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05.善人、敵を完全に騙す

 シルバームーン王国に向かう馬車の中。


 私の魔法で自動操縦している馬車の中は、私とエリザの二人だけだった。

 エリザはメイドの格好をしていて、馬車の中での席順もそれに準じたものだ。


 馬車に複数人で乗るときは互いの身分や関係性によって座る場所が変わる。


 今は私が上座で、メイド・エリザは下座に座っている。

 メイドでいる時のエリザはこういう所も徹底している。


「本当に良かったのですか、ご主人様」

「何が?」

「あの二人も一緒に連れてきて」


 エリザにそう言われて、私は足元を見た。

 馬車という室内(、、)故に、薄らぼんやりとしか見えない私の影。

 その中にリーチェとゼラの二人がいる。


「キミがそれを指摘するなんてちょっと意外だね」


 率直に私は驚いた。

 皇帝エリザでもメイドエリザでも、


「こういう時、僕のそばが一番安全だ! って言うものだと思ってたよ」

「それはそう」


 エリザはノータイムで頷いた。

 それはそうなんだ。


「そうじゃなくて、そうやって連れてきたら……」

「来たら?」


 首をかしげる私、エリザは顔を赤らめて答えた。


「影に入れて連れてきたら、皆と同じ、居着いちゃうじゃん……」


 ぼそぼそと何かをつぶやくエリザ、よく聞き取れない。

 聞き取れないけど、あえて聞き返さなかった。


 皇帝でも、メイドでも。

 エリザは聡い女の子だ。


 少なくとも。「必要な事」ははっきりと言えるタイプの子。

 はっきり言わない以上、それは必要のない事だと私は考える。


 それはどうやら正解で、ほんのわずか数秒で、エリザは何事もなかったかのように、いつもの表情で私を見つめて来た。


「それでご主人様、これからどうするの?」

「うん、まずは黄金林檎を取りに行く」

「取るの?」

「建前はしっかりやらないと誤魔化せないでしょ」

「それもそっか。私に手伝えることは?」


     ☆


 シルバームーン王国、霊地フラジャイル。


 霊地と言う名の王都だが、実際のところ田舎の大きな街という程度の規模しかない。

 帝国の属国だと思えばこんなものかと感じるし、王都がこの規模ならリーチェが「帝国には絶対に勝てない」と思うのも無理はない。


 その王都の外に、身なりのいい一行が私達を出迎えに出てきていた。


 後方に100人くらいの兵士と、中程にざっと20人くらいの文官、そして先頭に身なりのいいが、気が弱そう中年の男。


 私がエリザをひき連れて、馬車から降りて向かって行く。

 通常の会話が出来る程度の距離まで近づくと、中年は帝国式の礼法に則って地面に膝をついた。


「オーロラ・シルバームーン。国父殿下に謹んで拝謁致します」


 オーロラに続いて、文官達も兵士達も、ぞろぞろと地面に膝をついた。

 百人を超す面々が膝をつくという光景は結構壮観だった。


「オーロラさん、って事は王様なんだね」

「はい」

「そっか。うん、分かったからもう起きて。このままじゃ話も出来ないから」


 国王とは言えそこは属国、そして私は国父という帝国の超高位者。

 オーロラは、普通に臣下の礼を取った。


「来る前に調べたんだけど、オーロラさん、今年で900歳なんだよな」

「帝国の慈悲で、霊地に住み続けております」


 私は改めて、900歳になるというオーロラを見た。

 とても900歳には見えない中年の男、そこは256歳でまだまだ少女っぽく見えるリーチェと同じだ。


 霊地に住んでいる直系の王族だから不老不死、それで900歳なのにまだ中年に見える。


 見た目は若いが、どうにも弱々しくて、頼りない感じがする。


「手紙をもう読んでくれた?」

「はい、黄金林檎の木にご案内します」

「うん、お願いね」


 私は頷いて、国父と国王の会話中故に一言も喋らないでいたメイド・エリザを連れて、馬車に戻った。


「「「おおおおお!?」」」


 馬車に乗って動かすと、兵士らしき歓声が聞こえてきた。


「どうしたんだろう」

「自動馬車なんて普通はみないから」


 エリザが説明してくれた。

 なるほど、それで驚嘆の声が上がったのか。


 国王オーロラと文官達が先導して、兵士が護衛する。

 その状態で、自動馬車を進めていった。


     ☆


 人の脚でおよそ30分くらいの距離を進んで、馬車が止まった。


 幌を開けて、外を見ると。


「おお」


 思わず、こっちが驚嘆の声を上げた。


 幻想的な美しさだった。


 黄金色のリンゴをつけた大樹が、太陽の光を反射して輝いている。

 いやこれは反射だけじゃない、自ら輝きを放っている。


 そう、思ってしまう位、美しく幻想的な輝きだった。


 馬車から跳び降りて、オーロラに話かける。


「これが黄金林檎だね」

「さようでございます」

「こうまで美しいと、取っていくのに罪悪感を覚えちゃう位だね。本当にいいの?」

「もちろんでございます。むしろ国父様にお運びいただくまでもない、一言言っていただければ」

「陛下に献上するものだからね、僕が自分でやらないとどうにも不安なんだ。……そうだ、一つ試食させてもらってもいい? 味を知らないまま献上するのはちょっとこわいから」

