06.善人、かっこよさがメーターを振り切る
父上の執務を出て、書斎に戻る。
領地の事で父上に確認する事があった。
相変わらず私をものすごく持ち上げてくるが、領地の統治に関してはまともな父上だ。
その指示をもらって、私の書斎に戻って、命令を出そうとする。
その途中。
廊下を歩いているだけで、やたらと視線を感じた。
「……」
「……」
「……」
すれ違ったメイド達、物陰に潜むメイド達。
私と遭遇したメイド達は、全員、無言でうっとりとした目で私を見つめていた。
「どうしたんだろ」
「それはねご主人様」
いきなり背後から声をかけられて驚く私。
「びっくりした。エリザじゃないか」
そこにいたのはメイド姿のエリザだった。
他のメイド達と違って、エリザはいつも通り話しかけてきた。
といってもメイド姿の「いつも通り」だけど。
「それはねって、どういう事なの?」
「みんなご主人様に見とれてるからだよ」
「僕に?」
「うん。ほらそれ」
エリザはすぅと手を伸ばして、私が背負っている賢者の剣をさした。
出歩いている時は常に背中に背負っている、今や相棒になってる賢者の剣。
「これ?」
「光ってるそれ、ご主人様が歩くと光を曳いて、残像を残して進むんだ」
「ふむふむ、そういえば」
自動魔トレの副次的な効果で、賢者の剣はエリザが話したような見た目になった。
「タダでさえ格好いいご主人様なのに、ますます格好良くてメイド達がみんな見とれてたってこと」
「はあ」
周りを見る。
そう言われると、確かにそれっぽい反応だ。
物陰や曲がり角に隠れたり、窓を拭くそぶりをしつつ私をちらっと見たり。
メイド達は、エリザのいうような「見とれてる」表情をしてる。
悪い気は、しなかった。
「そうだ、ご主人様、はい」
「これは?」
エリザが封書を一通差し出してきた。
受け取って、裏を見る。
皇帝、エリザベート・フォー・シーサイズの印で封がしてある。
「皇帝陛下からご主人様にだよ」
「君じゃないか」
「なんの事? 私はただのメイドだよ」
すっとぼけるエリザ。
あくまで自分は皇帝じゃないって言い張りたいみたいだ。
まあ、別にいいんだけど。
私はエリザの目の前で、皇帝陛下の封書を開いた。
「鷹狩りを、開く?」
「うん」
満面の笑顔で頷くエリザ。
いや最後まで設定こだわろうよ、と私は苦笑いしたのだった。
☆
鷹狩りとは、貴族の遊びであり、社交の場でもある。
その名の通り、かつては狩猟性の高い鷹を飼い慣らして、野外でその鷹のハンティング能力を競いあう遊びだ。
鷹のハンティング能力はそのまま貴族の能力、部下を動かす能力と見なされたようだ。
時代が変わって、今の帝国の成り立ちの性質上、鷹狩りの名前はそのままだが、内容は大きく変わった。
あらかじめ用意したモンスターを放って、貴族が自らそれをハンティングして能力を示す。
より直接で、危険で、そして能力を示せる内容に変わっていた。
☆
帝都郊外、普段は何もない、だだっ広い草原に、大勢の人間が集まっていた。
帝国の各地から貴族とその部下や使用人が集まってきている。
さらには皇帝とその親衛軍、鷹狩りを運営するスタッフ。
総勢、千人以上の人間が草原に集まっていた。
人の手で作られた、見晴らしのいい高台の上に、皇帝エリザベートがいた。
鷹狩りを宣言してからわずか一週間、ほとんど思いつきで招集したのにもかかわらず、貴族達は誰一人として腹を立てている様子とかはない。
むしろ全員がわくわくしている。
それもそのはず。
鷹狩りは皇帝の前でいいところを見せられる数少ない場だ。
かつては鮮やかな剣術で、準男爵から一晩で公爵に成り上がった者もいる。
集まった貴族達は全員がわくわく顔で、やる気満々だ。
「アレクは鷹狩りが初めてだったな」
カーライル家のスペース。
メイドや使用人に囲まれた中で、父上が私に聞いてきた。
「はい。今の陛下になって初めての鷹狩りだったはずです」
「うむ。前の陛下の時は月一くらいで開かれていたのだが、現陛下になってからはこれが初めてだ」
「父上のいいところが見られそうですね」
「いやいや、私は参加しないよ。今日はアレクのいいところを見に来たんだ」
そう話す父上は、メイド達の給仕を受けてて、完全にくつろぎモードだ。
周りの貴族達がウォーミングアップや精神集中に余念が無い中、父上の様なくつろぎモードなのはすごく珍しい。
「出ないのですか?」
「もちろん。アレクが活躍する姿を見るのが何よりも大事だからな!」
拳を握って力説する父上。
らしいというか、いつも通りというか。
そうこうしているうちに、鷹狩りが本格的に始まった。
