12.善人、求められる
「わっ、こ、ここは……」
「すごい屋敷……」
瞬間移動の魔法で屋敷まで飛んで戻ってきた。
いきなり景色が変わったことで、リリーとマリの姉妹が驚き戸惑っていた。
「アグネス」
続いて、影の中からメイドを召喚。
アグネス・メンバー。
メンバー子爵の娘で、一時期ドカンと増えた令嬢メイドのうちの一人。
性格は明るくて前向き、それでいて素直。
信頼がおけるから、出かける時も影の中にいてもらって、何かある時に何かしてもらう事が多い。
ちなみにもっとも信頼してるアメリアは、メイド長って事もあって、屋敷においてくる事が結構多い。
その、アグネスを呼び出した。
「お呼びですか、ご主人様」
「この二人に空いてる部屋を――二人は相部屋がいいか? それとも別々がいいか?」
私が決めてしまうのも何なので、本人達の意見を聞いてみた。
「い、一緒で大丈夫です」
マリがいい、リリーがコクコクと頷いた。
二人とも公爵家(の格式にそった)屋敷に圧倒されているようすだ。
「分かった。じゃあアグネス、マリを連れて部屋を案内して。リリーは残って」
「分かりました」
マリはアグネスに連れて行かれて、リリーが残った。
残った彼女は不思議そうに俺を見あげてくる。
「キミにはまず紹介したい人がいるんだ。さっき言った仕事してもらう関係でね」
「――はい!」
恩返しをしたいといったのは嘘でもその場凌ぎの言葉でもなく、本気でそう思ってるのが分かる。
さて、そんなリリーにミアを――。
「呼んでこよう」
エリザが口を開く。
もう屋敷に戻ってきたのだが、男装中のエリザは男言葉のまま。
メイドの時もそうだけど、格好を変えた時の設定をとことんつらぬくな。
「わかった、お願い」
「二人は書斎で待っててくれ」
「書斎? どうして?」
「いいから」
エリザはそう言って、スタスタと屋敷の中に入っていった。
よくは分からないが、エリザがそう言うのだから何か思うところがあるんだろう。
「それじゃ中に入ろう」
「はい!」
恐縮してる反動で返事の声が大きくなのはご愛敬。
そんな彼女を連れて、屋敷の中に入った。
屋敷の中に入るなり、アンジェと遭遇した。
「あっ、お帰りなさいアレク様!」
人なつっこい子犬のように、アンジェはバタバタと駆け寄ってきた。
そんなアンジェの姿を見て、思わず顔がほころぶのが分かる。
「ただいま。アンジェ」
「こちらの方は?」
「うん、今日から屋敷に住むことになった。リリーっていうんだ」
「そうなんですね。初めまして、アンジェリカ・シルヴァって言います」
「えっと、リリー――うっ!」
アンジェに名乗り返そうとした瞬間、リリーがまた顔を押さえてうずくまった。
発作の間隔が意外と短い。
そんな、状況を理解している私は腹を立てつつも落ち着いていたが、アンジェは違った。
「大丈夫ですか!」
事情を知らないアンジェはうずくまるリリーに手を伸ばし、抱き起こそうとした。
ぽたり。
リリーの顔から汁がアンジェの手にしたたり落ちた。
「は、離れて下さい!」
「じっとしてて下さい」
トラウマが軽く出たリリーはアンジェを押しのけようとしたが、アンジェは静かに、しかし有無を言わさない口調でぴしゃりと遮った。
リリーの顔、溶け落ちた顔を見ても動じることなく、アンジェは手でそっと触れた。
その手が光り出す。
やさしく温かい、治癒魔法の光だ。
「効かない……アレク様!」
「大丈夫だよ」
「え?」
戸惑うアンジェ。
そうしてる間に回復が発動した。
今度は私がリリーにつけたヤツだ。
それが効いて、リリーの顔は元に戻った。
「ね」
「本当です……アレク様がもう治してたんですね」
