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09.善人、何もしなくても治安を改善する

 日がおちて、民衆共々野営をした。


 先頭にいる私は広いテントを張って、連れてきた女性達をその中に休ませた。

 私はテントの外で、起こしたたき火のそばで、メイド長のアメリアから報告を受けていた。


「本日の暴行は3件、窃盗ならびに強盗は2件、その他1件で、犯罪に相当するものは計6件となります」

「うん」


 頷く私。

 アメリアから報告を受けているのは、ついてきた民衆のトラブルの事だ。

 10万人もいればこういうことがそこかしこで起きる。


 特に旅も長くなってきて、疲労やら気が立ってくる人やらで、あっちこっちで諍いが起きるようになった。


 放っておく訳にはいかない、何か対策を講じなければ。


「どうしますか? 魔法の手錠をつけるのでしたら全員捕まえてきますけど」

「それは我らに任せてくれないか」


 男の声が割り込んできた。

 たき火の向こうで顔が赤く照らし出される中年の男。


 ちょっと前に説得して、帰順してきた元盗賊のリーダー。

 ガイ・リトルウイナーという名前の男だ。


「任せる?」

「荒事、汚れ役はどうか我らに」


 そう言って私を見つめるガイ。

 なるほど、そういうポジションなら確保出来るって思ったんだな。


 私は少し考えた。

 厳罰をもって犯罪を阻止するのも良いけど、エリザが私の「人徳」をこの旅で天下に見せつけようとしている。

 それに乗っかった策が良いな。


 マジックカフスを始めとする魔法でもいいけど、ここはもっと――。


 私は少し考えて、アメリアとガイに言った。


「アメリア、問題を起こした人達は把握してるんだよね」

「はい」

「じゃあそれをガイに教えて。ガイ」

「はっ」

「全員まとめて、この民衆の最後尾に連れて行って」

「……最後尾、ですか?」


 訝しむガイ。


「うん、最後尾に。方法は任せるけど、最後尾に固定して、それより前に出さないこと」

「……承知」


 ガイは迷ったが、食い下がらずに、アメリアから話を聞いて立ち去った。


「で、アメリア」

「はい」

「食糧の配給、問題を起こした人達ははっきり最後にして」

「減らすのですか?」

「ううん、そこまではいい。はっきりと最後にするだけでいいよ」

「わかりました」


 アメリアはガイに比べて迷いはなかった。

 私のメイドになって長い分、私を信頼してくれてるのが振る舞いで分かる。


 その信頼に応えなきゃな。


     ☆


 数日後、民衆を引き連れて進行していると、隣にそっとアメリアが並んできた。


「アレク様」

「うん? どうしたの?」

「ご報告ですが……ここ数日の間、問題はまったく起きてません」

「そっか、よかった」

「アレク様何かをなさったのですか?」

「そう思う?」


 横を歩くアメリアを見て、にこりと笑う。


 私が何をしたのかもしれない、でも、何をしたのかまったく分からない。

 アメリアまでそう思うのなら、今回の事は成功したって事だ。


 理解出来ない、見えない物事ほど想像を膨らますからね、人々って言うのは。


 が、対外的にはそれでいい。

 信頼してるアメリア、困り顔のアメリアには打ち明けてやらなきゃって思った。


「アメリアは、無敵の人って知ってる?」

「アレク様の事ですか?」


 即答するアメリア。

 それもまた信頼だけど、私は微笑みながら否定した。


「違うよ。失う物がなくて、それで破れかぶれになる人のこと」

「なるほど」

「例えば、リリーとマリ。ちょっと前にやとった二人。この二人が今、盗みとか、犯罪を犯すと思う?」

「思いません」


 アメリアは即答した。


「なぜ?」

「それではアレク様に見捨てられるから」

「うん」


 厳密には見捨てないけど、まあ今はそういう話じゃない。


「そういうことなんだ。人って無意識的に計算しちゃう物なんだ、犯罪を犯して得るものと、失う物を天秤にかけて。でも無敵の人は失う物がない、だから平気で犯罪を犯せる」


 そこまで言って、ちらっと背後を向いた。

 私についてくる民衆、ほぼ全員が目に希望の灯りをともらせている。


「今ついてくるみんなは僕に期待してる、僕についてきたら生活が楽になるって」

「間違いなくそうなります」

「ありがとう」


 また信頼、それに微笑み返しつつ。


「言い換えれば、僕に見捨てられるのは怖いはずだ。そして僕は、犯罪を犯した人達を最後尾に固定させた。見捨てなくても、順番は最後になるよ、というメッセージをつけて」

「なるほど! アレク様の理想郷、だれでも早く入りたいですよね!」


 アメリアは理解したみたいだ。


「そういうことだね。犯罪をした人を後ろに、場合によっては追い返すかも。そういう噂を流すだけで――アメリアが今見てるような、犯罪率が下がる状況になるよ」

「なるほど、さすがアレク様です! 魔法も力も一切使わず、罪人を最後尾に運ぶだけで犯罪を抑制するなんて」


 アメリアは感心した。

 中からでも説明しなければ分からないようなことなら、外から見てますます分からないだろう。


 そして実際、この後アヴァロンに辿り着くまでほとんど犯罪らしき犯罪が起こらず、私が何か力を行使した痕跡もまったくなく。

 何もしてないのに犯罪がなくなった、とエリザの望む方向性で名声が上がったのだった。

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