11.善人、泣くほど喜ばれる
「……アレスさん」
自分の顔をベタベタ触った後、リリーは居住まいを正して、真顔で私を見た。
さっきもだいぶ真剣だったけど、それよりも更に真剣な顔つき。
こっちがつられて、ちゃんと応えなくちゃいけないという気分にさせられるほどの真剣さ。
「どうか、私にご恩を返させてください。なんでもします」
「その話だね」
エリザが茶々を入れたり、リリー自身の発作で話が先延ばしにされてたけど、まったく解決してなかった話だ。
「私も、恩返しさせてください」
妹のマリも姉の横に並んで、私に懇願してきた。
少し考える。
ここまで本気なのは断れない。
断ったら彼女達に失意がつきまとう。
ならば好きな様にやらせるしかない。
「分かった」
「――ッ! 本当ですか!」
「ありがとうございます!」
「とりあえずマリ、キミは僕の祐筆になって」
「ゆうひつ?」
小首を傾げるマリ。
この世のあらゆる文字を知っているが、言葉はまだ覚えてない彼女。
難しい言葉だったか。
「祐筆ってのは貴族とか、武将とかに仕えて代わりに文章を書く人のことだ」
エリザが説明をした。
「特に武将なんかには必須だぞ。字をかけてもクソみたいな字の武将が大半だからな」
「そういうこと。キミはあらゆる文字を書けるようになってるはず。その力を僕に貸して」
「――はい!」
マリはものすごく喜んだ。
元々文字が読みたいって女の子だ。
恩返しが祐筆になって働くというのは天職に思えるのだろう。
「私は、何をすればいいのでしょうか」
リリーが真顔で聞いてきた。
「キミはまた後で。まずは引き合わせたい人がいる。引き合わせてから、説明を一緒にする」
「分かりました」
「誰に引き合わせるんだ?」
エリザが不思議そうに聞いてきた。
「ミア」
「ミア……ああ、ミアベーラか」
「うん」
「なるほどな」
ニヤリ、と得心顔をする男装中のエリザ。
そんな表情もよく似合ってる。
表情といえば、リリーとマリの姉妹も、さっきとはうってかわっていい表情になった。
嬉しそうな、これ以上ないくらい嬉しそうな表情をする。
恩返しが出来るとなって嬉しがってるみたいだ。良かった。
「さて、うちに連れて帰る事になったけど、そうなった以上一つ言っておかなきゃならない事がある」
「なんでしょうか?」
「なんですか?」
「僕の本当の名前だよ」
「本当の名前?」
「マリはこういうの知らない? あそこに遊びにいく人が仮名をつかって正体を隠すの」
「あっ――はい! 聞いた事あります!」
ハッとするマリ。
知っているのなら話は早い。
「いろいろあってね、僕は偽名を使っていたんだ」
「アレスさん、じゃないって事ですね」
「うん」
二人に微笑みかけながら、名乗った。
「僕の名前はアレクサンダー・カーライル。アレクって気軽に呼んでいいよ」
「アレクサンダー……」
「……カーライル?」
見つめ合う姉妹。
徐々に表情が強ばっていく。
「まっ、まさかそれって!」
「あのカーライル様!?」
あっ、様付けになった。
「僕の事を知ってるのかい?」
聞き返した、が二人とも返事はしなかった。
呆然として、私を見つめて。
やがて、二人のまなじりから涙がこぼれた。
「ちょ、ちょっとどうしたの?」
「……」
「ひくっ、こんな、こんなことがあるなんて――ひくっ!」
リリーは呆然としたまま滝のような涙を流し、マリは声を上げて泣いた。
「えっと……どういう事なのかな」
「分からない?」
エリザの方を見る、彼女は何故か得意げな顔をしてる。
「わかるの?」
「うれし涙だろ、どう見ても」
「うれし涙……」
泣いてる二人を見る。
そう……なのか?
「これで恩人に恩返しが出来る、それだけでも嬉しいのに、その恩人があの副帝で国父のアレクサンダー様だった。そりゃ嬉しさも限界突破するってもんだ」
エリザに説明を受けて、「そうなのか」と思いつつ二人を見る。
リリーはまだ呆然としてるけど、マリは泣きじゃくりながらコクコクと米つきバッタのように頷いている。
なるほど、そうなのか。
そこまで喜んでもらえるのは悪い気はしないね。