04.善人、不夜城を作る
父上の執務室の中、珍しく真面目な顔の父上。
「モレクの街の犯罪率が上がっているそうだ」
「この屋敷から一番近い街だね」
頷く父上。
「アレクを慕って多くの民が移住してきた。が全員が良民という訳ではなさそうだ。中には最初っから悪事を働こうという輩もいる」
「それはそうですね」
「それが多かった。アレクのおかげで街は栄えているのだから、うまいんだろうな」
なるほど。
それはちょっとゆゆしき事態だな。
犯罪率が上がるのは見過ごせない。
「分かりました父上、なんとかしてみます」
「うむ、頼むぞアレク」
父上に「任せて」とだけ言って、執務室から退出した。
まずは実体を把握、一度モレクの街まで出てみるか。
そう思い、廊下を抜けて屋敷の外に出た。
屋敷から出ると、
「あ、あれってもしかして!?」
「本物かしら、ねえどうなの?」
「わ、私遠目でしか見たことないですよ」
普段聞き慣れないタイプの女の子の声が聞こえてきた。
不思議がって声の方を向くと、庭にテーブルを出して、お茶会らしきことをしている女の子達の姿が見えた。
その中にアンジェの姿があって、女の子達はみなアンジェと同い年くらいの少女達だ。
アンジェがいるので、私は女の子達の所に向かって行った。
「やあアンジェ、お友達とお茶会?」
「はい! アレク様」
アンジェが答えると、女の子達から黄色い悲鳴が上がった。
アンジェの返事にある「アレク様」、つまり私の名前を聞いた直後の反応。
まるでアイドルと実際にあってしまった年頃の少女のような反応だ。
その反応も含めて、女の子達の集まりがどういう物なのか気になった。
「どういうお友達なの?」
「えっ? えっと……あの……」
「うん?」
「その……」
珍しく言いよどむアンジェ。
一緒に暮らし始めて十年近く経つけど、彼女が私にこうして何かを言いよどむのはすごく珍しい。
いや、はじめてなんじゃないだろうか。
アンジェが答えにくいっていうのなら別に無理強いする事もない。
彼女なら変な事はしないだろうからね。
そう思って、話を切り上げようとしたら。
「あのっ! アンジェリカ様を責めてないで下さい!」
アンジェの向かいに座る一人の少女が必死に弁明を始めた。
「アンジェリカ様は私達のお願いを聞いてくれただけなんです!」
「どういう事なのかな」
「私達、みんなアレクサンダー様に憧れてるんです!」
お、おう?
弁明する女の子の勢いと、他の子が向けてくる同じような強い眼差しにちょっと気圧された。
「アレクサンダー様に憧れてるけどお会いしたことがない子とか、助けられた時遠目でしか見てない子とか。アンジェリカ様はそんな私達をここに招いてくれたんです」
「そうなのかいアンジェ」
「えっと……はい。実は……」
アンジェは頬を桜色に染めて、微かにうつむき、上目使いで私を見る。
「みんなから、アレク様の素敵な所を聞きたかったんです。噂とか、実際に見たのとか。いろんなアレク様の素敵な所を聞きたくて」
「……なるほど」
なんだろう、このこそばゆいのは。
悪い気はしない。
「それで、いろんな人をお屋敷に招いて、お話を」
「ってことは今日がはじめてじゃないんだね」
「はい!」
なるほどな。
まあ私はしょっちゅう外を飛び回ってるから、知らないのも無理はないか。
「あの、アレク様」
「うん?」
「私、いろんな人から話を聞いて、一つ気づいた事があります」
「なにかな」
「アレク様を好きな人って、みんないい人です」
「いい人?」
「はい! その……アレク様お耳を」
アンジェはそう言って、他の女の子に聞かれないように、私に耳打ちした。
「いろんな言い方ありますけど、悪い事をするとアレク様に顔向け出来ない、ってみんな言ってます。アレク様は光だから、悪い事をしちゃうと、好きな気持ちまでもいたたまれなくなっちゃうんです」
「なるほど」
私も耳打ちする位の小声で返事をした。
若い――というより幼い子にはそういう事がよくある。
というより、そうしつける親は意外と多い。
悪いことをすると嫌われるよ。
というのは、結構な割合で幼少期に親に言われる言葉だ。
その相手が私じゃなくて、光とかじゃなくてもそうなる――。
「……」
「アレク様? どうかしたんですか?」
「光……ねえアンジェ」
「はい」
「アンジェは、泥棒は昼と夜、どっちが多いと思う?」
「夜……だと思います。夜の方が人に見られないから」
「だよね」
アンジェにもらったヒント、私はそれを更に賢者の剣に聞いた。
この世に存在するあらゆる知識を持っている、数千万ページもある辞書の様な、賢者の剣。
その賢者の剣に聞いた。
全犯罪の6~7割は夜に、物によっては9割以上が夜に行われているというはっきりとした数字が返ってきた。
昼と夜の違い、それは明るさ――つまり光。
ならば、犯罪を抑えるためには光を増やせばいい。
光、か。
☆
数日後、モレクの街。
路上のあっちこっちで取り付けていた物が、夕方になってようやく一通り設置が完了した。
「やれやれ、人使いの荒い人だなあんたは」
夕焼けの中、私の隣であきれ顔をしているのはハウ。
研究のパトロンになっている、ハウ・ロビンソンだ。
彼がここにいるのは、発明を依頼したからである。
その発明が、今モレクの街のいたる所に取り付けられている。
「それをすぐに作れるハウもすごいよ」
「前から発想はあったさ、ムーンフラワーの様な存在がなくて実現不可能と投げてたんだ」
「だからすぐに作れたんだね」
「そういうことだ」
頷くハウ。
彼と話している間も、日が少しずつ西に沈んでいく。
それに伴い、街の人々がそわそわしだした。
そして、日が完全に沈む。
明るい昼間が終わり、闇が支配する夜がやってくる。
直後、灯りがともった。
一つや二つではない、街のいたる所から灯りがともりだした。
私が設置させた物、それは街灯だ。
柱のように平屋の天井よりもちょっとだけ高い所に、ハウの発明した魔力の灯りを取り付けている。動力となる魔力は、その上につけたムーンフラワーでまかなう仕組み。
夜になると、ムーンフラワーが自動的に魔力の雫を作り出し、それで魔力の灯りがともると言う仕組みだ。
「おおおおお!?」
「明るい、明るいぞ!」
「まるで昼間のようだ!」
街の至る所から歓声が上がった。
あっちこっちに設置した街灯は、皆の感想通り昼間に匹敵する位の灯りを作り出した。
モレクの街全体が、まるで昼間に戻ったかのようだ。
この日を境に、高かったモレクの犯罪率が目にみえて下がっていった。