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10.善人、善行度がカンストする

 霊地フラジャイル、黄金林檎の木の下。


 極秘の話だからと、部下を全部下がらせた女王(、、)リーチェと二人っきりになった。


「ありがとうございます」


 最後の独りの兵士がいなくなった後、リーチェは私に深々と頭を下げた。


 リーチェが立ち上がってから一ヶ月。

 私は王国にとどまったが、静観を保って何もしなかった。


 リーチェが救世主や象徴として立ち上がった後、事態は急速に収まっていった。


 元々民というのは素直なものだ。

 生活さえ改善できれば積極的にその現状を変える必要はない。


 エリザの即位後、王国の民の生活は大きく改善した。

 それで王国の王族達は余力があって伝統と誇りという建前のために反旗を翻したが、民がそれについていく理由がほとんどない。


 兵と民の命をチップに戦争を起こす国王達。

 兵と民の命を救って今までの生活を保とうとする王女。


 民がどっちにつくのかは火を見るよりも明らかだ、ほとんどがリーチェを支持した。


「国はもう大丈夫?」

「はい、父上には退いていただきました。他の王族達についても同じです」

「そっか。それはよかった」

「本当になんとお礼を申していいのか……」


 リーチェの表情が冴えなかった。


「まだ何か不安要素があるの?」

「いいえ、そういうことではなく。本当にお礼のしようが無いと思ったのです」


 同じ言葉を二度繰り返したリーチェ、私は首をかしげた。


「それってどういう意味?」

「あなたのおかげで、帝国に反乱を起こした場合に比べて、被害が一万分の一以下に抑えられました」

「いい事だね」

「助かった命は数知れない。それに見合うお礼、お返しできるものがないのです」

「気にしないでいいよ。民が助かっただけで充分なんだから」

「はい……」


 リーチェは冴えない顔のままだった。

 責任感が強い人なのかな、何かさせてあげないと逆にずっと気に病み続けるかもしれない。


 かといって、私はさっきの「ありがとう」ですでに充分すぎるお礼をもらったと思ってる。

 どうしたものかな。


「ご主人様、よろしいでしょうか」

「うん、なんだいエリザ」


 私の許可を得て、メイドのエリザが影の中から出てきた。


「提案があります」

「提案って、僕に? それとも彼女に?」

「両方です」

「そっか。じゃあ言ってみて」


 許可して促すと、エリザはまずリーチェの方を向いた。


「ご主人様へのお礼はあなた自身でいいと思います」

「私、ですか?」

「はい、もちろん一般的な意味で」


 エリザがいうと、リーチェは顔を赤らめた。


 自分自身がお礼で、一般的な意味。


 体がお礼。


 その事をリーチェが正しく認識して、それで顔を赤くした。


 私は苦笑いしつつ、成り行きを見守った。


「それは考えましたが、私の体一つではとても足りないくらいのご恩です」

「あなたは今や女王、女王がはしため(、、、、)の如く侍れば価値はあります」


 エリザの言葉にますます苦笑いした。

 その説を、世界中で彼女以上の説得力を持って言える人はいない。


「ですが……」

「ですが?」


 リーチェはちらっと私を見て。


「男の人は、若い女の子が好きだと聞きます」

「……そうでしたね」


 エリザが一瞬虚を突かれたかのように目を丸くした。

 リーチェの実年齢。彼女の言葉からその事を思い出したのだ。


 私も割と忘れていた。


 霊地の力で若さを保ち続ける王族の血、その恩恵を受け続けて若さを保っているが、実年齢が256歳の少女。


 前世の記憶を持っている私よりも更に年上だ。


「ずっと霊地に籠もったままなので世間知らずなのです。256歳なのに世間知らずでそういうことの経験も知識もない。そんな私では……」


 消沈するリーチェ。

 悩む理由が、いつの間にか自分の価値ということに変わっていた。


 エリザがちらっと私を見た、そっと目配せしてきた。


 道は作った、後は仕上げだけ。

 そう言われた気がした。


 自分自身がお礼というのは若干どうかと思うけど。