「うん。あっ、これからも同じことが起こるから、それを見ても心配しなくていいからね」
「わかりました」
治癒魔法を使った時にも真剣な表情がなりをひそめいつものアンジェのやさしく明るい表情に戻った。
「あの……こちらの方は?」
一方で、アンジェとの間の空気で何かを感じたのか、メイドのアグネスが出てきた時は何も聞かなかったリリーがおそるおそる聞いてきた。
「僕の許嫁のアンジェ。まだ結婚式は挙げてないけど、事実上の正室だよ」
「お、奥様でしたか! あああっ!」
驚き、その後悲鳴をあげながら、アンジェの手についた物を拭おうとする。
「すみません! こんな物で奥様の手をよごしてしまいました!」
「大丈夫。それよりも顔が大変だと思いますけど、アレク様は意味もなくその状態にするって事はないですから、アレク様を信じてて下さいね」
「は、はい」
だいぶ年下のアンジェに恐縮するリリーの姿はみてて面白いが、それよりもアンジェの言葉が気になった。
「よく分かったねアンジェ、僕があえてその状態にしてるって」
「はい! だってアレク様ですもん」
「うん?」
「アレク様が本気を出せばなんでも出来ちゃいます。ケガ? 病気? を一気に治さないのはきっと何かお深い考えがあるからだと思います」
「そっか。ありがとうアンジェ」
手を伸ばして、アンジェの頭を撫でる。
アンジェは嬉しそうに目を細める。
深い理解と100%の信頼。
アンジェが向けてくるそれが心にしみるほど嬉しかった。
☆
カラミティの所に行くというアンジェとひとまず別れ、リリーを連れて屋敷に入った。
「おっ、義弟じゃねえか」
「来てたんだホーセン」
「ああ。おっ? やたらとべっぴんなの連れてるじゃねえか」
廊下で遭遇してホーセンは変わらず豪快だ。
ジロジロ見られたリリーはまた怯えるかと思いきや。
「……」
そんな事はなく、平然と、そして毅然とホーセンを見つめ返していた。
「ほう、べっぴんだけじゃなくて気も強い。いい女じゃねえか」
「うん、僕もそう思う」
「義弟はそれでいいぞ、もっと綺麗な女を侍らせ。今の義弟に足りねえのはメスのニオイだけだ」
ホーセンらしい露骨な物のいいようだ。
僕はホーセンとも付き合いが長いのですっかり慣れてるけど――
「……」
ちらっと見た、リリーが不機嫌そうな顔をしていた。
怯えたり気後れしたりするのがない分、彼女は豪傑タイプのホーセンの無遠慮な言葉により反応していた。
「そういうものなのかな」
「今の義弟はこんなもんさ」
ホーセンはいきなり双剣を抜いて、壁に何かを書いた。
まずは正五角形、その五角形に重ねるようにいびつな五角形。
何かを評価する時に書く五角形のグラフだ。
そのグラフの内訳といえば、四つまで限界を遥かに超えてて、一つだほぼゼロという奇妙な形だ。
「今の義弟はこれだ。力、魔力――面倒くせえ。全能力が人間を超越してる」
ものすごいほめようだ。
「だがここ、ここだけが足りねえ」
ホーセンは自分が書いたグラフの、能力が低い部分をトントンと叩いた。
「女をもっと侍らせば義弟は完璧、そして無敵だ」
「そういうものなんだね」
「おう、俺を見ろ」
ホーセン威張りながら言った。
うん、豪傑タイプのホーセンに言われると何となく説得力があるような気がする。
今日、娼館に行ったはいいが買わなかったことは伏せとこう。
さすがにホーセンに呆れられる気がする。
ホーセンは言うだけ言って、ガハハと豪快に笑いながら立ち去った。
まったく、彼らしい。
そして。
「あの……」
「うん?」
「ご恩返しさせてください、なんでもします」
リリーもまた、リリーらしかった。