10.善人、押しかけられる
屋敷の庭で、景色がよく見えるところに作られた涼亭。
私はメイドのアグネスに給仕を受けながら、テーブルの上に置いてあるソウルイーターワクチンを眺めていた。
「何かお悩みですかご主人様」
メイドのアグネス。子爵令嬢であり、貴族達が同時期にこぞって送り込んできた令嬢メイドの一人だ。
アメリアだったらここで何もいわない、聞かないのだけど、彼女は違って、多分思ったままの事を私に聞いてきた。
人に話すと解決の糸口を見つけやすいのは経験上分かっているので、私は普通にアグネスに答えた。
「これの応用ってもっと他に出来ないのかな、って思ってね」
「他にですか?」
「これの説明はした?」
「はい。鷹狩りの場にもいました」
「そっか、なら話は早い。あの時のソウルイーター……ドラゴンを倒す方法をまとめた魔導具がこれなんだ。これさえあれば例え赤ちゃんでもあのドラゴンを倒すことが出来る」
「さすがご主人様です!」
にこりと微笑んで、話を先に進める。
「これと同じように、魔導具の種類をどう増やそうかって思ってね。僕が飛び回るより、そこに住んでる人達が解決した方がいいから」
いろんな意味で。
「なにか『これだ!』って思う様なものはない?」
「大丈夫です! ご主人様が思いつくことならなんでもすごい事になります」
「そっか」
これもアメリアとは違った。
アメリアならここで根拠のない信じ方やお世辞を言わないんだけど、アグネスは違った。
まあ、本心からの言葉みたいだから、悪い気はしなかった。
私はアグネスの給仕を受けつつ、色々と考えた。
「ん?」
「どうしたんですかご主人様」
「門の方がなんか騒がしいね」
「あっ、本当ですね」
私と一緒に、アグネスは屋敷の門の方を見た。
柵型の門の向こうに若い少女がいて、その柵越しに一人のメイドが応対している。
少女が必死に何かを頼み込み、メイドはそれを断っている、って感じだ。
ちなみにメイドはチョーセンのようだ。
チョーセンかぁ……ちょっと任せるの怖いな。
「アグネス、ちょっと様子を見てきて」
「はい!」
私からの命令に、アグネスはものすごく嬉しそうな顔をしながら、門の方に小走りで向かって行った。
辿り着いたアグネス、話をしばし聞いて、また戻ってくる。
「どう?」
「えっと、ご主人様に会いたい、リネトラの村の人だそうです」
「うん。チョーセンともめてるのはなんで?」
「えっと……」
アグネスは眉をひそめた。
「下々の人にいちいち会うほど暇じゃない、だそうです」
「……なるほど」
頭痛がしそうだった。
私を持ち上げたいというのは分かるけど、それはちょっとない。
「アグネス、その人を連れて来て」
「はい」
アグネスは当たり前の様な顔をして頷いた。
こっちは同じ令嬢メイドだけど大丈夫みたいだ。
「チョーセンはどうしますか?」
「父上預かりになってるから……父上のところにいって、今のことを全部報告するようにっていって」
「分かりました」
アグネスは再び門のところに行って、私の言葉を伝えた。
チョーセンがすごく不服そうにして、抗議しようとばかりにこっちに向かってくる。
が、途中で止まる。
ある距離から前に進めなくなった。
私がかけた魔法だ。
鷹狩りの一件のあと父上に任せたのはもちろんだけど、同じ屋敷の中でも近づけないように、念の為にそういう魔法を掛けておいた。
今でもまだ伝染は完全に収まっていないチョーセンのしでかしたこと、罰はしっかりと、ということだ。
どうしても私に近づけないチョーセンは、やがて諦めてトボトボと屋敷の中に戻って行った。
それと入れ替わりで、アグネスが村娘を連れてくる。
「リ、リリィ・カナタって言います」
村娘――リリィは私の前にやってくるなり、ものすごくたどたどしい動きで、膝をついて礼をとった。
「そういうのは気にしなくていいよ。慣れてないでしょ」
「でも、領主様に失礼があるといけないって」
「僕はそう言うの気にしないよ。それよりも、僕にあいたい事って? 村にまた何かあったの?」
「あっ、大丈夫です! 本当に領主様のおかげで、みんなはもう畑に出られるようになりました」
「それはよかった。じゃあなんで?」
聞き返すと、リリィはまだ少しの恐縮さを残しながら、しかし思い切った一大決心の表情で私に言った。
「領主様の元でご奉公させてください!」
「僕の元でご奉公……って事はこういう感じの?」
私はそういい、隣に立っているアグネスをさした。
するとリリィはものすごく恐縮しきった顔で、手を交互にブンブン振って。
「そ、そんなの恐れ多いです。小間使いでもはしためでもなんでも! 領主様にご奉公させて下さい! お給金もいりません!」
ものすごい勢い、剣幕だった。
それにすごい決意だった。
「どうして?」
「そ、それは……」
口籠もってしまうリリィ、顔を真っ赤に染め上げてしまう。
「りょ、領主様のところでご奉公するのが夢だったんです! でも……今までは機会がなかったから」
「なるほど」
多分……まっすぐな子なんだろう。
自分が言ってる事の意味もよく分かってないんだろう。
あの化け物のおかげで私に近づくきっかけ、口実が出来た。
実質そう言ってるようなものだけど、強い気持ちが先行しすぎてそれに気づいてない。
それが可愛くて。
また、好意が心地よい。
私は少し考えて、Vサインの様に二本指を立てた。
「働かせてあげるのはいいけど、条件は二つある」
「な、なんですか! なんでもします!!」
女の子がなんでもしますなんてうかつに言っちゃいけないよ……と思いつつ話を続ける。
「一つ目は呼び方。さっきからそう呼んでるけど僕は領主じゃない。領主は父上だ」
「あっ……ご、ごめんなさい!」
「ちゃんとこれからは直してね」
「はい! ……これから?」
もしかして、と期待の色がリリィの顔によぎる。
「そして二つ目、給金はちゃんともらうこと……ただで働かせては僕のメンツに関わるから」
「……はい!」
一瞬きょとんとした後、リリィは嬉しそうに頷いた。
よし、後はアグネスにとりあえずつれてってもらって、メイド服の採寸でも――。
「やっぱり……領主様すごくやさしいです……」
……。
思わず苦笑いした。
猪突猛進じゃない、察しのいい子だ。
押しかけてきた主張の強い子だけど、働かせるのは問題ないだろう、と私は安堵――したのだが。
リリィが押しかけメイドになったことを知って。
「なぜあの様な平民が!」
と、チョーセンが、私のいないところで発狂したみたいだった。
こっちはまだまだやっかいが続きそうだ。