11.善人、副皇帝になる
裏切り者フレミングの捕縛で、自作自演の反乱は終息した。
鎮圧というよりも、フレミングの陰謀を暴いたという扱いで、皇帝陛下への正式な謁見、それと恩賞の下賜などがあると告げられた。
そのために帝都にアンジェと一緒にやってきた私、滞在先として、父上の友人だという人の屋敷に来た。
「おお! ボウズがカーライルの至宝か」
屋敷に入ると、ひげもじゃで強面の男が私たちを出迎えた。
筋骨隆々、銅鑼のような大声。
誰がみてもそう感じるような、豪傑タイプの男だ。
私は落ち着いて、礼儀正しく頭を下げた。
「初めまして、ホーセン・チョーヒ様。アレクサンダー・カーライルと申します。こちらは婚約者のアンジェリカ」
「は、はじめまして! アンジェリカと申しまふっ!」
アンジェも同じように挨拶しようとしたが、そこはやはりまだ見た目通りの子供。
ひげもじゃの豪傑に圧倒されて、挨拶を噛んでしまった。
「はっはっは! 緊張するな、取って食いやしねえ。普段通りに話していい」
「はい、ありがとうございます」
「しかし、なるほどな……」
ホーセンはあごを摘まんで、身をかがめて、私をマジマジと見つめた。
「ボウズがカーライルの至宝か。なるほど、いい面構えをしている」
「えっと、その『カーライルの至宝』ってなんですか?」
「ん? ああボウズはしらねえか。ボウズのオヤジがこっちに来る度にみんなにボウズの事を世界一の息子だって自慢するから、自然とそういう呼び方になったのよ」
「は、はあ」
何をしてるんだ父上は! とツッコミそうになった。
父上のやりそうな事だ。皇帝陛下――エリザにさえもしたのだから、貴族仲間にしないはずがない。
「出来れば、そのカーライルの至宝はやめてくれると嬉しいです。僕まだまだ未熟者だから、そう呼ばれると恥ずかしい」
「おう、いいぜ。まあカーライルをからかう為にしてる言い方だしボウズに使うようなもんじゃねえか」
父上をからかう為か、その気持ちはわかるけど、多分からかいになってない。
『カーライルの至宝じゃなくて帝国の国宝だ!』
って、父上が逆に怒り出すのがありありと目に浮かぶ。
「普通にボウズって呼ぶぜ」
「ありがとうございます、ホーセン様」
がっはっは――と笑うホーセンに連れられて、客間に向かった。
後ろからメイドやら使用人やらがついてきているが、ホーセンは自分で私たちを案内した。
「ここだ、どうだ、うちで一番の客間だ」
「ありがとうございます、とても素晴しいお部屋です」
「なんか足りないものがあったらなんでもいえ。つっても、陛下からの恩賜をもうすぐもらえるし、何も必要ないわな」
がなるような大声、しかしまったく屈託のない語気。
いい意味で単純な人なんだろうと思う。
帝国最強の武人と名高いホーセン・チョーヒ。
多分見た目通りの人なんだろう。
「ところでボウズ、これ、いける口か」
ホーセンはそういって、ぐい、と指で作った輪っかを口元で傾けた。
古典的な酒飲みのジェスチャーに苦笑い、七歳の子供に聞く話じゃない。
とは言え私は帝国男爵だ、付き合いなどはある。
「すこしだけなら。大人になるまでに人並みに飲めるようになりたいと思ってます」
「そうかそうか、男はそうじゃねえとな。ボウズはちょっと付き合え! 旦那さん借りてくぜ」
「ごめんねアンジェ、ちょっと行ってくる」
「はい、行ってらっしゃいませ、アレク様」
アンジェはニコニコ顔で、私たちを送り出した。
彼女は聡く、男爵夫人としてふさわしいように色々勉強して知識をつけてる。
将軍が男爵を誘ってどこかに行く時、貞淑な妻として笑顔で送り出すのが唯一の正解だと分かって、それを実行する。
私はホーセンに連れられて、屋敷の食堂にやってきた。
