08.善人、魂を解放する
裁きの雷で空が黒めいたまま、私は高台に上がって、作法にのっとって一礼した。
「かしこまらずとも良い、余のアレクサンダー卿。余と卿の間にそのような作法は必要無い。そうであろう?」
かしこまった玉座に座っている皇帝エリザベート――エリザがいった。
周りにいる大臣やら親衛軍の兵士やらは、揃って羨ましそうな顔をした。
皇帝にそこまで言われるだけで、もはや名誉的な事なのだ。
「よくぞ魔龍どもを退治してくれた」
「はい」
「そなたには改めて褒美を取らせなければならんな」
「陛下の先のお言葉で充分です」
「そうか」
エリザは満足げに、皇帝として満足げに頷いた。
周りの大臣達も同じような表情だ。
皇帝の言葉に、「丁度いい具合で謙遜する」というのも、皇帝と貴族が公式の場で必要な事だ。
「ううむ、初めて間近でみるが、噂以上に聡明なお方だ」
「その歳と力でおごることなく振る舞えるのは中々出来る事ではありませんな」
「まさしく帝国、いや陛下の宝」
口々に私をほめてくる。
半分以上はエリザに対するごますりでもあるから、適当に聞き流しておいた。
「ガイル」
「はっ」
親衛軍の鎧を着た、偉そうな中年の男が進みでて、エリザの前に立った。
「原因の究明はそなたに任せる。アレクサンダー卿の活躍だ、見事なピリオドを打ってみせろ」
「御意!」
「あっ」
私が思わず声を上げると、全員の視線がこっちに向けられてきた。
「どうしたアレクサンダー卿、ガイルでは不安か?」
「ううん、そうじゃありません。実は犯人はもう分かっています」
「ほう?」
「その……」
この場で言っていいのかと少し迷った。
チョーセン・オーイン、オーイン公爵のご令嬢だ。
それを告げてしまうと、公爵家といえど、最悪取り潰しの可能性すらある。
それはさすがに重すぎる。
こういう時は……。
私は影を伸ばした。
メイド達が揃って私の影の中で夜を過ごすようになり、私のメイドと父上のメイドがわかれるようになってから編み出した技だ。
全員が私の顔に注目していた、影が伸びる事など誰一人として気づいていない。
空が暗くて影が薄いのもプラスに働いた。
その影はまっすぐエリザに伸びいていき、繋がった。
「ん……」
エリザがビクッとした。それでこっちも繋がったと確信。
そのまま、彼女に話かける。
(犯人はチョーセンだよ)
(なるほど、言えないわけがそれね)
(どうする?)
(私が彼女と今会うのもまずいわ。直には裁けないから……)
エリザは少し考えて、今度は口を開いた。
「よかろう、その者の沙汰は卿に任せよう」
「いいんですか、陛下」
「副帝にして国父、そして余が最も信頼とする帝国の宝だ」
さっき誰かがごますりに使った言葉を持ち出して――先回りするエリザ。
「文句などあるまいよ」
「分かりました」
私は考えた。
チョーセンへの罰。
事が事だし、ちゃんと本人が「痛い」と思う様な罰を与えないといけない。
じゃないと何度も繰り返される。
それに、今野に放ったらまずい気もする。
さて、どういう罰に――。
「よろしいですか、ご主人様」
私の影から顔だけ出したアメリア。
鷹狩りでメイド達はほぼ全員連れて来て、私の影の中に入れたままだ。
そのアメリアが顔を出して発言を求めた。
もちろんこの場の主は。
「いいですか、陛下」
「差し許す」
エリザが鷹揚にうなずくと、アメリアが完全に私の影から出てきて、ピン、と背筋を伸ばしてたった。
周りがざわざわした。
影の中から人が、という魔法や技は大半の人が初めて目にするようだ。
「どうしたのアメリア」
「罰は、アレク様が与えては効果が半減、いえ逆効果です。そういうものは本人が嫌がる事でなければなりません」
「アメリアとやら」
「はい」
エリザがアメリアを呼んだ。
屋敷の中とは立場が180度逆転している二人、まるで初対面のように互いに振る舞った。
「聡いな、その頭脳で生涯卿に尽くせ」
「ありがとうございます」
アメリアがメイドとしてしずしずと頭を下げると、「おー」と小さく歓声があがった。
繰り返すけど、皇帝の褒め言葉というのはそれだけで褒美だ。
人や家によっては、言われた言葉を書き留めて額縁に入れる人もいる。
そんなアメリアは羨望の視線を集めた。
「それでアメリア、どうするの?」
「旦那様をここへ」
「父上?」
不思議に思いながらもエリザを見る、許可を取る。
エリザは静かにうなずいた。
伝令はすぐに走り、隅っこで完全観戦モード、くつろいでいた父上がやってきた。
「召喚に応じ参上いたしました」
父上は作法にのっとり、片膝をついてエリザに一礼した。
そしていったん立ち上がり、今度は私に向かって片膝礼をした。
公の場では、父上は公爵だ。
そしてエリザは皇帝、私は副帝。
父上はこの二人に礼をとった。
「アメリアとやら、申せ」
「はい。旦那様……」
アメリアは父上にそっと耳打ちした。
チョーセンの名前は出せないから、これが正しい。
近くにいた私の耳には。
(チョーセンに罰を与えます、しばらく旦那様のメイドとして扱って下さい)
(そうか、アレクじゃなくて私のメイド。アレクにご奉仕も出来なくする、と)
(はい)
(任せろ。屋敷にいても会えないように配置しよう)
と、二人のやりとりが聞こえた。
話を終えた父上は、再びエリザに向かって。
「なるほど、それは効果的だ。やるなアメリア」
「恐縮です」
「御意にございます陛下、この件はお任せ下さい。犯人が気が狂うほどの罰をあたえましょう」
「うむ」
エリザが頷くと、父上は台から降りていった。
早速チョーセンを確保しに行くんだろう。
それと入れ代わりに、別の兵士が上がってきた。
兵士は親衛軍の鎧を着ていて、まっすぐ上司のガイルの所に走った。
ガイルに耳打ちをすると、そのガイルが眉をひそめた。
「陛下」
「どうした」
「倒れた夫人らの意識が戻らぬと、随所より」
「ほう?」
エリザは私の方をみた。
「あっ、すみません! 今すぐに起こします」
しばらく様子見をするつもりだったんだけど、台に上がったあとの出来事が多すぎて、すっかり忘れていた。
私は影の中からメイド達を呼び出した。
アメリアの時と同じ、メイド達が次々と影から出てきて、周りの感嘆の声をさらう。
「行って、僕のメイド達」
メイド達は応じて、台を降りて、下に安置しているホムンクルスを運んできた。
それを私の前に並べる。
ホムンクルス、赤子の魂が入った器。
それらに手をかざして、ハーシェルの秘法を使う。
すると、魂が一斉に飛び出して、天にまずのぼっていく。
そして、元の場所――母親の腹に向かって散っていった。
「おおお、これは……」
「美しい……」
「まるで天がつかわした子のようだ……」
感嘆する大臣達。
魂が散ったのとほぼ同時に、雲間が晴れて、虹が空に架かった。
虹に乗ってやってきた魂、という風に見えて。
あっちこっちで、むしろ羨ましい、という声が次々と上がってきたのだった。