参列者が作った広い輪――広場のまん中に、一度に数人の貴族が進みでた。
その後皇帝親衛軍が用意したモンスターを放す。
その複数のモンスターを、貴族達が倒した数を競い合う、という形だ。
「みんな、すごいやる気だね」
「そりゃそうさ」
父上が悠然と、しかし当たり前の事を話すような口調で答えた。
「特にやる気を見せているのが若い連中ばかりだろう?」
「そういえばそうだね」
「陛下がお若いから、それも狙っているのさ」
「なるほど」
皇帝エリザベート、帝国の最高権力者にして妙齢の美女。
おそらくはこの世界にいる、現時点で最高レベルの逆玉の相手だ。
青年貴族達がやる気を出すのは分かる。
「おっ、兄弟が出てきたぞ」
「本当だ」
前の組が引っ込んで、次の組の貴族が場にはいった。
ホーセンと、よく知らない貴族が数人。
「ホーセンも参加してたんだ……ってあんまり乗り気じゃないね。あくびとかしてる」
「そりゃそうだよ、兄弟は人の物に手を出すほどやぼじゃない」
「人の物?」
どう言う意味だろうと父上に聞こうとしたら、ホーセンの組がスタートした。
皇帝親衛軍が放ったモンスター達が、一斉に貴族達に襲いかかっていく。
貴族達が迎え撃つ中、ホーセンだけ動かなかった。
あくびをしながら、棒立ちをしている。
やがて、いつもより早いペースでモンスターが一掃される。
「……」
その一部始終を見ていた私は、立ち上がって拍手した。
周りの貴族がこっちを見た。
何故ここだけ拍手したのか分かっていない様子だ。
説明する必要はない、私が分かっていればいい。
と、思ったのだが。
「さすがだな、チョーヒ卿」
台の上で、同じく今までずっと静かに見ていた皇帝エリザベートが静かに口を開いた。
動揺の気配が走った。
今までの貴族達がこぞってアピールしていながらも、皇帝は物静かに、微笑みのまま見ていただけなのに、ここに来て口を開いた。
しかも、何もしていないホーセン・チョーヒをほめた。
どういうことなんだ? という空気が周りに充満していく中、エリザが更に続ける。
「卿の威圧に全てのモンスターが実質倒れていた。戦わずして勝つとは、さすが我が帝国最強の武人だ」
「それをばらさんでくださいよ、せっかくかっこつけたのに台無しじゃないか」
ホーセンが答えると、「はっ」とした空気が水面の波紋のように広がっていく。
「そうか、今までで一番早かったのはチョーヒ将軍がにらみをきかせてたからか」
「そしてちゃんと見抜いていた陛下」
「待てよ、ということは国父様が拍手したのも?」
ざわめきが走って、私に視線が集まってきた。
驚きと、尊敬。
それらがない交ぜになった視線を集めてしまう。
こうなるとちょっと恥ずかしい。
「チョーヒ卿には何か褒美を取らせよう」
「それなら陛下、俺の願いを聞いて下さいよ」
「申せ」
「次は義弟――アレクサンダー・カーライルの一人舞台にしてくれよ」
どよめきが更に強くなる。
それを押さえつける、エリザの威厳のある声。
「それでよいのか?」
「そろそろ、帝国最強が代替わりした所をみんなにしってもらわねえとな」
「よかろう。アレクサンダー卿」
「……はい」
返事をする私に、さっき以上に視線が集まる。
「チョーヒ卿、そして余の期待に応えよ」
「はい」
断れる状況じゃなかった。
私は前の組――ホーセン達がはけた場の中央に進みでた。
「「「わぁ……」」」
すると、今までとは質の違う、ため息があっちこっちから漏れた。
女達の声だ。
どういう事かとちらっと見ると、貴族の婦人や令嬢達、そして連れてきたメイド達。
その人達が、見覚えのある目で、うっとりとして私を見つめていた。
屋敷のメイド達と同じ目だ。
賢者の剣が曳く残光と私の姿に目を奪われているらしい。
場の中央に立つ。
千人以上の注目を浴びる。
そんな中、私は皇帝親衛軍の方を見た。
モンスターを放つ親衛軍。
その中に、見知った顔がいた。
「あれは……チョーセン?」
親衛軍の中に、何故かチョーセンがいた。
公爵令嬢で、今は屋敷にメイド修行できているメイド。
そして、前はローカストの件でやらかした人。
そのチョーセンが、金貨袋と、何かの箱を親衛軍の人間に渡していた。
金貨袋は多分間違いなく賄賂。
ならば箱は……。
すぐに分かった。
箱をもらった親衛軍は、それをひらいた。
瞬間。
「グオオオオオオオン!!!」
箱の中から、巨大なドラゴンが姿を現わした。
今までのモンスターの数百倍は強いモンスター。
それが出現して、咆吼を上げただけで。
私をうっとり眺めていた、女性達がばたばたと気絶してしまった。