「わあ、立派な食堂ですね」
素直な感想が口をついてでた。
ホーセン邸の食堂はカーライル家の二倍以上はある。
細長いテーブルも、横は主人の一人分だが、縦は五十人以上が並んですわれるくらい、ものすごく長いものだった。
「おう! ちょこちょこ部下を呼んで宴会するからな!」
「なるほど」
その光景はありありと想像出来た。
最強と名高い武人、豪快な性格、酒好き。
きっとかなりのどんちゃん騒ぎになるんだろう、毎回。
「……言われた通り連れ出したぜ」
ふと、ホーセンが食堂の外を見て、何か独り言をつぶやいたのが耳に入ってきた。
「どうしたんですか、ホーセン様」
「ん? いやなんでもねえ。おい、酒持ってこい酒」
ホーセンが命令した、すると十秒もしないうちに、メイド達が次々と酒や料理を運んできた。
その中に一人、塩を持っているメイドがいることに気づいた。
「いい塩ですね。これだけで一晩中飲めそうな気がします」
「――おおおおお!」
ホーセンは目をかっと剥いて、私の肩をつかんで揺らした。
これまでも豪快な性格だと思っていたけど、出会ってからで一番興奮していた。
えっと……なんかまずい事言った?
「分かってるじゃねえか。だよな、酒は塩があれば十分。肉だの珍味だのは舌をばかにして酒を台無しにするだけだ。子供のくせにわかってるじゃねえか」
……あっ。
そうだった、私は子供だった。
まだまだ七歳の子供。普段から分かってるつもりだけど、ついついやってしまった。
前世でおっさんになったくらいの年齢から酒+塩の組み合わせでやってきたから、ついぼろっとでてしまった。
ホーセンは私をじっと見た。
「ど、どうしたのホーセン様」
「気に入った!」
「え?」
「気に入ったぞアレク」
ホーセンはそう言って、私の肩をパンパン叩いた。
正直ちょっといたい、がそれ以上に。
「それを言えるヤツはそういねえ。どうだ、俺と義兄弟にならねえか」
「……えええええ!?」
義兄弟って、いきなり何を言い出すんだこの人は。
だってホーセンは父上よりも更に年上なんだ、七歳の私とでは祖父って言っても通る位の年齢差だ。
それを義兄弟って。
「じょ、冗談だよねホーセン様」
「いいや、俺は本気だ。義兄弟がいやなら娘――いや孫娘を嫁にどうだ」
「えええええ!?」
またまた声を上げてしまう私。
「ちっ、カーライルのケチが。こんないい息子ならとっとと紹介しろってんだ」
……。
…………。
………………。
父上の姿がちらっとよぎった。
どうやら、割と本気で気に入られて。
父上みたいなのがもう一人増えそう。
そんな、気がした。
☆
アレクとホーセンが食堂で義兄弟の契りを交わしそうになっている一方で、客室で待っていたアンジェの元に一人の少女が訪ねて来た。
「へ、陛下!」
少女が入室するなり、アンジェはパッと起き上がって、直立不動の姿勢で背筋を伸ばす。
入って来たのはエリザベート・シー・フォーサイズ、帝国皇帝その人だ。
ただし、先日同様私服で、エリザという出で立ちだ。
「恐縮しないで、前と一緒でいいから」
「は、はい。じゃあ……エリザさん?」
「うん。ごめんねいきなり。お話があってきたの」
「分かりました、すぐにアレク様を――」
「違う、彼じゃなくてアンジェちゃんに。そのためにホーセンにアレクを連れだしてもらったの」
「そうなんですか……」
目を見開き、驚くアンジェ。
皇帝が自分に何の用だろう……と聡明な頭が不思議がった。
「アンジェちゃんは彼の許嫁よね」
「はい! アレク様大好きです」
アンジェの屈託のない笑顔に、エリザは一瞬たじろぐ。
「……率直に聞くわ。もし彼の事が好きだって言う女が現われたらどう思う?」
「すごく嬉しいです!」
即答するアンジェ。またまた一瞬だがたじろぐエリザ。
