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02.善人、全員を守る決意をする

「はあ……はあ……」

「大丈夫!?」


 賢者の剣を杖のように突いて、今にも倒れそうな私を案じる天使。

 こんなに消耗したのも、こんなに傷を負ったのも生まれて初めてだ。


「大丈夫、だよ。それよりも……」


 周りを見た。

 エリザ、そしてメイド達がバタバタ倒れていた。


 全員が地面に倒れてて、意識がない。


 一番近くにいる、直前までそばにいたエリザの元でしゃがんだ。


「くっ……」


 しゃがもうとしたら、そのまま膝から崩れ落ちてしまった。


「もう動かないで下さい! 創造神様の神罰なんです、生きてるだけでもう奇跡なんです!」

「そうは……いかない……」


 震える手を伸ばしてエリザに触れる。

 息が細い、衰弱している。


 顔を上げて、他のメイドを見る。

 全員が似たような状況だ。


 神罰とやらを弾いたはいいが、その余波が彼女達に行ったみたいだ。

 助けなきゃ。


「――えっ」


 手をかざして治癒魔法を使う――が発動しない。


「魔力がゼロだ……」


 神罰を弾くために、限界まで魔力を絞り出した結果、初歩的な治癒魔法すら使えない程消耗していた。


「休んで下さい。魔力が本当にきれると精神――魂が!」


 天使が叫ぶ。

 魔力が底をついているのに無理矢理魔法を使おうとすると、魔力の代わりに魂を消耗する事がある。


 そうして魔法を使う事ができるが、魂というのは消耗しても回復するものじゃない。

 使い切ったらそれっきり、転生すら出来ずに完全に消滅する、と以前賢者の剣から聞いた。


 それはダメだった。

 周りを見た、メイド達の数が多すぎる。

 魂を限界まですり減らしても足りない。

 もっと他の方法を考えなきゃ。


 とにかく魔力、少しでも魔力があればーー


「あっ」


 ある魔法を思い出した。

 突き立てた賢者の剣を抜いて、手のひらを切る。


 手のひらを横断するほどの長い傷から鮮血がどくどくとあふれ出した。


「何をしてるんですか!」


 説明してる暇はなかった、出血で更にくらっときた。

 倒れそうなのをぐっと堪えて、魔法を使う。


 鮮血を媒体にして、体力を削って魔力を回復する魔法。

 この世で唯一、魔力を消費しない魔法。


 およそ丼一杯分の鮮血で、治癒魔法一回分の魔力が回復した。


 まずは(、、、)エリザ。

 手をかざして、治癒魔法を唱える。

 エリザはみるみるうちに回復していき、顔色が良くなった。


 そして、私の体がぼうっと光った。


「えっ……」

「よし」


 回復したエリザを影の中にしまって、近くに倒れている別のメイドに近づく。


 メンバー子爵の娘、令嬢メイドの一人、アグネス・メンバー。


 彼女にも治癒魔法をかけた。


 ロータスの能力、私が魔法を使った際に、全魔力の一割を回復する。

 呼び水の魔力回復、それで治癒魔法を使ったおかげで、全魔力の一割が回復した。


 こうなれば魔力()もう足りる。

 私は次々と倒れているメイド達に治癒魔法をかけては、自分の影の中に隠した。


「限界を超えてるのに……すごい……」


 幸い皆たいしたケガではなかった。


 直撃は私が受けたから、皆はその余波、とばっちりだけだ。

 治癒魔法をかけて一晩も休めば元に戻る。


 それは間違いない。

 だけど、そうとは分かっていても。


 私は一刻でも早く、とメイド達を次々と助けた。


 魔力が底をついたのと同じように、体力も実は限界を超えていた。

 それなのにメイド達の治療を優先し続けた結果。


「ちょっと! 大丈夫ですか!? あああ!」


 最後の一人のメイドを影に戻した後、天使の悲鳴がこだまする中、意識を手放したのだった。


     ☆


「次、二人で足止め」

「私が行きます」

「いいえ私が」

「今こそご恩を返す時ですわ」


 奇妙な震動が体を揺らし、女達の声が耳に入ってくる。


