05.善人、歴史に名を刻む
夜のモレク、町一番高い五階建ての建物の上から、夜の街を見下ろしていた。
まるで塔のてっぺんで酒宴を開いている様な部屋から見下ろす街の至る所に灯りがついている。
ハウの発明に、私のムーンフラワーをセットでつけた街灯だ。
それが街を明るくして、人も増やした。
夜の街は昼間よりも賑やかさを増していて、不夜城・モレクの賑わいを見ようと、世界各地から観光客が集まってきている。
「まるで祭りだ」
私と一緒にいる父上が眼下の光景を眺めながら感想をつぶやいた。
そう、祭り。父上の感想通り、まるで一年に一度の大きな祭りのような賑わいで。
祭りと違うのは、これが毎日やってる事。
もはやモレクには日常の光景になっていることだ。
「さすがアレク、街そのものを一手で作り替えた。いや、違うな」
「ちがう?」
「世界が変わったのだ」
父上は力強く、迷いなど微塵もない口ぶりで言い切った。
「歴史を塗り替えたとも言える。まあ、アレクにはどうと言うことのないことだが」
「ほめすぎです、父上」
「そんな事はないぞ。後世が歴史を振り返った時、間違いなくこの瞬間が歴史の分岐点だったという――いや待て」
途中まで行って、父上は手をかざした。
ジェスチャーだけを見れば私を止める感じのジェスチャーだが、実際は父上が喋ったのを一方的に止めている。
手をかざしつつ、もう片方の手であごをつまみながら、考え込む父上。
何をそんなに考える? と思っていたら、
「この程度の事、これからもアレクがし続けていくだろうな。ならば歴史の分水嶺とはならないのか? アレクの誕生そのものが既に歴史を変えているとまとめるほかないな」
父上はいつもの父上だった。
「アレク、罪作りな男だ」
「はい?」
「あまり歴史家どもをいじめてやるな」
「ですから持ち上げすぎです父上」
父上のそれに微苦笑したが、いつもの事だったので軽く流しておいた。
しばらくの間、父上と二人で街並みを眺めていると、私のメイドが一人やってきた。
「ご主人様、大旦那様」
「どうしたの?」
「皇帝陛下からご主人様に」
メイドはそう言って、皇帝の封がしてある封書を私に差し出した。
エリザがこんなことするなんて珍しいな、と思いつつ封書の中身を取り出して読んでみた。
「なんと?」
「明日モレクの街に来るみたい。僕に案内しろだって」
「陛下が来るのか」
私は頷く。
言葉に無駄がない父上、ほんの一瞬で全てを理解した。
お忍びのエリザでもなく、メイドエリザでもない。
わざわざこうして連絡をしてきて、案内しろって事は。
皇帝、エリザベート・シー・フォーサイズとして来るって事だ。
☆
次の日の夜、モレクの街の入り口
背後には昼間と見まがう明るさのモレクの街と、住民に観光客、大勢の野次馬が集まってる。
前方から皇帝親衛軍に守られた神輿、それに乗っている皇帝が向かってくる。
荘厳かつ雄大。
皇帝の一軍は街の真ん前まで来たところで前進を止めた。
私は前に進み出る、神輿の前に出て、礼法に則って片膝礼をとった。
「お待ちしておりました、陛下」
「面を上げよアレクサンダー卿。下々の者とちがい、卿が余に頭を垂れる必要はない」
「ありがたき幸せ」
ここまでは定例行事。
私が礼法通りの行動をして、エリザがそうする必要はないといい、私がありがたき幸せとかえす。
相手が皇帝モードなら、この手続きを踏むのは必要な事だ。
そうしている内に、エリザは神輿から降りた。
皇帝服を纏い、自分の両足で歩いて、私の前にやってくる。
「案内するがいいアレクサンダー卿、そなたの光を見せてくれ」
背後の野次馬がざわついた。
そなたの光、その言い回しに人々はどよめき、微かな歓声を漏らす。
私は料理店の店員の如く、エリザを先導して街に入った。
野次馬の人垣が割れる、その中をエリザとともに進んで行く。
エリザは皇帝の威厳を十二分に保ったまま、不夜城・モレクを眺めながら進む。
普通に歩くよりも遅かった。
威厳を保つためか、それともじっくり観察しているからか。
あるいは民衆に皇帝の姿を見せるためか。
エリザは、普段の半分くらいの速度で歩いた。
やがて、大通りを100メートルくらい進んだところで、エリザは足を止めた。
「さすがだな、アレクサンダー卿。ここはもはや新世界、地上の理想郷」
微かな歓声が大きくなった。
興奮、も混じっていた。
民衆からすれば天上の住人に他ならない皇帝が、自分達の住む街をほめている。
興奮するのは当然だ。
「卿の力なのだな」
エリザは街灯の一本に近づき、柱の部分にそっと触れ、灯りの部分を見あげた。
「ありがたき幸せ」
「時に、これの名前はもうつけたか?」
「名前、ですか?」
エリザの質問に虚を突かれた思いだ。
街灯は街灯、名前をつけるなんて発想はなかった。
私は素直に答えた。
「いいえ、まだでございます」
「なるほど、では余が名を授けてやろう」
興奮と歓声がまた少し大きくなった。
私が今までやってきたのと同じように、名前をつける、という行為そのものに意味がある。
物理的に力をもたなくとも、権威を加えるという事もある、箔がつくことが十二分にある。
皇帝による名付けとはそういうものだ。
「陛下の御心に感謝いたします」
「国父灯、いや硬いな。アレクサンダー……長い」
ぶつぶつと何かをつぶやいたあと、エリザは私の顔を真っ直ぐ見て、半ば宣言するようにいい放つ。
「アレクの光、ではどうだ?」
「陛下、それは……」
眉をひそめた。
それは恥ずかしい。
「そなたが発売した物と聞く」
「いえ、それはぼくが頼んだ人が――」
「カルス帝の事を知っているか?」
私の言葉を遮ってきたエリザ。
カルス帝って……たしか。
「帝国中興の祖と呼ばれたカルス三世陛下の事でしょうか」
「うむ。カルス帝は一度半分以下にしぼんだ帝国を版図を戻しただけではなく、全盛期以上に広げた――というのは、卿に講釈をたれるまでもないな」
エリザのいうとおりだ。
この程度の話は常識だ。賢者の剣に聞かなくても、常識で頭に入っているレベルの話。
そんな常識をなぜ今エリザが……?
「そのカルス帝だが、生涯一度も戦場に出たことはない。剣を振るって兵の一人を殺したこともない」
「はい……」
それもまた有名な話だ。
「卿の理屈を当てはめれば、カルス帝の功績はカルス帝のものではないということになるな」
「あっ……」
そういう話か。
「この灯り、そなたが命じて作らせた。そなたが方向性を示した、それは間違いないな」
「はい」
「であればこれはそなたの偉業だ。歴史はそうする」
「……」
「アレクサンダー卿」
エリザは私を見た。
いつになく真面目で、強い目で。
「歴史にそなたの名を刻みこめ、余はそれが見たい」
「……分かりました」
エリザのいうことも一理ある。
私はエリザの言葉を受け入れ、これを「アレクの光」と言う名前にすることを受け入れた。
すると、途端に。
――わあああああああ!!!
モレクの街に大歓声が起きた。
「見よ、民もそれを望んでいた。そなたの名を歴史に残すことをな」
エリザは、微妙にドヤ顔で歓声の説明をした。