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09.善人、魔龍ワクチンを作る

「アレクサンダー様!」

「やあ、よく来たねシャオメイ」


 屋敷の書斎、メイドから来客があると言われた後、現われたのはシャオメイだった。


 シャオメイ・メイ。魔法学校の生徒だ。

 出会った時は自信が無くておどおどしていた彼女も、すっかり成長して大人びてきた。

 物静かなのは変わらないが、立ち居振る舞いに一本通った「芯」みたいな物がついてきた。


 そして何より。


「また魔力が強くなったね」

「そ、そうなんですか」

「うん、見てると分かるよ。力がみなぎってる。クレオパトラって知ってるかな?」

「えっと、大昔の美人さん……でしょうか」


 答えるシャオメイ、こういう時間違いを恐れておどおどになるのは変わらないな。


「うん。史上最高の美女、世界を変えて時代のヒロイン。その人は魔法こそ使えなかったけど、人間を遥かに超越した魔力を持っていたと言われているね」

「えっと……自分で魔力回路を作れなかった人、なのでしょうか?」

「そうみたいだね。僕がキミたちに教えたムパパト式で構築する様な魔力回路。これを生まれつきどうしても構築できない様な人っているよね」

「はい」

「クレオパトラがそうだった、でもそうなのにもかかわらず強大過ぎる魔力を持っていた。そうすると、膨大な魔力は体の中で巡って、ひたすら肉体の活性化だけに役立った」

「だから美人さんだったのですね」

「という説があるね。昔の人だから残ってる情報で判断するしかないけど」

「でもあってると思います!」

「そう?」


 シャオメイにしては珍しくはっきりとした口調で言い切った。


「はい! だってアレクサンダー様が、前よりもずっと……」


 シャオメイが頬を染めてうつむいてしまった。


「ずっと?」

「わ、私よりもずっと魔力がおすごいからです」

「ありがとう。最近ちょっと鍛えててね」


 ちらっとそばに置いている賢者の剣と、足元うっすらと出ている影を見た。


 影の中にいるロータス、刀身が煌めく賢者の剣。


 自動回復と自動消費、今の私は24時間、常に自動で魔力のトレーニングをしている状態。

 多分、ここしばらくで一割も魔力の最大値が上がったはずだ。


「そういえば、シャオメイはどうしてここへ?」

「そうでした、すみません!」


 シャオメイは慌てて一回パッと頭を下げてから。


「今日はアレクサンダー様にお願いがあってきました」

「お願い? 言って、シャオメイのお願いならできる限り聞くよ」

「ありがとうございます! その、研修……に、置いてもらえませんか」

「研修。シャオメイそろそろ卒業なの?」

「はい!」

「なるほど」


 研修というのは、魔法学校で卒業間近になった生徒達が、軍なりギルドなり貴族の屋敷なり、現場に出向いて実地で働き、学ぶことだ。


 皇帝の最後の砦となる魔法学校は、戦力の充実と様々なパイプを作る為に、生徒達を研修に送り出すことに積極的だ。


 それはそうとして。


「そうか、シャオメイもそろそろ卒業か。初めてあったときの事が今でも記憶に新しいよ」

「はい……」


 シャオメイは頬を染めてそっとうつむいた。

 いかんいかん、これはちょっとじじ臭かった。


 シャオメイは今の私(、、、)よりも年上なんだから、これはないな。


「うん、分かった。いつでもおいで」

「ありがとうございます!」


 シャオメイは大いに喜んでくれた。

 感情が高ぶるとよりよくわかる。


 彼女の肉体から活性化した魔力が滲み出ているのが。


 前よりも更に強くなったシャオメイ。

 研修に来たら、更に色々教えてあげよう。


 そんな事を考えている内に、ドアがノックされた。

 切羽詰まった感じの、焦った感情が伝わってくるノックだ。


「どうぞ」

「失礼します」


 入って来たのはメイドのアメリアだった。

 彼女は私の客であるシャオメイにまず一礼してから、こっちを向いた。


「どうしたのアメリア、キミがそこまで焦るとは珍しい。


「申し訳ありません。危急の要件でございます」

「危急? なんだい」

「ソウルイーターがサイケ村に発生したとのことです」

「すぐに行くよ」


 私も、自分の表情が一瞬にして変わったのを感じた。


     ☆


 サイケの村。