「もちろんでございます」


 オーロラが命じると、文官の一人が大樹に向かい、よく熟した黄金林檎を取ってきた。


「取るとますます輝きを増すんだね」

「霊地の力で成長しております、いわば神樹でございますれば」

「なるほど」


 オーロラが答えた後、文官に目配せした。

 文官は慣れた手つきでリンゴをむき、それをあらかじめ用意した皿に載せた。


 オーロラが一旦受け取って、両手で私に差し出した。


「どうぞ、お召し上がりください」

「うん、ねえキミ」


 私は振り向き、ついてきたエリザを呼んだ。

 オーロラ達の前だから、名前では呼ばなかった。


「ちょっと試してみて」

「私が、ですか?」


 驚くエリザ。


「うん」

「失礼ですが国父殿下、なぜメイドに……?」

「この子は僕のメイドの中でも一番陛下と親しい人でね、陛下の味の好みを世界中で一番よく知ってるといっても過言じゃない」

「そうだったのですか」

「ってことで、はい、どうぞ」


 私に促されて、エリザは今一つ真意が分からない――って顔をしながらもリンゴを口に入れた。


「――!」


 瞬間、目をカッと見開き驚いた。


「こ、これは」

「どうかな、陛下、このリンゴ気に入る?」

「うん! 絶対気に入ると思うよ」

「そっか。それはよかった」


 エリザは本気で驚いていた。

 ものすごく美味しい黄金林檎というのは予想していたが、その予想を遥かに上回ったって感じだ。


 一瞬感情が素直にダダ漏れした、うそでも作り(、、)でもないはずだ。


 そんな黄金林檎を見て、大樹を見て、オーロラを見た。


「どうされましたか?」

「もう一つもらっていいかな」

「分かりました、おい――」

「ううん、僕が自分で」


 オーロラに命じられて動き出そうとする文官を止めて、自分で大樹に近づく。


 そしてあらかじめ用意していた袋を、手頃なリンゴに被せた。

 黄金の輝きは袋に包まれて、見えなくなる。


「国父殿下、そのような事をしなくても黄金林檎に虫はつきません」


 文官の一人がそう言ってきた、若干見下した様な声のトーンだ。


 ガキが聞きかじった農業のテクニックを披露しようとしてるな――っていうのが何となく伝わってきた。


 私は答えず、少し待った。


 約三分ほど待ってから、袋を取って、リンゴをもいだ。

 そしてそれを自分の手で皮を剥いて、皿に載せる。


「はい、どうぞ」


 それをエリザに再び差し出す、エリザはパンパン、と自分の頬を叩いた。

 おいしさは分かった、今度こそ無様な表情は見せないぞ、って意気込みを感じた。


 しかし。


「ああぁ……」


 リンゴを食べた瞬間、エリザの目はトロンとなった。

 恍惚な表情を浮かべて、へなへなとへたり込んでしまう。


「こ、これは?」

「王様も食べてみて」


 そういってオーロラにもリンゴを差し出す。

 おそるおそるリンゴを口にしたオーロラも同じように恍惚な表情を浮かべ、感極まってしまう。


 保存袋の応用、肥料袋のさらに限定的な応用。


 魔力の無い人を持ち主に設定すれば、袋の中は外よりも時間の流れが速くなって、物が超スピードで腐っていく。

 しかし霊地に根を下ろす黄金林檎は腐らない。

 加速しても、より熟成していくだけだ。


「これが出来るから、陛下は僕をここによこしたんだよ」


 私は、オーロラ達に向かってそう言い放った。


     ☆


 霊地フラジャイル、某所。


 顔をつきあわせている男二人が、安堵した表情を浮かべていた。


「最初はどうなるかと思ってたが」

「うむ、あのアレクサンダー・カーライルが来るとは。我々の計画を見破られたのかと思ってたよ」

「しかしあのリンゴの美味たるや。あの用意周到さ、本当にただ皇帝の為に林檎をとりにきたんだろうな」

「林檎ならいくらでもくれてやる、いい気分のまま帰ってもらおう」

「ああ、その間に義挙の準備を進めよう」


 頷き合う二人。


 アレクが黄金林檎の超スピード熟成を披露したことで、彼らは警戒を解いた。


 それはアレクの狙い通りで、彼らは完全に手のひらの上に転がされているだけなのだが。

 当の本人達は、まったくその事に気づいていなかった。

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