「少しでも遠くへ逃がすの。まずは二人、あなたはその次」

「分かりましたわ」

「先に残った二人が倒れたら行って」

「「はい!!」」


 すごい意気込みだった。

 その意気込みに当てられて、ぼんやりしている頭が徐々にはっきりしてくる。


 目を開ける、空が見えた。寝かされているようだ。


 がらがらがらと車輪の音が聞こえて、仰向けの体が揺れる。


 よく見れば台車だけになっている馬車に寝かされている。


「何が……起きてるの」

「アレク!」

「「「ご主人様!」」」


 エリザの声と、メイドたちの声が聞こえた。

 周りを見る。


 私と一緒にエリザ、そして縛られている天使が台車に乗っていて、影の中に避難させたはずのメイド達がいつの間にか出てきて、台車に並走していた。


「大丈夫? 体は?」

「うん、まだちょっとだるいけど――」


 賢者の剣を持ち上げようとする――が手に力が入らなくて取り落としてしまう。

 ヒヒイロカネの刀身が台車の上に落ちる。


「無理しなくていいよ。私達がなんとかするから」

「なんとか?」

「陛下!」


 メイドの一人が切羽詰まった声で叫んだ。

 エリザ、そしてメイド達が後ろを振り向いた。


 私も振り向いた。


「えっ!」


 驚いた、死ぬほど驚いた。


 100メートルほど先で戦闘がおこなわれていた。

 翼を持った天使の様なものが二人のメイドを取り囲んでいる。


 天使っぽいのは100を越えている、メイド達は奮戦しているが、呑み込まれそうになってる。


 足止め、という言葉が頭に浮かんだ。


「アリーチェ、キアラ」

「「はい!!」」


 エリザが名前を呼ぶ、ぼんやりしてる時に聞こえたのと同じ二人の声が応じた。


「倒れたら行って」

「お任せ下さい」

「ご主人様を逃がせば勝ちなんです、こんなに簡単な事は無いわね」


 二人は私が与えた短刀を握り締めていた。


「待って、何をするつもりなの二人は」


 エリザが答えた。


「しんがりよ」

「しんがりって……」

「少数ずつ残して、段階的に足止めするのよ。まとめて残すよりも結果的に長く時間稼げるわ」

「少数ずつって、それじゃ残った人は」

「ご主人様」

「ご主人様のためなら、むしろ嬉しいです!」


 次に残る二人のメイド、アリーチェとキアラが全くの笑顔で答えた。

 見れば、他のメイド達も同じ顔か、あるいは羨ましそうな顔で彼女らを見ている。


「見なさいこの顔」

「エリザ……」

「皆あなたのためなら命を捨てる覚悟よ。だからアレクは逃げ延びる事だけを考えてればいいの。あんた一人になっても逃げ切れば勝ちなんだから」

「僕一人になってもって……」


 それはつまり、エリザもって意味だ。

 多分エリザはそのつもりなんだろう。

 皇帝としてやるのか、最後にメイドに戻ってやるのか分からない。

 しかし、エリザも体をはってそうするつもりでいる。

 顔と台詞からそれがはっきりと分かった。


「そんなのは……くっ」

「安静にしてなさい。剣すら持てないのに無茶をしない」

「無茶をしているのはエリザ達だよ」


歯を食いしばって、賢者の剣を持ち上げる。

 震える手を叱咤して、がっしりと柄を握り締める。


 深呼吸する、少しは体が動けそうだ。

 無茶をしてこの先どうかなっちゃうかも知れないけど、そんな事はどうでもいい。


 私のために、メイド達がそんな犠牲になってはダメだ。


「エリザ、今の状況での勝ちはもう一つあるよ」

「ないわよそんなの」

「あるよ」


 私は言い切った。

 そしてエリザと、並走していながらもこっちを見ている令嬢メイド達をぐるっと見回した。


「僕が敵を全員倒して、皆を無事に連れ帰ればいいんだ」

「――っ!」


 全員が息を飲んだ、足が止まった。


 一人また一人と、夜の灯りのごとく顔を次々と赤らめていく中。


 私は賢者の剣を握って、台車から飛び出してしんがりの場所に引き返していった。

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