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12.善人、土地を浄化する

「止まって」


 私がそう言いながら立ち止まると、まず二台の馬車が止まって、それから後ろについてくる民衆が止まった。


「どうしたんですかアレク様」


 馬車から飛び降りて、アンジェが私のそばにやってくる。


「あれ」

「空に何が……わわっ! すごいゾクッとしました」


 アンジェは両腕で自分を抱きしめた。

 言葉通りぶるっと身震いしたのは、それ(、、)が視覚的にもはっきりと出ているからだ。


 進行方向の先、空に禍々しく暗雲が立ちこめていた。

 通常の悪天候とかでは決してない。


 もっと、禍々しい何かだ。


「みんな、出ておいで」


 召喚に応じて、私の影からメイドが全員出てきた。


 ちなみにドロシーとロータスは影の中にいるまま。

 この二人はメイド達とはまた別枠で、個別に呼ばないと出てこない。


 私はメイドだけ呼び出した後、彼女らに振り向き、先頭に立つメイド長のアメリアに言った。


「何かあるかも知れないから、僕が先行する。列は任せるよ。アメリアの判断で指揮して」

「かしこまりました。大丈夫になったら追いかけます」

「うん」

「アレク様! 私も連れてって下さい!」


 一人で先行しようとする私に、アンジェが同行を申し出てきた。

 正直気配が禍々しく、それを一目で身震いする程感じたアンジェが、それでもと言ってきたのだ。


「うん、一緒に来て」

「はい!」


 嬉しそうな笑顔をするアンジェ。

 そんなアンジェを連れて、二人と一緒に先に進む。


 空気が、雰囲気が徐々に悪くなっていった。


「なんか、怖い何かがあるみたいです」

「うん、僕もそう感じてる」


 アンジェの感覚は鋭い。


 道中、どんどん環境が悪くなっていった。

 ただ荒れてるだけじゃない。

 草木は枯れ、沼は紫色の毒沼になってる。

 至る所に人間が吸い込めばそれだけで病気になったりする瘴気が立ちこめている。


 何よりアンジェが感じた通り、この先には「何かが」ある。


「あの……アレク様」

「うん?」

「間違ってたらすみません。そろそろ、アヴァロンにつくっておっしゃってませんでしか?」

「うん、昨日の夜地図を確認したら、そろそろだって」

「もしかして……ここが?」

「いいことに気づいたねアンジェ。うん、地理的にはもう『アヴァロン』って呼ばれる地域に入ってる」

「あぁ……」


 アンジェが声を漏らした。


 やっぱりそうか、なのと。

 ここが理想郷と呼ばれたアヴァロン? なのと。


 その二つの感情がない交ぜになって漏れた声だ。


 私も驚いている。

 開拓が必要な場所だって聞いたからある程度は覚悟してきたけど、それよりも遥かに悪い状況らしい。


 進んでいくと、一際開けた場所にでた。


「うっ……」


 アンジェが口を押さえて、少しふらついた。

 そんなアンジェを抱き留めて支える。


「大丈夫?」

「ごめんなさいアレク様」

「気にしないで。それよりも大丈夫?」

「はい、大丈夫です……それよりもここ、ひどいです……」

「ああ」


 頷く私。

 目の前に開けた光景、それは禍々しさに気づいて、アンジェと二人っきりでここに来るまでの道中で想像してたのより更に悪かった。


 まるで――地獄。


 空は黒く、稲妻が時々堕ちている。

 腐った動物の死体がそこかしこに転がっていて、あっちこっちの地面から蒸気とも瘴気ともつかない何かが吹きだしている。


 荒れ果てた毒々しい大地。

 とても、人間が住める場所じゃない。


「ひどいね」

「はい……」

「うーん、ここまでなのは予想外すぎる、どうしたもんかな」


 私は考えた。

 さすがにこれは……ってなったところで。


「またか、人間ども」

「え?」


 私でもアンジェでもない、初めて聞く声がした。

 怨念渦巻く声。その声に振り向くと、毒沼の様な色をした湖から、人魚? の様な生き物がいた。


「ひっ!」


 疑問形なのは、半分程度しか原型を留めていないからだ。


 体のあっちこっちが腐り落ちていて、骨まで見えている状況。

 下半身なんてほとんど骨だが、ぎりぎりで肉が一部だけ体に残っていて、魚のようなものだって分かる。


