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06.善人、100万人を連れて引っ越しをする

 屋敷の大広間。


 他の貴族などを招いてパーティーをする時くらいにしか使われないそこで、私は正装をして、片膝をついていた。

 背後には父上、目の前は王宮で顔を見たことのある初老の大臣がいる。


 大臣は詔書を広げ、朗々な声で読みあげる。


 詔書は皇帝が私に下した命令。

 カーライル領を離れ、辺境にあるアヴァロンという土地を開拓せよ、という物だ。


 それだけなら何も問題はない。

 賢者の剣の知識で、アヴァロンは神話時代には楽園だったが、今は荒廃しきった土地だというのが分かった。


 開拓か復興か、それを私にやってこい、という話だ。


「なお」


 詔書を読みあげる大臣、文脈が急変した。


「目的は黙秘せよ、移動については徒歩で行うものとする」

「……黙秘に、徒歩?」


 片膝をついて聞いていた私は首をかしげて大臣を見あげた。

 大臣もそこには疑問を感じているようだが、軽く肩をすくめて。


「陛下が特にと命じられたことだ、何か真意があるのだろう」

「なるほど」


 つまりは大臣も知らないって事だ。

 まあいい、それは後で聞こう(、、、、、)


 私は最後に一度頭を垂れて、


「ありがたき幸せ」


 と言って、立ち上がって詔書を受け取った。

 これで勅命は正式に受け取った、という形になる。


 すると、任務を終えた大臣が、読みあげる時とは違って、フレンドリーな声で話しかけてきた。


「いやあ、さすが副帝――いや、国父陛下という所ですな。陛下の信頼の厚さが文面からも伝わってきました」

「とうぜんだ、何しろアレクなのだからな」


 勅命を受けてる最中も、ずっと興奮気味に眺めていた父上が会話に合流してきた。


「アヴァロン、というのもまたいい。帝国中が、陛下が切り札を投入した、と見るだろう」

「まさしくそのとおりですな」


 意気投合する父上と大臣。

 二人は笑い合って、一緒に広間から出て行った。


 あれ? これって愉快な仲間達が増えるパターン? なんて思った。


 一人っきりになった広間で、私はメイドを召喚した。

 影から現われたメイド、それはエリザだった。


 メイド服で身を包み、手を体の前に揃えて恭しく佇んでいる。

 事情を知らなければ100%メイドにしか見えないたたずまいだ。


 そんなエリザに聞いた。


「どうしてこんな勅命になったのかな」

「先日モレクの街においでになった陛下が」


 と、前置きをしたエリザ。

 メイドの格好の時の彼女は、自分(皇帝)の事でもこういう物言いをする。


「ご主人様の名を歴史に残したいと仰せになった。間違いなくその一環かと」

「それはわかるよ」


 神話に名前が残ってる理想郷の開拓――いや再現だ。

 その成功をまって私の名を残したいのはあえて聞くまでもないこと。


「そっちじゃなくて、どうして歩いて行けって言ったのかな。目的は誰にも教えるな、というのは分かるけど」

「さあ、一介のメイドには分かりかねますが、ただ」

「ただ?」

「そのとおりに行動すればすぐに理由が分かるのではないかと」

「なるほど」


 本人がそういうのだ、間違いなく分かるんだろうな。

 まあいい、勅命ならやるまでだ。


 それに開拓なら、今までやってる事と何も変わりは無い。


 私は思考を巡らせた。

 まずは何をすればいいかと考えたら。


「父上に話をしなきゃね。徒歩で向かうのなら時間は掛かる。カーライル領の事を全部父上に戻さないと」

「……」


 メイドエリザは何も言わずに、ペコリとお辞儀をした。


 こうして、私はカーライル領の全てを父上に引き継ぎつつ、アヴァロンに向かう準備を着々と進めた。


     ☆


 二週間後、出発の日。

 カーライル屋敷に馬車が二台あった。


 一台はアンジェとサンが乗っている。

 もう一台にはシャオメイやミア、マリにリリー達が乗ってる。


 どれくらいで戻れるのか分からないから、私ゆかりのものは全員連れて行くことにした。

 エリザに確認取ったら、私は徒歩だが、女達は馬車に乗せていいと言われたから、この形になった。


 ちなみにアメリアのようなメイド達は影の中、アスタロトなどの神や天使は呼べばくるのでここにいない。


「では父上、母上、行って参ります」


 庭で私を見送る父上と母上、二人に別れを告げた。

 すると。


