01.善人、1000から先は数えてない
王宮の中庭。
人払いをさせたそこで、私はエリザと二人っきりになった。
私の前を先導するように歩くエリザ。
帝服――皇帝の礼装をまとう彼女は、実年齢から想像もつかないような威厳を放っている。
まるで皇帝になるべくして生まれてきたような少女。
そう思わせるエリザは、花壇の前で足を止めて、私に振り向いた。
「あたしは、帝国を安定して長く治めたい」
その切り出しから始まったエリザの口調は真剣そのものだった。
「安定した世の中をつくり、先帝が揺るがしかけた帝国の屋台骨を元にもどす。それがあたしがやりたいこと」
「うん、やるべきだと思う」
「そのためにはなにが一番大事だと思う?」
「……なんだろう」
その気になればいくらでも答えられる質問だが、正解はエリザの中にしかない。
私は投げられてきた質問をそのまま投げ返した。
「腹心、右腕、懐刀。それに相当する人間を長くすえること。歴史は詳しい?」
「……うん、宰相が変わることで政局が大変になったりすることはよくあるみたいだね」
前世の記憶、そして賢者の石を手にいれてからした勉強。
それらの知識が、私にエリザの質問を即答させた。
「そう、だから長くいてくれる者があたしは欲しい。私よりも長生きしそうで、賢くて、根がいい人」
「それで僕を副帝にしたんだ」
エリザははっきりと頷いた。
なるほど、それなら分かる。
でも、本当にそれでいいのか。私に副帝が務まるのだろうか――。
「そ、それに。副帝相手なら結婚しても身分釣り合うし」
「え? 今なんか言った?」
私が副帝に課せられるであろう重責の事に思考を巡らせている間に、エリザはなにかつぶやいた。
それを聞き返したが。
「な、何でも無いわよ! ただの独り言ッ」
エリザは顔を赤くしてごまかした。
独り言なら仕方ない。
「そ、それよりも」
エリザはゴホン、と咳払いで気を取り直して、さっきまでと同じ、真剣な目で私を見た。
「私に、力を貸してくれる?」
「僕でいいの?」
「あなたがいいの。あなたしかいない――二重の意味で」
最後になんて言ったのか、声が小さくて聞こえなかったけど、それでも。
あなたしかいない、というエリザの意志が強い事は伝わってきた。
「うん、わかった」
「ありがとう」
エリザは微笑んだ。
皇帝であり、年頃の少女でもある。
どっちでもある、そんな表情で笑った。
それはすごく魅力的で、彼女に協力したいと思わせるのに十分な笑顔だった。
☆
「おお! 帰ってきたか義弟よ」
エリザと別れて、ホーセンの屋敷に戻ってきたら、そこは人の出入りがものすごく激しくて、使用人やメイド達がてんてこ舞いになっていた。
「ホーセン様、なにかあったんですか?」
「プレゼントだな」
「プレゼント?」
「ああ、全部義弟への贈り物だ」
「……なるほど、副帝就任のなんだ」
少し考えて、状況が分かった。
人間って宝くじにあたったり出世したりすると、急に友達とか親戚とかが増えるものだ。
これもそれと同じだけど、さすがに副帝ともなればすぐによってくることも出来なくて、まずはご機嫌をとるためのプレゼントからって事か。
「それにしてもすごいね」
「おう、これ見て見ろ」
「なんですかこの封書の山は――パーティーの出席招待?」
私は封筒の一つを取って、中身をみた。
それはちゃんとした紙にちゃんとした文字で書かれたパーティーの招待状だ。
正式な文書や招待状は綺麗な字じゃないと失礼にあたる。
綺麗な字は、それだけで金になる技術だ。
これほどの綺麗な字、それだけで十人家族を不自由なく養える程の物だと思う。
当然読みやすく、私はホーセンと一緒に招待状を読んだ。
「偶然パーテイーやるから是非来てくれってよ」
「なるほど偶然なんだ」
そんな訳ないのは普通に分かる。
このタイミングでそんな偶然はあり得ない。
間違いなく副帝を招待したくて開かれるものだ。
「それにしても多いね、どれくらいあるの?」
「1000から先は数えてない!」
「ええ!?」
大いばりするホーセン。
封筒の山は百はあるから聞いてみたけど、予想を遥かに上回ってた。
ここにはない物もあるってことか。
「それからこういうのも来てた」
そう言って手招きするホーセン。
別のメイドが、同じく山ほどの封書を持ってくる。
「これは?」
「お見合いだ。義弟に嫁を紹介するものだな」
「なるほど、こっちは結構ストレートだね。そしてやっぱり多いね」
「1000から先は数えてない!」
「そんなに! 無理だよそんなにお嫁さんは!」
貴族だし、副帝になったから側室とか必要になる事もある。
貴族の間では、側室を上手く管理できる正室ほど評価される。
可愛いアンジェのために、将来はそういうのもありだと思っていた――けどこれは無理。
こんなに多いのは無理!