 正直、なんで生きてるのかが不思議な存在だ。


「あなたは……幽霊? それとも神様?」


 たずねる私。

 あんな有様で生きている相手、人間とかモンスターでは決してあり得ない。


「さえずるな人間。ここから出てゆけ」

「……人間が憎いの?」

「出て行け!」


 会話が通じなかった。

 片方しか残って無くて、しかも濁りきった目で私に飛びかかってきた。


「アレク様!」

「アンジェは僕から離れないで」

「――はい!」


 アンジェをかばいつつ、飛びついて来た人魚の攻撃を賢者の剣で受け止めた。


 素早く、重い一撃。

 足が地面にすこしめり込むほどの重さ。


 だが――後が続かなかった。


 私に攻撃を防がれた直後、人魚はその場で崩れ落ちた。

 息も絶え絶えで、まさに死にかかっている様子。


「大変!」


 アンジェが前に出て、人魚の前にしゃがんだ。

 手をかざして、治癒魔法をかける。


 Sランクの魂を持つアンジェ。

 長年カラミティ相手に治癒魔法の鍛錬をしてきた結果、治癒魔法なら私に負けず劣らずの使い手にまで成長した。


 しばらく様子を見て、治癒魔法が逆効果じゃない事だけを確認してから。


「アンジェ、その人はアンジェに任せる」

「はい!」


 アンジェは意気込んで、更に治癒魔法を掛ける。

 逆効果でないのなら後はアンジェに任せて平気だ。


 それよりも、と私は周りを見た。


 アンジェが回復魔法を人魚に掛けた結果、周りで渦巻いてる瘴気とかが人魚の体から追い出されて、顔色が良くなったのを確認している。


 それはつまり、耐えられはするが、根本的にこの環境が人魚にとっても良くない環境だということだ。


 ならば、改善する。

 何故問答無用で襲ってきたのかは知らない、「人間」に悪意を剥き出しにするのかも知らない。

 知らないが、この環境が良くないことだけは分かる。


 賢者の剣を地面に突き立てて、この地全体を探る。


「……」


 眉間に皺が思いっきり寄ったのが自分でも分かった。


 神クラスの力を感じた。

 その力は地中深くで作用し続けてて、瘴気や毒と言った、負の物を産み出し続けている。


 つまり、この土地の有様は一種の神罰だ。


 それは――控えめに言っても気持ちのいい物ではなかった。

 何があったのかは知らないけど、土地そのものにこんなことをするのは気分が悪い。


「賢者の剣」

『応』


 珍しく、呼びかけから始まった。

 地中深くで作用している神の力は、本腰を入れなければならないほど強力なものだ。


 賢者の剣を突き立てたまま、目を閉じて魔法陣を広げて、力を高める。

 地中深く埋まっている神の力に向かって意識を伸ばして――力をぶつける。


 浄化。


 力の強さは神クラスだが、完全に負の力だ。

 そこに賢者の剣――ヒヒイロカネで増幅して正の力を注ぎ込んで浄化する。


 負の力から抵抗を受けた。

 果物を切ったら中央に種があった、そんな感じの抵抗。

 更に浄化の力を高めて注ぎ込むと、私の力がそれを呑み込んだ。


 目を開く。


 向こうを浄化した後、あふれ出した私の力。

 それが地上に出てきて、毒沼などの穢れた物も浄化していく。


 毒や死体など、それらは分解され、光となって空に昇っていく。


 よし、これでいい。

 これならあの人魚も苦しむ事なく普通に住めるようになるだろう――


――おおおおお!!


 ビクッとした。

 背後からいきなり大歓声が聞こえてきて、ビクッとなるくらいびっくりした。


 振り向くと――民衆がいた。

 止めておいた民衆が何故かやってきて、見渡す限り全員が瞳を輝かせて歓声を上げていた。


 どういうことだ? と、私は先導するアメリアに向かっていった。


「どうして連れてきたのアメリア」

「ご主人様が何かを始められたと魔力で感じましたので」


 何でも無いことの様に言い放つアメリア。

 しばしきょとんとしてから、アメリアの言葉を思い出す。


『かしこまりました。大丈夫になったら追いかけます』


 私が何かをやり始めたから大丈夫だと判断したのか。


「その判断はどうかな」

「ご主人様ですから」


 アメリアは、完全な信頼のもと、あっさりと言い放ったのだった。

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