「嬉しい?」
「はい! その人と仲良くなりたいです。仲良くなって、一緒にアレク様の素敵な所を話したいです」
「本当に。嫉妬とかは?」
「嫉妬ですか? うーん、よく分かりません。私、アレク様の事を知れば知るほど、ほかの事を考えられない位好きになっちゃいます。それで勉強がおろそかになってしまってます」
アンジェはちょっとだけシュン、と落ち込む表情をした。
「嫉妬なんて、感じないと思います」
「そう……知れば知るほどほかの事を考えられない位好き、か」
エリザは少しうつむき、思案顔をする。
数秒後、顔を上げる。普段の彼女らしい、前向きな少女の表情に戻っていた。
「ありがとう、それを聞けて助かったわ」
「はい」
「今日はもう帰るわ。そうだ、私が来たことをアレクには言わないでね」
「言わない方がいいですか?」
「ええ、サプライズをしてあげたいの。彼が喜ぶ様な」
「わかりました! 絶対にいいません」
「ありがとう。じゃあまたね」
「はい!」
☆
押し切られて、なし崩しでホーセンに義兄弟にされてから数日。
彼にものすごく気に入られて、宴会宴会の毎日だった。
時には部下を、時には知りあいの帝都在住の貴族達を。
毎日違う人達を招いては宴会を開いて、私を紹介する。
私を力説するホーセン、冗談抜きで、父上みたいなのがもう一人増えた様な感じだ。
今日はそれがなくて、ちょっとホッとした。
皇帝陛下に謁見の日。
さすがのホーセンもこの日は宴会を開くことは出来なかった。
本当なら緊張する謁見だが、ホッとしたのが強くて、まるで緊張しなかった。
私は男爵としての正装で身を包み、王宮に入って、謁見の間にやってきた。
玉座の上にエリザがいた。
彼女は前と違って、皇帝の服をまとっている。
醸し出す皇帝オーラは勝るとも劣らない感じで、いっそう威厳を放っていた。
玉座に続く赤絨毯、その両横に貴族や大臣達が並んでいる。
私は作法にのっとり、皇帝に謁見を果たした。
「この度の働き、大儀であった」
「ありがたき幸せ」
「そなたには働きに見合った褒美を取らせようと思う。なんでもよいぞ、なにがいい」
「陛下の御心のままに」
これも作法の一つだ。
皇帝から「なんでもやる」と言われたからと言って、馬鹿正直に希望を言っちゃいけない。
皇帝に意見をするのは失礼なのだ。
だから私は「なんでもいい」を貴族言葉に直して、それを言った。
「分かった。では、アレクサンダー・カーライル」
「はっ」
「貴公に副帝の地位を授ける」
「ふくてい?」
聞き慣れない言葉に、私は首をかしげた。
周りがざわざわした、一瞬遅れてどよめきが沸き上がった。
一体どういう事だ? と、私は肌身離さず持っている賢者の石に知識を求めた。
言葉が分かっている知識はすぐに答えが帰ってきた。
副帝。
副の、皇帝。
宰相よりも更にワンランク上の役職、王族以外の人間に与えるものの中で最高の地位だ。
「うおおおお! さすが俺の義弟だ!!」
大臣の一人、ホーセンが謁見の間が響く程の大声で喜んだ。
周りは更にざわざわして、羨ましそうな目で私をみた。
「余のため、帝国のため。これからもいっそう励め」
「ありがたき幸せ」
一礼して、顔を上げる私。
陛下――エリザが熱い眼差しで私を見ていた。
いや、それよりも驚きが大きすぎた。
まさかの副帝。
黄金とか財宝とか、男爵から一つ昇進して子爵になるとか。
いろいろ予想してたけど、全部外れだった。
今まででも十分恵まれていると思っていたけど。
SSSランクの人生は、まだまだ私が想像もしていなかった上があるみたいだった。
第一章終了です、ここまでで
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