13.善人、許嫁を育成する
民衆の歓声が続く。
その歓声は波になって、徐々に後方に広がっていく。
噂はあっという間に広がっていき、何も見ていない者まで歓声を上げる様になった。
しばらく収まりそうにないから、アメリアにひとまず任せて、アンジェの所に戻った。
アンジェの治療は最終段階に入っていた。
意識がないままぐったりしている人魚だが、肉体が、少なくとも見た目には修復されている。
肉が溶け、骨が見えるくらいこそげ落ちていたボロボロの肉体が元に戻っている。
「……ふう」
治癒の光が収まって、アンジェは手の甲で額に滲む汗をぬくった。
「お疲れ様、アンジェ」
「アレク様!」
声を掛けられたアンジェは嬉しそうに私の方に駆け寄ってきた。
「もう、治ったみたいだね」
「見えるケガは一通り……多分大丈夫だと思いますけど……」
私は人魚に近づき、しばし見つめる。
「うん……これならもう大丈夫。アンジェはもう少し自信を持っていいと思う」
「自信ですか……?」
目を見開き、きょとんとするアンジェ。
控えめなのはアンジェが持つ美徳の一つだが、そろそろ、いくつかの事で自信を持ってもいいと思う。
そういう、アンジェが見たい。
「僕が保証する、アンジェの治癒魔法は世界でも屈指だよ」
「そんな……」
「僕が信じられないの?」
「えっ!? いえ、そんなことはーー」
アンジェはあわあわした。
「それなら良かった。断言するよ、アンジェは世界でも六本の指に入る。治癒魔法ならね」
「六本の指、ですか?」
困惑顔のアンジェ。
六本の指なんて表現、普通はしないものだ。
「うん、六本。僕がいなかったら五本の指に入ってたね。残念」
「残念じゃありません! アレク様にかなわないのは当たり前です」
「そっか。じゃあ頑張って僕以外の誰かを抜いて、五本の指に入るようにならないとね」
「――はい、頑張ります」
胸もとで両拳を揃える小さなガッツポーズをするアンジェ。
「アレク様と一緒に、五本の指に……」
アンジェは私を信用している、信奉していると言ってもいい。
この言い方なら、発奮すると同時に自信がつくはずだ。
五指に入る――という、私と肩を並べるまでもう少し。
世界で六番目にすごい使い手、それが本人にすり込まれたはずだ。
その証拠に、ガッツポーズした後の自分の手を見つめるアンジェの目が少し変わっていた。
まだ、言わないでおこう。
本当は私に次ぐ世界二位なのはもうしばらく黙っておこう。
そのかわり、もう少し自信をつけさせる事にした。
私は手をかざして、あるものを取り出した。
手のひらに載る、小玉スイカ程度の大きさの玉だ。
「アレク様、それは何ですか?」
「アンジェは何だと思う? ちょっと判断が難しいものだよ」
「難しい、ですか?」
アンジェは小首を傾げて、玉を観察し始めた。
ただの玉じゃない、外側が毒々しい色合いをしている。
その色はさっきの沼と同じ、紫色でいかにも毒々しかった。
普通なら毒の塊、と一言で切って捨てるところなのだが。
「これ、外側ですか?」
治癒の魔法に精通して、「命」というものに敏感なアンジェはそれを感じ取った。
「正解、さすがアンジェ。これを見抜けるのは中々出来ることじゃないよ」
「そうなんですか?」
「こっちはアンジェには難しいと思うけど、人間の意図が残っている。わざと外側だけこの毒々しいのを被せて、中身を何かから隠すって意図だね」
「なるほど」
「だから、わかりにくく出来てる。それを見抜けるのは、この場じゃアンジェだけだね。さすがアンジェだ」
「あ、ありがとうございますアレク様」
アンジェは頬を染めながらも、まんざらでもなさそうな顔をした。
「これは僕がこの土地を浄化した時に気づいて、ひとまず避けたものだ。さてアンジェ。人の意思、そしてこの土地におそらく隠していたもの。これで何かを感じないかい」
「……あっ」
しばらく玉をじっと見つめていたアンジェがハッとして、まだ気を失ったままの人魚をパッと見た。
「この人だ」
「正解」
玉を持ってない方の手を伸ばして、アンジェの頭を撫でる。
「そう、この人魚の意志。彼女は何かから、これを隠して守ってるんだろうね」
「そうだったんですか」
「よくやった、さすがアンジェ」
「アレク様……」
アンジェはますます嬉しそうに、頬を染めてはにかんだのだった。