 アレクサンダー同盟領の中でも、元からカーライル領という、私がずっと前から手入れをしている村。


 そこに急行して、発生したソウルイーターを退治した。

 鷹狩りの時と同じように、ホムンクルスをつくって、魂を一旦抜いて、それから母体に戻す。


 既に攻略法が確立しているソウルイーターは、退治するだけならどうということはない。


 一方で、ソウルイーターに感染(、、)していた婦人は、人の姿に戻って、畑のど真ん中でうつ伏せの状態で倒れていた。

 その婦人の夫がすっ飛んでいき、代わりに、


「ふう」

「ありがとうございます!」


 別の男が私の元にやってきて、深々と頭を下げてお礼をいった。


「キミは?」

「あれの兄です。妹を助けてくれて本当にありがとうございます!」

「そっか。それよりもこの村には他に妊娠している人はいるの?」

「え? どうしてそんな事を……」

「……ああ」


 自分が分かってるから相手も分かってる前提で話してしまった。

 あれは知らない人から見ればただの凶悪なドラゴンか。


 私は状況をサッと確認した。


 村の建物は三分の一が崩壊、畑も大半がぐちゃぐちゃだ。


 それをやったのは、たった一匹の魔龍。

 ソウルイーター一匹だ。


 それはつまり。


「あのドラゴンは妊婦に取り憑いて変身させてしまうんだ。だから多分他にいないと思うんだけど」

「え、ええ。そうですね。俺が知ってる限りおめでたなんて話はないです」


 こういう農村での子供はそのまま労働力になる、また、人間の原初的な感情として子供が生まれることをより喜ぶ。

 隠すことはまずない。


 彼がそういうことは、やっぱりいないということだろう。


「だったらこれでもう大丈夫だよ」

「ありがとうございます。……」

「どうしたの浮かない顔して」

「えと、妊婦に取り憑く、んですよね」

「うん」

「今はまだだけど、俺もそろそろ子供つくんなきゃって思ってたから」

「そっか。その度にこれじゃダメだよね」

「はい……」


 危惧する所は分かった。


 賢者の剣から得た情報だと、ソウルイーターは一種の伝染病に近い。

 あの鷹狩りの場で一度解き放ち、複数に「感染」したことで、国中に広まる可能性が高い。


 実際に広まって、このサイケ村が半壊した。

 それはつまり、これからも同じことが起きる。


「予防の方法を考えるよ」

「あ、ありがとうございます!」


     ☆


 屋敷に戻って、書斎に戻ってきた私。

 一人になって、予防策を考えた。


 ソウルイーターの退治法は確立してるんだ。

 ホムンクルスを作って、一旦魂を退避させて、胎児に魂がなくて仮死になる状態を作り出せば、喰らう魂がなくなったソウルイーターは消滅する。


 失敗はない、私がやれば危険は無い。

 そして、魔力回復がついた今、たいした労力でもない。


 だが、問題はある。

 発生から毎回、解決するまでに時間がかかることだ。


 ソウルイーターが発生して、助けを求めて村人が私の所に駆け込んでくる間、その度に村がめちゃくちゃになる。


 むしろそっちの対策を考えなきゃならない。


「ふう」


 私がため息をついた後、ドアがノックされた。


「どうぞ」

「失礼します」


 入って来たのはシャオメイだった。


「シャオメイ、まだいたんだ」

「はい。もう帰る所でしたけど、メイドの人がアレクサンダー様が疲れてらっしゃるって言ってたので」


 よく見ると、シャオメイはトレイにお茶とケーキを乗せていた。

 疲労回復に効くハーブティで、私には効果は無いが、気持ちの癒やしになる一品だ。


 いつもならメイドの誰かが持ってくる。

 噂ではかなり熾烈な当番争いをしているらしい。


 それを、シャオメイに預けて持ってこさせたって事か。


 ちなみに、メイド達は私のバイオリズムをある程度わかる様になっている。

 彼女達の要求で、私の影に入ったことのあるメイドには、疲労や空腹、喉の渇きなど、メイド達に伝わるようになってる。


 私に奉仕したいメイド達が、それを察して必要な時に必要なものを持ってきてくれる。


 それを代わりに持ってきたシャオメイは、ケーキを皿ごと持ち上げて、魔法を掛けていた。


「何をしてるのシャオメイ」

「はい! このケーキは召し上がる直前に底を少し冷やすとより美味しいとメイドの人がいってましたから」

「そっか。シャオメイは氷の魔法が得意だもんね」


