08.善人、戦わずして勝つ
10万の民衆を引き連れて、アヴァロンに向かって更に進む。
伸びきった十万人はかなり目立った。
メンバー子爵のように、途中で貴族が出迎えたりした。
通り過ぎた農業地帯は、農民達がみんな手を止めて何事かと見つめて来た。
「これもエリザの目論見だね」
「お姉様の?」
つぶやくと、馬車から降りて並んで歩いてるアンジェが反応した。
「都会に比べて、農民達は日常の娯楽がすくないんだ。その数少ない娯楽の中に、噂話をするっていうのがある。人と人がより密接に結びついてる証拠でもあるんだけどね」
「噂、ですか」
「そう、噂。そして農民達の噂は大げさに化けていくという傾向があるんだ。これを見て、多分100万人とか、1000万人とか、それくらい噂で数が膨らみ続けると思うよ。エリザはそれを狙ってるんだ。僕にでっかい噂をくっつけるためにね」
「なるほど!」
「貴族達が出てくるのも計算通りなんだろうな。農民達だけの噂なら信憑性はないけど、貴族達がみんな自然と証人になる」
「さすがお姉様です」
「そうだな」
完全にエリザの狙い通りに事態が進んでる気がする。
ここまで来るといっそ清々しい。
「ご主人様!」
背後からメイドの声がして、足を止めて振り向いた。
息を切らせて、汗だくのメイドが駆け込んできた。
「どうしたの?」
「と、盗賊です。後方で民衆が襲われてます」
「盗賊?」
「はい! 民衆の財産とか、ご主人様が分配した糧食などを奪ってます」
「……そう」
話を聞いて、眉をひそめた。
糧食とは、私がアレクサンダー同盟領で集めていた糧食だ。
ついてくる十万人の民の道中用にあらかじめ分配していたもの。
使う時にいちいち配ってたんじゃ効率が悪いと、あらかじめ予定した日数分を配ってた物だ。
なるほど、十万の民衆、その財産と糧食。
盗賊からすれば美味しい獲物に見える訳だ。
「退治してくる、危険があるかもしれないからアンジェは馬車の中に戻ってて」
「大丈夫です、アレク様がいるのですから危険はありません」
私を信じ切ってくれるアンジェ。
その瞳にわずかな迷いもない。
「そっか。じゃあすぐに戻ってくるから、ここで待ってて」
「はい!」
頷くアンジェ、私は大地を蹴って、民衆の列を逆走して戻っていった。
長蛇の列を数キロ戻った所で、騒ぎが見えてきた。
武装した野盗の一団が文字通りの略奪を行っている。
列の前が逃げて、後ろが止まってて。
盗賊達に完全に分断されている。
けが人も出ている、猶予はない。
私は賢者の剣を抜き放って、更に速度をあげて飛び込んでいく。
「そこまでだ!」
腹の底から、魔力を載せてブーストした大声を出した。
それで民も盗賊も動きが止まった。
民から何かを取り上げようともつれ合っている盗賊の一人に斬りかかった。
その盗賊が私に反応して、民に向けていた剣を私に向けた。
切り結んで、そのまま押し返して、盗賊と民の間に割って入る。
歓声が上がった。
私が救援に駆けつけたことで、民から安堵と歓迎が入れ混じった大歓声があがった。
その歓声を背にして、盗賊と向き合う。
私が現われたことで、盗賊達が集結。
数は100弱、意外と多い。
さてどう追い払うかと考えていたところで、一番近くにいた盗賊が二人飛びかかってきた。
前方の左右から飛び込んで、長剣で斬りかかってくる。
賢者の剣で弧を描く。
二人の斬撃を払いつつ切っ先を誘導して、さっきと同じように押し返す。
押し戻され、着地した盗賊は、ケガもなければ剣も折れてない、不思議な剣術に押し戻された――という感覚で、顔がみるみるうちに赤に染まって、怒り心頭に発した。
更に飛びかかってこようとしたところ。
「待ちやがれ!」
野太い声が二人を止めた。
盗賊の集団が割れて、中央に一人の男が立っていた。
ヒゲを生やしている、雰囲気のある男。
リーダーだろう。
彼を何とかできれば無駄な戦いはしなくてすむ。
私は刺激しないように心がけて、男の出方をうかがった。
いろいろな想定して、対策をあらかじめ立てておく。
が、想定外の反応が来た。
「眉目秀麗の少年貴族、宝石の入った装飾剣。あなたはもしやアレクサンダー様では?」
一喝で部下をとめた時は荒々しい口調だったのに、私にはうやうやしい態度で、うかがうように聞いてきた。
「うん、僕がアレクサンダー・カーライルだよ」
「おぉっ!」
男は目を見開いた、部下たちもざわついた。
次の瞬間、私は思いっきり驚かされた。
なんと、盗賊の一団が全員、私に跪いてきたのだ!
「どういう事なの?」
「威名はかねがね、いつかお会いしたいと思っておりました」
「僕にあいたかった?」
「はい。アレクサンダー様のお力、知恵、何よりその人徳。密かに憧れておりました」
リーダーの男が頭を下げる、他の盗賊達は強い眼差しで私を見る。
「おい!」
「へい!」
男があごをしゃくると、盗賊達が奪ったものを返して来た。
「アレクサンダー様の行列とは知らず、大変失礼を」
一連の流れ。
それを見ていた民から歓声が上がった。
「戦わずに解決した」
「向こうから返して来たぞ」
「すげえ、さすが国父様」
ざわざわしてるのを背に受けつつ、男に聞く。
「……どうしてこんなことをしてるの?」
「必要に迫られて。数年前の飢饉で」
「なるほど」
短い言葉ながら、おおよその見当はついた。
生まれが良くても、一度の飢饉で落ちるところまで落ちてしまうケースは歴史で良くみる。
同時にもう一つ。
短い言葉で過不足無く伝えてきた。
男は潔いし、知識も知恵もあるタイプ。
多分、盗賊に堕ちる前はそれなりの知識人だったはずだ。
「大変、失礼をいたしました」
そう言って、立ち去ろうとする男達。
「待って」
「なんでしょう――ああ、これは失礼。アレクサンダー様に失礼を働いた落とし前がまだでしたな」
男はそう言って、部下に目配せをして、剣を受け取った。
それをそのまま自分の腕の付け根に振り下ろす――。
ガキーン。
とっさに賢者の剣を出して、それを払った。
「なにをなさるので」
「そういうのはいいから。それよりも聞きたいことがある」
「はい……何なりと」
「ちゃんとした職業に戻る気は? 見た感じ農民の出が多いけど」
「土地も農具も、種籾を買う金もありません。だからこうして元手のいらない商売をしているのです」
元手のいらない商売――盗賊か。
面白い言い回しをする。
「そういうのは全部ぼくが用意する」
「……我々は既にたくさんの悪事に手を染めた」
「だからこそだよ」
そう、だからこそだ。
悪党でも、すくなくとも改心するつもりがある人間なら助けたい。
「どうかな」
男たちは互いに顔を見合わせた。
やがて、全員が私の前に跪いた。
「すべて、アレクサンダー様に従います」
戦わずして盗賊を帰順させたことで、民から更に歓声があがった。