「くぅ、私もついて行きたい! アレクの勇姿を見たいぞ」

「ダメですよあなた。あなたにはアレクからあずかった物を守り抜くという大事な使命があるのですから」


 いえ母上、使命なんてそんな大げさな話じゃないです。


「そうだな! うむ、私はこの時のために生まれてきたのに違いない」


 だから父上、そんなに大げさな話じゃないです。


「あなた? それは間違っていますよ」

「どこがだ、アレクの留守、これを預かる以上の重責はあるまい」

「あなたはアレクを生誕させるために生まれてきた。それに比べれば今回の事は余禄にすぎない、そうではありませんか」

「――確かに!!」


 父上と母上のやりとり、もはやなじみとなり、しばらくは聞けないと分かるとちょっと寂しいやりとりだった。

 それをしばらく見守った後。


「では、行って参ります」


 私はそう言って、両親に別れを告げた。

 馬車を引く馬の尻を叩いて動き出させ、その真横に付いていく。


 屋敷を出ようとした――その時。


「た、大変です!」


 一人の男が血相を変えて駆け込んできた。

 カーライル家に仕えている人間、モレクの街の治安を任せている役人だ。


 そんな彼が屋敷に駆け込んできた。


「どうしたの? 何かあったの?」

「ひ、人です」

「人?」

「モレクの街の外に人が」

「……はあ」


 人がいるからどうしたというのだろうか。

 そもそも、モレクは街灯――アレクの光が出来てからは帝国各地から観光客がひっきりなしにやってきてる。

 街の周りに人がいない時の方が珍しいくらいだ。


「か、数えましたけど無理でした! 十万人はいると思います!」

「なんだって?」


 これには、さすがの私もびっくりした。


     ☆


 モレクの街の外に出ると、そこには報告通り、十万人を超す民がいた。

 全員が旅支度――いや。

 引っ越しでもするのか、家財道具を担いだり牛車などにのせている。


 そんな十万人を超す民の前に、私が姿を見せるなり。


「「「うおおおおお!!」」」


 と、天地を揺るがすほどの大歓声が上がった。

 連れてきた馬車の中からアンジェ達が顔をのぞかせて、一人残らず十万人という威容に圧倒されていた。


「思ったよりも集まったわね」

「エリザ!」


 街の中からお忍びの格好をしたエリザが現われた。


「これ、エリザがやったの?」

「ううん、あなたがやったのよ」

「僕が? 僕は何もしてないよ」

「今まであなたがやってきたことの結果よ、これは」

「どういうこと?」

「噂が流れたの、出所はカーライル公爵。アレクが新しい土地を開拓するためにしばらくここを離れる、って」

「父上……」


 私は苦笑いした。


「アレクがいよいよ自分の領地を持つ、これからが真の飛躍の時だ、とね」


 エリザはドヤ顔して、更に続ける。


「それを聞いて集まってきたのがこの十万人」


 やっぱり十万いるんだ。


「みんなアレクの民になりたいのよ。あなたについていけば、どんなところだろうと、次第に帝国最先端の栄えた土地になるという期待でね」

「なるほど」


 話は分かった。

 そういうことなら問題はない。


 開拓で徐々に民を集めるつもりだったけど、最初からいっぱいついてくる。

 むしろやりやすくなったといっていい。


 一回は腐らせたが、その後も集め続けた結果、糧食は山ほどあるのだ。

 問題はまったく無い。


「あれ? そういえば」

「なに?」

「口外するなというのは父上が言いふらすのを予見してのことだよね」

「ええそうよ」

「じゃあ徒歩でいけって言うのは?」


 エリザはにやりと笑った。

 かつてないくらい、得意げな顔をして。


「ここからアヴァロンまではいくつもの街を抜けていくの。たくさんの民の目に触れる。アレクサンダー・カーライルが、自分を慕う民10万人を引き連れての民族大移動。歴史に間違いなくのこるエピソードになるわよ」

「……なるほど」


     ☆


 こうして、私は二台の馬車と、十万人規模の民を引き連れて出発した。


 ほとんどエリザのもくろみ通りだったが、一つ彼女に誤算があった。

 それはアヴァロンにつくまでに、噂を聞いて各地の民が次々と合流して。


 最終的には二倍近くの数になった、と言うこと。


 そして歴史は勝者が作るもの。


 後世には、私が100万人の民をつれてものすごい大移動した、と書かれてしまうのだった。

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