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02.善人、技術革新をはじめる

 私は書斎で考えごとをしていた。


「あの、国父様。何かお悩みですか?」

「うん?」


 顔を上げると、隅っこの机から、祐筆のマリが心配げに私を見ていた。

 頼んだ書き物はもう終わっていて、丁寧に封筒に入れられて封がされている。


「悩みごとじゃなくて、考えごとだね」

「考えごと?」

「マリは聞いてる? 僕がお金を出して、命のストックの研究をしてもらってるって」

「はい! メイドの皆さんから聞いてます」


 私はにこりと笑った。

 噂話を禁じている貴族の家もあるが、私はそうしていない。

 広まって困ることはしてないからだ。


「それはいいヒントになったんだ。僕は色々知識や技術を持っている。それらを更にその先に進めた方がいいって思ってね」

「はあ……」


 生返事をして、よく分からないって顔をするマリ。

 文字が専門の彼女には難しい話だったか。


 賢者の剣のおかげで、私はこの世のあらゆる知識を手に入れた。

 その実態は超巨大な辞書なのだが、賢者の剣を持っている限り知識は私の手の中にあると言っていい。


 その賢者の剣の知識は、一言で言えば「現在存在しているもの、過去存在していたもの」というものだ。


 未来にあるもの、は賢者の剣の中にない。


 最先端の知識や技術を持っているが、それはいわば「死んだ」知識。


 クラウドの一件で、その知識を先に延ばそうと考え始めた。


「……うん、とにかくやってみよう」


 と、決断した私。

 まずはきっかけになったクラウドも言ってた、「魔力」からやってみるか。


     ☆


 森の中にひっそりと隠れるように建っている家。

 噂を聞いて、私はここに一人で訪ねて来た。


 家に近づき、ドアをノックする。


「ごめんください」


 シーン。

 何も返事はなかった。


「ごめんください」


 もう一度ノックをして、呼びかけるが、やっぱりシーンと静まりかえって返事はない。

 念の為に気配を探る……いる。


 中に男が一人いる。

 動いてはいないが、息づかいは規則正しい。


 寝ている、のかな?


 起こすかどうかと悩んでると、気配が揺れたと感じたので、もう一度呼びかけることにした。


「ごめんください、ハウ・ロビンソンさん。いらっしゃいますか?」

「……ったく、うっせえなあ」


 家の中からイライラした声が返ってきた。

 少し待つと、ドアが開いて一人の男が姿を見せた。


 歳は30代、ボサボサの頭と無精髭でもう少し上に見えるかもしれない。


 寝起きなのかそれとも普段からこうなのか、いかにもやる気の無い顔つきをしている。


「なんだお前。ここは子供がくるところじゃねえぞ」

「ハウ・ロビンソンさんですね。僕の名はアレクサンダー・カーライル」

「アレクサンダーでもブラックサンダーでもどうでもいい、ガキは帰れ」


 ハウは苛立たしげに言った。

 私の事を完全に知らないようだ。


 それはそれでいい、別に構わない。

 今から頼むことに、私を知っているかとは関係ないからだ。


「今日はハウさんにお願いがあって来たんです」

「食いもんはねえぞ」

「違います。ハウさんが継続使用の魔導具を研究してると聞いてやってきました」

「……小僧、お前なにもんだ?」


 ハウの顔つきが変わった。

 明らかに警戒してるって顔つきになった。


「アレクサンダー・カーライル。貴族だよ」

「その貴族様がなんでそんな事を聞く」

「研究を、すすめて欲しいと思ってね」

「……」


 ハウはしばし無言で、値踏みするように私を見つめた。


     ☆


 ハウに通されて、家の中入れてもらった。

 玄関を通って、入ったリビングは明るかった。

 天井に何かがぶら下がってて、それがひかりを放っている。


「あれがハウさんが研究してるものなんだね」

「ああそうだ、試作一号機だがな」

「一度きりの魔導具じゃなくて、恒常的に存在して、魔力を補充してやると何度も繰り返し使える魔導具。それを日常生活に使える様にって研究をしてるんだよね」

「よく調べたな小僧。だが情報が遅い。それはもうやめてる」

「やめてる? どうして?」

「武器を作れって言われ続けてきたからな」


 ハウは冷笑した。


「魔導具を使い捨てじゃなくて、器にして魔力さえあれば効果を出し続けるようにするのは簡単だったさ。これみたいにな。魔力ランタンとでもよべばいいのか? こいつに魔力を補給し続けてやればずっと光ってくれる」

「うん」

「つくっちゃないが、氷の魔法をゆるくして、部屋の中を冷やす装置も考えてる。夏は快適だぜ?」

「氷を自動で作ってくれる装置も作れそうだね」

「ふっ、発想がさすが貴族だな。そうだ、それが出来りゃバカみたいに高い氷も安くてに入る」

「なんで研究をやめたの?」

「言ったろ、武器を作れって言われたんだ」


 ハウはますます冷笑した。


「ものは簡単に作れる、問題は魔力だ。魔力はどこから持ってくる? 人間か、まあモンスターだ」

「……そうだね」


 今の(、、)技術じゃそうなる。


「魔力をもってる魔道士様たちはよ、口を揃えて『そんなものよりも武器を作ってくれ』っていうんだよ。そりゃ魔道士様達からすりゃ自分達がやってる事と同じものを作った方が楽できるしな」


 ハウの言葉はとげとげしかった。

 よっぽど腹に据えかねてるんだな。


「って事だ。研究とかもうやめてるから」

「もし」

「ああん?」

「魔力供給の事さえ解決出来れば研究を再開してくれる?」

「小僧が魔力をくれるってのか?」


 ハウは鼻で笑った。


「ある意味そう」

「……いい加減怒るぞ」

「ちょっとついてきてよ」

「はあ? なにを――うわ!」


 いぶかしむハウの手を取って、瞬間移動魔法で飛んだ。


 森の奥の家から、一瞬で広がる田んぼにやってきた。


「こ、ここは?」

「カーライル領内のとある農村」

「こんな所に連れてきてどうしようってんだ?」

「これ」


 私は下を指さした。


 私とハウの前にある、一区画だけ、他とは違う作物を育てている畑だ。


 畑は花が育っている、その花からポタッ、ポタッと蜜が滴っている。


「分からない?」

「なにが……ってちょっとまて、これ、魔力か?」

「うん」

「馬鹿な!」


 ハウはパッと四つん這いになった。

 地面に這いつくばって、滴ってる蜜をじっと観察する。


「本当に魔力だ……なんだこれは」

「ソーラーフラワー。一度は絶滅した古代種。太陽の光を浴びてる間、魔力を凝縮した蜜を垂らすのが特徴」

「…………」


 ポカーン、となってしまうハウ。


「これで魔力畑を作れば、今世の中にある食糧と同じように、安定して魔力が供給されるようになる」


 それで一旦言葉を切って、ハウを見つめる。


「研究、再開してくれる?」

「……」


 驚きのあまり目を見開いたハウだが、次第に表情が変わっていった。

 立ち上がって、口角を器用に持ち上げて、不敵な笑みを浮かべる。


「ああ、やるぜ」


 その分野の第一人者が、再びやる気を出してくれたのだった。

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