「そうか? 俺は義弟なら余裕だと思うんだがな」
「えええ!? なんなのその買いかぶり」
「ちなみにカーライルは昔『アレクのために初夜税を復活させようと思ってる』って言ってたぞ。領民全部が実質義弟の嫁だ」
「何を企んでるんだ父上!?」
ちなみに初夜税というのは、文字通り女性の初夜を差し出すか、代わりになる額の税金を払うかのどっちかで、カーライル家の領地ではないけど、今でも一部の貴族がやっている事だ。
「まっ、数は妥当だが普通レベルの娘が多すぎる、義弟には釣り合わんだろ。燃やしていいぞ」
かしこまりました、といって、メイドはお見合いの封書をもって立ち去った。
ホーセンの買いかぶりも父上に負けず劣らずすごいな。
「こういうのも来てる」
「まだあるの?」
次にメイドが持ってきたのは、やはり山積みの封書だった。
「今度はなに?」
「家だ」
「家?」
「ざっくり言うと家をやるって内容だな」
「ストレートすぎるよ! って、これもまさか……」
「おう! 1000から先は数えてない!」
「多すぎ!」
全部もらったら持ち家が1000軒もふえちゃう。
もはや持ち家じゃなくて持ち街のレベルになっちゃう。
「まっ、義弟に取り入るのに家とか屋敷とかじゃ安すぎる、これも燃やしていいぞ」
ホーセンの命令で、メイドはまたまた山積みの封書を持って去っていった。
私はふう、と深く息をついた。
「なんか、大変なことになったね」
「最初はそうかもな。どうする? 今からでも副帝やめるか? 義弟ほどの男、副帝程度に収まる器じゃないからそれでも――」
「ううん、やるよ」
頭の中にエリザの事を思い出していた。
彼女の決意、語った理想。
それを思い出して、多少大変でも頑張らなきゃって気持ちになった。
「おおお! さすが義弟! それでこそ男だ」
「そ、そうかな」
「ああ! すげえかっけえぞ今の義弟の顔は」
ホーセンが若者の様な言葉を使った。
それも彼にはよく似合う。
「よし、ならこれからこういうのは全部俺が処理してやる」
「いいの? 大変じゃないの?」
「はは、たいした事ねえよ。義弟に何か送りたいヤツはまず俺にタイマンで勝て、っていえばすむ事だ」
「それってムリゲーだよね」
私は苦笑いした。
帝国最強の武人、ホーセン・チョーヒ。
彼にタイマンで勝てる人なんてこの世に果たしているんだろうか。
「だから、気にしないでおれに任せろ。本当にかかってくる骨の有るやつがいればそれはそれでおもしれえ」
ホーセンは口角を持ち上げた。
自己申告通り、本当に楽しみだと思っている顔だ。
そういうことなら――。
「うん、わかった。お願い」
「おっしゃ! 任せろぃ!」
ホーセンは更に嬉しそうに、そして豪快に笑ったのだった。