02.善人、本物の姫をあっさり見抜く
私がアレクサンダー・カーライルだと知った二人は居住まいを正して。
「私はゼラ・ビレオ。こちらは我が主、リーチェ・シルバームーン殿下であらせられます」
「シルバームーン」
思わずオウム返しでつぶやいた。
その名前は知っている。
帝国の周辺にある、いくつかの属国の内の一つの、王家の名前だ。
「なるほど、だから姫なんだね」
女騎士ゼラが頷いた。
「はい」
「亡命の手伝いをしてってのはどういう事なの?」
「我が国は100年前に帝国に降って以来、ずっと恭順を示して参りました」
「そうみたいだね」
背中に背負ってる賢者の剣に、リアルタイムでシルバームーンの歴史を聞く。
答え合わせを兼ねて、また嘘を言っていないかの用心もかねてだ。
「我が国は帝国との戦いを二度と望んでおりません、国力が違いすぎる上に、我が国は先祖代々の土地を、霊地を守れさえすればそれでよいのです」
「なるほどね」
霊地。
シルバームーン王家に伝わる聖地。
そこに住まう限り、王家の人間は死ぬまで若さを保っていられるという。
かつてはそれで不老不死になれると勘違いした帝国が軍を進め、攻め落とした。
しかし実際に不老不死になれるのは「霊地に住むシルバームーンの直系王族」と知った当時の皇帝は諦めざるをえず、適当に属国化して軍を引いた。
「ですが、それをよく思わない勢力も王族の中に……」
説明を続けるゼラの顔が一瞬歪んだ。
「それらの者が力を増し、今が好機――」
言いかけて、ハッとするゼラ。
堅物の女騎士は死ぬほど怯えた表情で私を見る。
「言ってみて、まずは事実を知りたい」
「……はい。反乱が頻発している帝国が弱体化している今こそが好機。挙兵して帝国から独立するべきだ、と」
「なるほど」
耳の痛い話だ。
これはエリザのせいに見えて、しかしエリザのせいではない話。
エリザの父親、前の皇帝は愚帝といっていい人間だった。
生まれ変わりの審査の時に見かけた、Dランクに審査されて平民に落とされた程の人間だ。
その愚帝は圧政を敷いたが、同じくらいの力で反発を抑えた。
対して今の皇帝、エリザベートは賢帝の類だ。
善政を敷いてはいるが、それは対照的に「緩くなった」という事でもあるので、エリザの即位からこっち、反乱は頻発していた。
つまり父親の負の遺産に喘いでいるのだ、エリザは。
「帝国と戦っても勝てはしない。あの時の……」
ゼラが苦虫をかみつぶした様子でつぶやく。
なるほど状況は大体分かった。
「国内にいると反乱の神輿に担ぎ上げられる。断っても殺される、乗っかっても帝国に鎮圧されて殺される。助かるとしたら今このタイミングで逃げるしかない。だね」
ゼラが静かにうなずいた。
「なるほどね」
私はゼラ、そしてリーチェを順に見た。
話は分かった。
相談がいるな。
「エリザ」
私は影の中にいる、メイドエリザを呼び出した。
エリザはメイドらしい赤ら顔で出てきた。
「お呼びですかご主人様」
「意見が聞きたい。今の皇帝は亡命、たれ込みをしたら赦しそう?」
「一般論でよろしければ――このタイミングならば責任を問うのは理に反してます」
エリザは皇帝ではないていで答える。
なるほど、エリザは受け入れるつもりはある、と。
うん?
どうしたんだろう、エリザがちょっと不機嫌な顔で私を見ている。
「どうしたのエリザ?」
「……」
無言のまま、ふてくされるエリザ。
少し考えて、分かった。
エリザは父親とは違う、賢帝たらんとしている。
一般論でもわかる様な話をあえて聞いた私に腹を立てているのだ。
「ごめん、聞くまでもなかったことだね」
「いいえ」
私が謝ると、少しだけ機嫌をもどしたエリザは影の中に引っ込んでいった。
後でもうちょっとちゃんと謝っとかないと。
それはそれとして、今はこの二人だ。
「分かった、受け入れるよ」
「本当ですか!」
「うん、陛下はちゃんと分かってくれる。僕が保証するよ」
ホッとするゼラとリーチェ、二人は互いに見つめ合った。
「それじゃ、まずは応急処置をしよう」
「応急処置、ですか?」
首をかしげるゼラ、何をされるのかと不審がっている。
私は賢者の剣を抜き、地面に突き立てた。
ヒヒカネイロの刀身で魔力を増幅する。
「今からプラウの結界というのを二人にかける。これをかけると、二人が一緒にいる間は、姫は何をされてもかすり傷一つつかない無敵状態になる」
「そんなものが……」
「うん、じゃあ行くよ」
私は目を閉じて、二人に結界をかけた。
相手が二人ということもあり、賢者の剣という増幅装置と、常時魔力鍛錬をしてきた事もあり。
昔やったときよりも、スムーズに二人に魔法をかけることが出来た。
目を開けると、所在なさげで何か言いたげな二人の顔が見えた。
「心配しないで、もう大丈夫。これでお姫様はもう何をされても傷一つつかないよ。したいのなら、まずは護衛の方を殺さないとだめ」
「あ、ありがとうございます」
「ありがとう、ございますわ……」
やっぱり何かいいたげな二人だ。
ああ、種明かしは今の内にしとこう。
私は睡眠魔法を使った。
今まで縛りあげて、わざと話を聞かせていた連中を眠らせた。
そして、賢者の剣を地面から抜き放って、軽くゼラを斬りつけた。
袈裟懸けに方から斜めに振り下ろされる斬撃。
手応えはあるのに手応えはないという、不思議な感触だ。
「こんな感じで、姫様は無敵。でも不届き者はキミの方を狙ってくるから、無敵のまま戦えるよ」
「……え?」
「えええ!?」
驚く二人。
「な、なぜ私に」
「もう大丈夫、この人達は聞いてないから。キミが姫だよね。名前はゼラのまま? それともあなたがリーチェ姫?」
「え、あ、その……」
隠していた正体を見抜かれて、女騎士が狼狽する。
「ど、どうして……」
「原因は三つ。まず、キミの魂の方が綺麗だった」
ランクとはあえて言わずに別の表現をした。
「お姫様と……こっちは多分侍女かな? 魂が全然違うからね」
「……」
「それと魂と肉体の、融合度っていうのかな。長い年月かけて馴染んだ魂と肉体って感じだった」
ソウルイーターの一件で、魂を抜いたり入れたりしてる内に身につけた感覚だ。
「そして、最後に。これはキミのうかつだね」
「わ、私の?」
「さっき、100年前の戦いを実際に目の当たりにしたみたいな事をいってたね。不老不死は霊地に住む直系王族だけだよね」
「あっ……」
ハッとして自分の口を押さえる女騎士――もとい、姫。
賢者の剣で最後の答え合わせをして、情報を引き出す。
「リーチェ・シルバームーン。今年で256歳なんだね」
彼女は、死ぬほどびっくりしていた。