04.善人、神よりも神にふさわしい
カーライル屋敷。
コントロール出来るようになった天使もどきを引き連れて、ここに戻ってきた。
道中かなり人の目を引いた。
そりゃそうだ、四枚羽根を背中に生やしてて、出来すぎてるけどその分彫像的な美しさの天使達をぞろぞろ引き連れていれば、注目を集めない方が無理という物。
ちなみに屋敷ではほとんど盛り上がらなかった。
「ほー、天使か」
「ってこたぁ、あの女神より格下だな」
「ぼうずよ、天使じゃなくてもっと神を降さんと伝記の編纂がつまらんぞ」
父上と愉快な仲間達は大して驚かなかった。
むしろ何か変な事を始めている事を知ってこっちが驚いたくらいだ。
とは言え彼らのそれはいつも通りなので、スルーしてやるべき事をやる。
天使もどきは庭に地蔵の如く立たせて、自分の書斎にはいった。
そして影からエリザと、担当天使の二人を呼び出す。
「お疲れ様、窮屈じゃなかった?」
「……」
「どうしたの?」
天使は顔を赤らめてぼうっとしていた。
私の影に住んでいるメイド達とまったく同じ反応だ。
「い、いいえ……」
天使はハッとして、もじもじした。これもいつも通りだから深く追求しなかった。
「さて、戻ってきたし、話を聞かせて頂戴」
エリザがしきりだした。
「……」
今度は違う意味で口を閉ざす天使。
口を貝のように閉ざして、うつむいてはチラチラと私を上目使いで見る。
「言いにくい事なの?」
「……」
頷く事も、首を振りもしなかった天使。
だが、事実上そうだと認めてる様なものだ。
「そっか、言いたくない事なら言わなくていいよ」
「いいのアレク、あなた死にかけたのよ」
「でも言いにくい事でしょ。だったら無理強いするのは良くないよ」
「そういう状況じゃないと思うのだけど」
「エリザの言いたい事は分かるよ。でも彼女をよく見て。エリザならこういう顔を知ってるでしょ」
メイドじゃない、お忍び皇帝のエリザ。
「……殺されるのね」
「!」
天使がビクッとした、表情に怯えが表れた。
「そういうこと」
「さすがエリザ、よく分かったね」
「分かってるくせに。国家機密を守るためにそういう脅しをすることもあるって」
「うん、そういうことだから無理強いして聞き出すのはよくないな」
「自分の命が掛かってるのよ」
「なんとかする」
にっこりと、エリザに微笑む。
エリザはまた何か言いたげだったが、やがてため息とともに言おうとした言葉を呑み込んだ。
「まったく、あなたって人は」
エリザは分かってくれた。
「…………」
天使はよりうつむいた。
何かを考えているのかな――と思ったらパッと顔を上げて。
「あの! 実は――」
「いけない!」
私は手を突き出した。
片方は賢者の剣に触れ、魔力を増幅。
そうして天使に魔法をかけた。
瞬間、天使が氷漬けになった。
まるで氷の棺、そんな風に天使を凍らせた。
「ふう」
「これは……永久凍結?」
「うん」
私は眉をひそめた。
眉間が強くよって、シワが名刺を挟めるくらい深くなった。
「彼女、死ぬ覚悟してた」
「そっちの顔は知らない。私が知ってるのは終わった後で私の前に出てきた、清々しい顔の方」
「そっか。うん、それをさせたくない。死を覚悟する程の真実なら、彼女の口からは聞きたくないな」
多分、聞いたら次のターゲットが彼女になってしまう。
「解決するまで氷漬けにしとくって事ね」
「そういうことだね」
「それはアレクらしいからいいんだけど、せめて次の神罰? とやらがいつ来るのかだけでも聞いておきたかったわ」
「それなら大丈夫」
私はエリザにわかる様に、あざとく賢者の剣に触れてみた。
「多分七日間隔だから」
「どうして?」
「創造神に関する数少ない知識を教えてもらったんだ。七日おきの雷を七回落として、合計49日の創世神話っていうのがあってね」
「なるほど、あれは七日に一回しか打てないって事ね」
「創造神の年齢を考えてたら水飲んで一息、くらいの長さかも知れないけどね」
若干おどけてみた。
エリザも笑顔になって、ちょっと気持ちに余裕が出てきたみたいだ。
「だから、七日の間に対策を考えておくよ」
「そうね、七日もあれば、アレクなら創造神くらい倒せるようになるわ」
「ううん」
私は首を振った。
エリザのとてつもない信頼、それに答えるのはやぶさかじゃないけど。
「防ぐだけでいいんだ」
「防ぐ?」
笑顔から一変、エリザはさっきの私みたいな、眉間にものすごく深い縦皺を刻んだ。
「倒さないの?」
「うん。なんで創造神がそこまでして僕をリセットさせたいのか分からないけど、僕は創造神を倒したいとは思ってないよ」
「なんで?」
「僕は今の世界が好きだから」
エリザの眉間の皺がますます深くなった。
「皆の手助けをする。いい事をして、次の人生がいい人生になる様に手助け出来る。僕は今のこういう世界が好きなんだ。創造神を倒したらそれが崩れちゃうかも知れない。それはいやだな」
「……あなた」
「うん?」
「いいえ」
エリザの眉間の皺が消えた。
同時に上がっていた肩からフッ、と力が抜けた。
「あなたらしいわ、って思っただけ」
「そっか」
「一応聞くけど、次は防げそう?」
「うん。皆がまた僕のために命を投げ出すのはいやだから、今度はもっとスマートに防げるようになるよ」
「そう、なら問題ないわ」
どうやら、エリザは分かってくれたみたいだ。
次の神罰が来るまで防げるようにしないとね。
☆
書斎を辞して、廊下で一人になったエリザ。
帝都に戻るため、屋敷を出るため廊下を歩き出す。
彼女の表情は複雑だった。
呆れが入ってるし、愛しいものを見守るような目でもあった。
「創造神がなんでリセットさせたいのか分からない、か。アレクはいい人過ぎるから分からないのよ」
エリザはその事がよく分かる。
同時に思った、創造神とはなんと俗物なんだろうか、と。
皇帝の悩みとほぼ変わらないのだ。
皇帝エリザベートは既に、アレクサンダー・カーライルに与えられる褒美がなくなった。
副帝に任じ、国父に任じ。
それでもアレクは国に益する事を色々した。
もはや与えられる褒美は残ってないと言っていい。
普通に考えれば、その上にはもう「皇帝」しか残ってない。
それと同じなのだ、創造神の考えは。
そうなる前にアレクを消そうとした。
なんたる俗物か。
と、エリザは思いつつ。
「あなたの方がよっぽど神にふさわしいわ」
そう独りごちて、静かに屋敷から立ち去った。