 今はまず、リーチェを安心させることが先決だ。


「リーチェ」

「は、はい」

「リーチェは魅力的な人だよ」

「え?」

「僕がもう少し大人になったら、お願いできるかな」

「――はい!」


 さっきまで困って、落ち込んでいたリーチェが、一変してものすごく嬉しそうな顔をした。


     ☆


 カーライル屋敷に戻る自動馬車の中、私とエリザの二人っきり。

 王国の事もあって、そのあしで都に戻るエリザはメイドじゃなくて普通の格好だ。


 故に、口調も話す内容もお忍びの皇帝のものだった。


「シルバームーンみたいなのがもっと起きないかしら」

「どういう意味?」

「周りに属国がまだいくつもあるの」

「そういえばそうだね」

「それが全部アレクに降ると、少なくともアレクが生きてる間は平和が続くのよ」

「僕に降ったわけじゃないよ?」

「256年間純潔をこじらせた女、初めての男に生涯ぞっこんになる事間違い無しだわ」

「そういうものなのかな」


 女性の思考は分からないけど――。


「そういうものよ」

「そっか」

「その調子で残りの属国全部をアレクのものにしてくれたら助かるわね」

「なるほど、そういう意味だったんだ」


 エリザのいいたいことが分かった。

 確かに、この先他の属国で同じことが起きる可能性が充分にある。


 それを私に全部なだめろというのだ。


 まあ、エリザにいわれなくてもするつもりだ。

 リーチェはいった、私のおかげで被害が一万分の一以下に抑えられた。


 私が介入してそうなるのなら、他の属国にもタイミングが来たらそうするつもりだ。


「頼むわね」

「うん、任せて」


 エリザは一瞬だけ顔を赤らめた。


「その後が大変だけど、今から考えればどうにかなるかな」

「大変って何が?」

「リーチェと同じよ。属国を全部なだめたアレクに与えてやれる褒美が見つからないわ」


 リーチェの「感謝」と違ってナチュラルに「褒美」と出たのは皇帝エリザならではだが、話は同じだ。


「それこそ気にしないで」

「わ、私をあげるしかなくなるわね」

「皇帝陛下相手だと恐れ多すぎるよ」

「……別にいいのに」


 何かをつぶやいたエリザ、車輪の音にかき消されて聞こえなかった。

 何を言ったのか聞き返そうとしたその時。


 目の前に光が溢れて、馬車の中を満たした。


「何事!」

「エリザ! 私の影の中に戻って!」


 何者かの襲撃。

 そう推測した私はエリザを最も安全な場所に匿うことにした。


 エリザは素直に従って、私の影の中に入った。

 私は賢者の剣に手をかけて、いつでも反撃出来る体勢に入る。


 しばらくして、光が収まって。


「あれ? 天使様」


 私の目の前にいたのは、かつて生まれ変わった時、そして神格者になった時に関わったあの天使だ。


 彼女は馬車の中、私の向かいに座ってて、ものすごく困った顔をしていた。


「どうしたの?」

「お願いがあってきたの」

「何? 僕に出来る事ならなんでも協力するよ?」


 なんの話か分からないが、彼女の表情はただ事じゃない。

 困ってる人(天使だけど)は見過ごせない。


「今すぐ、死んでくれる?」

「え?」


 いきなりの事にきょとんとする私。


「今すぐ死んでって……どうして?」

「それか悪いことをして。欲望の赴くままに」

「理由を教えてくれる?」

「あなた、今回の事を数万人の命を未然に救った。ものすごい善行よ」

「うん」


 その事をまるでまずい事のように話す天使。どういう事だ。


「このままだと、あなたが死んだ後の審査が大変。次の人生で与えられるものがもうないの。神様でもまだ足りない。創造しーーううん、それはだめ」


 首をふる天使。

 とんでもなく口はばったい事を言いかけてしまった、そんな顔をした。


「このままじゃまずいの」


 世界が、と、天使が蚊の鳴くような声でつぶやいてから。


「だから、今すぐ死ぬか、善行をかき消すくらい欲望の赴くままに生きて」


 懇願されて、ようやく話が理解した。


 なんか、ものすごい事になってきたぞ。

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