04.善人、皇帝と以心伝心
次の日の朝、起きた私は身支度を調えてから、客間に向かった。
穏やかさを意識しつつドアにノックをして、向こうが応じたのを確認してから部屋に入る。
廊下とはまったく違う空気の客間に、リーチェとゼラの二人がいた。
「おはよう。調子はどう?」
聞くと、昨日よりも遥かにいい顔色をしているリーチェが答えた。
「ありがとうございます、まるで国に、霊地にいるかのような感じです」
「そっか、それは良かった。何か不都合があったらすぐに言ってね。出来る限りの対処はするから」
「ありがとうございます」
「ゼラ……だっけ。キミも何かあったら何でもいって」
「わ、私の様なものにもったいないお言葉」
結界が張られている客間の中ということもあり、二人の他には事情を知っている私だけということもあって。
ゼラはすっかり恐縮して、おそらくは元々の侍女としての振る舞いになった。
「うん、でも何かあったら言ってね。キミも僕の大事なお客さんだから」
「はい……」
顔を赤らめ、うつむいてしまうゼラ。
はいとはいったけど、この手の子は結局恐縮しがちだから、もっと注意して見てあげないと。
ある意味リーチェ以上に気を配らなきゃ、と思っていた所に、客間のドアがノックされた。
落ち着いていたリーチェとゼラが同時にビクッと身がすくんだ。
「誰?」
「エリザです」
「うん、入って」
私が応じ、エリザが部屋に入って来た。
昨日皇帝に連絡するために走らせたメイド、事情を知っているメイドだと理解した二人は、一瞬ホッとして、また違う緊張が顔に出た。
皇帝の返答いかんでは王国が滅びる。
そう思えば緊張するのも仕方ない所だ。
一方で、緊張する必要のない私は微笑みながらエリザに振り向いた。
「お疲れ様エリザ。陛下はなんて?」
「口頭のみでの言付けを頂きました」
「おお。良かったね」
振り向き、リーチェとゼラに言う。
二人はきつねにつままれた様な顔で、同時に首をかしげた。
「良かったって、どういう事なのですか?」
鎧を外して、騎士のアウターのみを身につけているリーチェが聞き返してきた。
「陛下は言付けのみを返して来た、それはつまり証拠を残したくないからなんだ。帝国皇帝として正式に反乱があるかもしれないと認識して何かの文書に残してしまうと、正式な対処をせざるを得なくなるでしょ」
「あっ……」
「この場合の正式というのは――」
「皇帝親衛軍での鎮圧……」
頷く私。
説明をうけ、リーチェはハッと理解した。
「そうですね、当然ですよね。皇帝が反乱を知って見過ごすなどありえませんね」
「うん。その分口頭のみの返事なら言った言ってない、水掛け論で終わらせる事ができるからね」
「さすがご主人様。陛下もそのような事をおっしゃってました」
私はにこりとエリザに微笑んだ。
エリザも笑顔を私に返した。
エリザの正体を知ればこれほど白々しいやりとりもないが、それが意外に面白くて、私達はある種の共犯になったような、連帯感を互いに感じた。
「陛下は諸々に対して一言。任せる、とだけおっしゃってました」
「うん、分かった。『ありがとう』」
いくつかの意味を込めて、エリザに「ありがとう」と言った。
エリザはメイドだが、帝国の皇帝だ。
皇帝陛下に全幅の信頼を寄せられるというのは結構嬉しいことだ。
「こうなると、僕がこっそり王国にいって、こっそり事を解決した方がいいね」
王女が亡命しなきゃならない程の反乱だから、完全にこっそりって訳にもいかないだろうけど。
まずは、王国入りするいい訳を見つけないと。
私は少し考えて、ストーリーを作る。
そして賢者の剣に知識を求めて、ストーリーの為の小道具の候補を聞いた。
「リーチェ、王国には黄金林檎という名産があるらしいね」
「え、ええ……霊地でのみ育つ、収穫するまでずっと木で熟成を続ける黄金林檎、の事ですよね」
私は頷いた。
彼女の言うとおり、王国が世界に名をはせる名産品だ。
256歳ながらエリザと同じくらいの見た目年齢であるリーチェ。
そんな彼女の若々しい外見とおそらく原理が同じで、霊地にある林檎の木は実がなっても落ちることはない。
ずっと枝の上で育ち、熟成を続ける。
歳月を重ねれば重ねるほど美味になるとそれ、100年物の黄金林檎ともなると、一つで家が買えるくらいの値段になる。
「それがどうしたのですか?」
「陛下に黄金林檎を献上したいね。貴重なものみたいだし陛下に献上するものだから、僕が実際に取ってこなきゃだね」
ものすごくわざとらしく言うと、リーチェもゼラもすぐに意味を理解した。
黄金林檎を口実に王国入りする。
「さすがご主人様、……さすが陛下」
エリザが口を開く。
私を持ち上げた後、とってつけたかのように皇帝にも言った。
「どういう事?」
「こんなこともあろうかと、と陛下は別の言付けを下さっております。余に黄金林檎を持ってこい。とのことです」
「そっか」
エリザと再び見つめ合う、またまた白々しい小芝居で、共犯者的な連帯感を覚えた。
こんなこともあろうかとなんて事はない、全てはこの場の即興劇だ。
エリザの協力を得て、私は王国入りの口実を得た。
☆
客間の外、アレクの父と母が壁にコップを当てていた。
部屋の中のやりとりを盗み聞きしようとしているのだが、元メイド長だったメイドが困った顔で聞いた。
「旦那様、そのようなもので聞こえるのですか? 結界が張られているとお聞きしてますが」
「愚問! アレクへの愛があれば越えられない結界などない。いざとなれば耳ではなく心で聞けばすむ事だ」
「もうあなたったら、そんな事を言うとまたアレクに複雑な顔をされますわよ」
「むぅ、それはまずいな。いやしかし、さすがはアレクだ」
「そうですわね、陛下とあんな事ができるのは、世界広しといえどアレクただ一人ね」
アレクとエリザのやりとりを聞いた上、エリザの正体を知っている二人はしきりに感心した。
「くっ、これを世界中に自慢出来ないのが口惜しい!」
「いいではありませんか。たまにはこういうことも。私達だけが知っているアレクの偉業。役得ですわ」
「うむ! それもそうだな!」
両親はいつもの様に、アレクの知らない所で大いに盛り上がっていたのだった。