かい補助的な制度を一緒に組まないといけないけど、大まかな方向性としては」

「ありね」


 即答するエリザ。


 賢者の剣から得た知識では、今、世間の9割近くを占める庶民にとって、子供の数つまり家族の数はそのまま労働力になってるのを知っている。


 子供をより産む、安心して産める施策はかなり重要だ。


 私とエリザはテントの中で真面目な話を続けた。

 そして、あることを理解する。


 エリザはここ、私とアヴァロンを「箱庭」にするつもりでいる。


 帝国のミニチュアとして、ここで施策を先行して試すことで、うまくいけるものを帝国にフィートバックしようとしている。


 私を歴史に残す、という言葉に騙された――いや騙されてはないか。

 あれも決して嘘ではないが、皇帝・エリザベートは同時に同じくらい国と民の事を考えている。


 そういうエリザが好ましくて、色々と案を出し合って討論していた。


「お忙しい所すみません」

「ん? どうしたのアメリア」


 テントの外から入ったアメリアが、難しい顔で声をかけてきた。


「先ほどのお触れ。出しましたところ、いくつかの集落の責任者がご主人様に面会を申し出てきました」

「面会?」

「請願をする、とのことです」

「請願かぁ……」

「へー、なんだろうね」


 エリザはいつもの調子で軽くいったが、目がちょっと座っていた。


『アレクが税の免除までしてやったのになんの不満があるのよ』


 空耳だが、そんなのが聞こえた気がした。


「とりあえず会おう。その人達をテントに入れて」

「かしこまりました」


 アメリアは呼ぶために一旦テントからでていった。


「エリザは隣にいてくれる? 相談するかもしれないから」


 というかそばに置いた方が暴走しないですみそうだと思った。


「わかった」

「ごめんね、立ったままでいてもらうけど――」


 私が言い終わらないうちに、エリザは私の影の中に潜った。

 十秒も経たない内に影から出てきたエリザは、ここ最近すっかり見慣れたメイド姿になった。


「侍らせていただきます、ご主人様」

「うん、よろしく」


 メイドエリザが私の斜め後ろに控える様に佇む。

 直後、アメリアに案内されて、何人もの男が入ってきた。

 その立場にいる人間は自然と似たような格好をする。


 村長とか族長とか。

 ぱっと見、そういった立場の人間がほとんどだった。


「お疲れ様。僕に言いたいことがあるみたいだね」


 単刀直入に聞くと、男達は一斉に私の前に跪いた。

 そして、一番まん中で一番前にいる男が、顔を上げて、言った。


「どうか、税を納めさせて下さい!」

「……ん? どういう事?」


 予想外の話だった。

 税金をむしろ納めさせてくれ、という様に聞こえたが……。


「副帝様についてきたおかげで輝かしい未来が、未来に希望がもてました。だから、是非――」

「「「是非!!!」」」


 他の男が声を揃えた、ちょっとびっくりした。


「――感謝の気持ち、形にさせてください!」


 ああ、だから税を払わせろって事か。

 しかし、それはやっぱり予想外だ。


 いや、前代未聞と言っていい。

 賢者の剣に聞いても前例がないって言うし。


「さすがご主人様」


 エリザも、感嘆半分呆れ半分でつぶやいた。

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