 底だけ、ピンポイントに特定箇所だけに魔法を掛けるのはかなりの高度な技だ。

 それをシャオメイは普通に出来るという雰囲気を出している。


「アレクサンダー様のおかげです」

「ううん、シャオメイの才能だよ。だって僕はいろんな人に教えてるけど、今でも魔導具なしで永久凍結はシャオメイ一人だけ……だ、もん?」

「アレクサンダー様?」


 急に「とまった」私に、シャオメイが不思議そうにのぞき込んでくる。


 シャオメイを見つめる、彼女と出会った頃の事が記憶に蘇る。


「そっか、魔導具か」

「え?」

「ありがとうシャオメイ! キミのおかげだよ」


 シャオメイの肩をつかんで、お礼を言う。

 そしてきょとんとする彼女を置いて、私は書斎から飛び出した。


「えっと……よく分かりませんが」


 部屋の中に残ったシャオメイは、嬉しそうにはにかんだのだった。


「アレクサンダー様の、お役に立てたみたいです……」


     ☆


 次の日、リネトラの村。


 この日もソウルイーターが現われたという情報を聞きつけて、私は村に急行した。


 昨日のサイケ村よりも屋敷から遠い分、連絡が(、、、)遅くなってより被害が大きかった。

 私が駆けつけたときはアスタロトのほこら含め、村がほぼほぼ全壊していた。


「お願いします! どうか、どうか俺たちを助けてください」

「お願いします!」


 避難した村人が一斉に私にすがった。

 そんな村人達に、私は一つの球を差し出した。


 私の手のひらにすっぽり収まる、リンゴくらいのサイズのたま。


「こ、これは?」


 私が差し出した球に一番近い村人が聞き返してきた。


「これをあのドラゴンに向かって投げてみて」

「え? でも」

「大丈夫、やってみて」

「は、はい……」

「俺がやる!」


 戸惑う男に変わって、別の男が名乗りを上げた。


「キミは?」

「あいつの……あいつに殺された嫁の仕返しをさせてくれ!」

「……なるほど」


 そういう誤解をしてるんだ。

 確かに、ソウルイーターの事を知らなければ、妻をドラゴンに食い殺されたと誤解しても仕方ない。


 まあ、誤解はすぐに解ける、今何か言う必要もない。


 私は球をその男に渡した。


「しっかりね」

「ああっ!」


 受け取った男は意気込んで、まなじりの涙を拭って、未だに暴れてるソウルイーターに向かって行った。

 約三十メートル、大人の遠投が届く距離になると、男は


「くたばれ化け物!!!」


 怒号を放ちながら、球を投げつけた。


 球はソウルイーターに飛んでいくと、その目の前で割れて、光が溢れ出した。


 まばゆい光、その場にいる全員が目を覆った。

 光は数秒でピークに達して、徐々に収まっていった。


 視界が戻ってきた先で、残っていたのは。


「クレア!?」


 畑のまん中に倒れている男の妻だった。

 男は妻にかけよった、途中で躓きながらも必死に駆け寄った。

 そして、抱き起こす。


「クレア! ああ……本当にいきてるのかクレア……」


 抱き起こし、意識がないながらも妻が生きてる事を理解して、感激の涙を流す男。


 男に渡したのは魔導具だった。

 昨日、私が作ったオリジナルの魔導具だ。


 シャオメイを見て、魔導具の存在を思い出した。


 かつて、魔法学校の悪ガキどもは、魔導具を使って超高等魔法である永久凍結を使えた。

 魔導具というのは、作り方次第で魔法が使えない人でも「魔法を使う」ようにすることが出来る。


 そして今の私は、やりたいことさえはっきりすれば大抵の事は出来る。


 そうして、一つの球の中にホムンクルスの素材と、それを作る魔法を、ハーシェルの秘法の抜き差しをまとめた。


 ソウルイーターが伝染病なら、その球はさしずめワクチンだ。


 男が妻を抱きしめながら感動している傍らで、私は量産した――効果を今確かめた(ワクチン)を他の村人に渡す。

 量産は既に出来ている。


「またあのドラゴンが出たらこれで退治して」

「「「――ありがとうございます!」」」


 これでこの村はもう大丈夫。

 後はこれを、領内に広く配布するだけだ。

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ワクチンは予防でしょうよ
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