07.善人、パンデミックを阻止する
鷹狩りの場が一瞬にしてパニックになった。
あきらかに強すぎるモンスター。
鷹狩りは複数人が競い合うという性質上、「そこそこのモンスターを数多く」用意するのが普通だ。
こんな強力なモンスターが出るなんて誰も予想しておらず、更に咆哮で一部の女性が倒れたことで混乱に拍車がかかった。
このまま倒してもいいけど、私はまずチョーセンに向かって行った。
「チョーセン!」
「カーライル様! 早くあれを倒して下さいまし」
チョーセンはまるで無邪気な、何も悪い事をしてないような、そんな笑顔で私を出迎えた。
「何だあれは、なんであんなものを出す」
「カーライル様のためです! 普通の雑魚モンスターじゃカーライル様の強さが際立ちませんわ。カーライル様にはこのソウルイーターくらいでなくては」
「……僕をアピールするためだけに?」
「もちろんですわ!」
チョーセンは言葉通り、さも当たり前の事の様に胸を張って、威張って答えた。
マジか……と、普段使わないような言葉がこぼれそうだった。
そんな事のために、たったそれだけのために。
この場にいる全員を危険にさらしたというのか。
この人は……いや。
今はそんな事を考えてる場合じゃない。
まずはあのドラゴンを止めるべきだ。
振り向き、ドラゴンの方を向く。
いきなり現われた強大なモンスターに何人もの青年貴族達が群がっていった。
そして、全員が倒れて呻いていた。
唯一、ホーセンだけが立っている。
「やっかいだなあこいつは」
「ホーセン!」
「おう義弟。お前がやるか」
「うん」
「任せる」
二刀でドラゴンと対峙していたホーセンは、私がやってきたことで、武器を鞘に戻した。
筋肉がリラックスして、完全な観戦モードだ。
チョーセンと同じく「信頼」が感じられるが、チョーセンと違って迷惑な感じがしないのは何故だろう――おっと。
そんな事を考えてる場合じゃない、まずはこいつだ。
私は地面を蹴って、空高く飛び上がった。
「行くよ」
(応!)
私は七色に明滅する、賢者の剣を抜き放った。
「来い! 裁きの雷」
瞬時に空が黒めき、私の体の倍以上の稲妻が落ちてきた。
それを賢者の剣で受け止め、帯電する剣を振りかぶり、ドラゴンに向かって突進。
ドゴーン!!!
大地を揺るがす程の一撃、稲妻をまとった斬撃がドラゴンの脳天を両断した。
私が着地するのとほぼ同時に、ドラゴンがドシーンと倒れ、動かなくなった。
…………。
「「「おおおおお!!!」」」
歓声が沸き上がる、その場にいる全員が沸いた。
「よくやったカーライル卿」
ドラゴンの出現後、親衛軍にがっちりガードされたエリザが、立ち上がって親衛軍を割って、私をねぎらった。
皇帝から賜った褒め言葉が、歓声をますます強くさせる。
ちらっと見ると、チョーセンがドヤ顔と、うっとりした顔の混ざったような表情をしていた。
図らずも彼女のもくろみ通りになったのはどうかと思うが、倒すべき物は倒さなきゃならなかったのだから――。
「「「きゃあああ!」」」
突然、離れた場所から黄色い悲鳴が上がった。
その場にいるもの達が一斉に悲鳴の元に視線を向けた。
一人の女性がいた。服飾からして伯爵夫人だろう。
おそらくさっきの咆吼で気絶した伯爵夫人は、地面に倒れたままビクン、ビクンと跳ねるレベルでけいれんし、その体に名状しがたいオーラ――力の様なものが集まっていた。
直後、変容が起きる。
伯爵夫人が「変身」したのだ。
体の中から外へ向かって、膨らむようにして姿形を変えた。
一瞬で、伯爵夫人がドラゴンになった。
さっきとまったく同じドラゴンだ。
悲鳴が更に起きる、周りの貴族や使用人達が逃げ惑う。
「シェリル! 大丈夫なのかシェリル!」
その中で一人だけ逃げなかった男がいた。
服装からして伯爵――きっと彼女の夫だ。
必死にドラゴンに変身した妻に呼びかけるが、ドラゴンは夫に構わず、巨大な前足を振り下ろした。
「――っ!」
とっさに駆け込む、賢者の剣で重い一撃を受け止める。
ミシッ! って音が聞こえた気がして、両足が靴分地面にめり込んだ。
「こ、国父様!」
「逃げて!」
「しかし……」
「はやく! 僕がなんとか――なんとしても戻すから!」
「お願いします! 彼女と……お腹の中にいる子供を!」
「――っ、うん!」
頷くと、伯爵はようやくにげて、この場から離れた。
ドラゴンの追撃が飛んで来た。
大きく口を開けて、灼熱の炎を吐いてきた。
賢者の剣を構えて、炎を吹き飛ばす。
とりあえず黙らせよう、そう思って剣を構えた――次の瞬間。
「きゃあああ!!」
「こっちにも出たぞ!」
「こ、こっちも変化してる!」
あっちこっちから悲鳴と焦りの声が聞こえてきた。
見ると、やはり倒れている女性達が、次々とドラゴンに変化しようとしている。
あの咆吼は何かの感染症みたいなものだったのか!?
「チョーセン! ……くっ」
どんなモンスターなんだと聞こうとしたら、やらかした張本人であるチョーセンがへたり込んでいるのが見えた。
予想外の出来事、修羅場の入り口に彼女はへたり込み、放心し、小刻みに震えていた。
「聞ける状態じゃないか……どうすれば」
(――)
賢者の剣から情報が頭の中に流れ込んできた。
さっき、チョーセンとの短い会話の中にモンスターの名前が出てたのを賢者の剣はしっかり拾っていた。
ソウルイーター。
魔龍の一種で、戦闘能力が極めて高いのはもちろんの事、魂を喰らい、増殖する事で個体の数を増やすモンスター。
喰らう魂は、赤子。
母親の腹の中にいる赤子だ。
咆吼を聞いた妊娠中の母体を使って数を増やすのが、このソウルイーターだ。
見れば、気絶しているのも今まさに変化しようとしているのも、みんな女性で身重らしき人も何人かみえる。
「夫人」だけじゃなくてメイドも倒れ変身の途中にあるのは……とりあえず考えないことにした。
まずは解決。
ソウルイーター。
母体と赤子の魂で変化。
ということは解決方は一つ。
「いけるよね」
(応!)
賢者の剣のお墨付きをもらって、私は行動に移した。
素材袋を取り出す、中に手を入れる。
ホムンクルスを、次々と作って袋から出す。
「光ってる……」
「輝いているわ……」
悲鳴と感嘆に包まれて、倒れた人数分のホムンクルスを作り出す。
そして、魔法――。
「――っ!」
瞬間、ひどい頭痛がした。
魔力の使いすぎでも攻撃を受けた訳でもない。
忠告。
その二文字が頭の中に浮かび上がってきた。
「そうはならない」
空を――天界がある方向をちらっと見て、私はきっぱりとした口調で言い放つ。
「銀の災厄のようには――ならない!」
そう、言い切って。
私は、ハーシェルの秘法で、倒れた女性全員から、子供の魂を抜きだした。
魂を抜いて、ホムンクルスにひとまず入れる。
母体から子供の魂がなくなったことで、ソウルイーターが変化する条件を満たせなくなって、ドラゴンが場から完全に消えてなくなった。