04.善人、永久機関を手に入れる
メイドたちにお礼を言って、仕事に戻るように言いつけてから、私はローカスト改めロータスを連れて、書斎に戻ってきた。
「あの……」
「うん?」
部屋に入ってドアを閉めるなり、ロータスがおずおずと声を掛けてきた。
部屋の中に振り向くと、先に入ったロータスが床にやっぱり子犬の様に座って、伏しがちな上目使いで私を見つめていた。
「どうしたの?」
「ありがとう。ぼくを助けてくれて」
「気にしないで。それよりも体の調子は? どこか変なところはない?」
「大丈夫……あの」
「うん?」
ロータスは意を決した様子で、今度は顔を上げてまっすぐ私を見た。
「何かぼくに出来る事はありませんか?」
「出来る事?」
「ご恩を返したい、です」
「……そっか」
そんな事する必要がない、といっても納得しないんだろうな。
前世ローカストの記憶があるのならなおさらだ。
あれはまさしく厄災。
存在するだけで周りに災いを振りまく存在だった。
ロータスの心は今「恩返し」を切り出すような、本来やさしいものだ。
あの頃の自分に苦しんでいた。
だからこその恩返し。
そんな事する必要はない、はきっと逆に気に病む――やみ続けるだろう。
私は少し考えて、言った。
「じゃあ一つお願いしようかな」
「なんですか!?」
前のめりになるロータス。
「その前に下準備ね。あの机の上に上がって待ってて」
「はい!」
詳細は一切聞かされてないのにもかかわらず、ロータスはまったく迷いのない、意外にも俊敏で器用な動きで机の上に登っていった。
それを見たわたしは、素材袋に手をかける。
――びくっ!
ロータスがビクッとした。
体を小さくして、怯えている様な仕草をする。
「大丈夫、これは確かに君を封印した袋と同じものだけど。そういう目的で使わないから」
「は、はい……もしもそれが――」
「そうするつもりなら君に名前をつけたりしてないよね」
「……はい」
ロータスは目を伏せた。
嬉しそうで、申し訳なさそうで。
そんな複雑な表情だ。
私は改めて素材袋の中に手を入れて、中でホムンクルスを作って、そのまま取り出した。
ロータスとサイズだけ似せた、子犬型のホムンクルスだ。
それをロータスの横に置く。
それを不思議そうに、しかしさっきの警戒は完全に吹き飛んだ目で見つめるロータス。
「ぼくはどうしたらいいんですか?」
「じっとしてて。大丈夫、下準備で、すぐに戻すから」
「はい」
ロータスは素直に頷いた。
私はハーシェルの術を使った。
ロータスの魂をいったん肉体から剥がしてホムンクルスの中に入れて、すぐに元の肉体に戻してあげる。
「あれ? 戻っちゃいましたけど」
「これでいいんだ。いったん交換するのが条件だからね」
私はそう言って、今度は短刀を取り出した。
「次はこれ」
「刀、ですか?」
「これを使って僕の影を斬って。斬ったらそのまま中に入って」
「よく分かりませんけど……」
ロータスは小さく頷き、短刀を口でくわえて受け取った。
机からひょいと飛び降りて、私の影を斬って、中に入る。
これで良し。
しばらくして、ロータスが顔だけ出してきた。
「あの、これ……ものすごくすごいですけど、ぼくは何をすれば……」
影に入った者特有の語彙力の低下をスルーして、説明をして上げた。
「中にいればいいんだよ。中にいれば、キミに何か特殊能力があれば僕が使えるようになる」
「特殊能力ですか?」
「ドロシー」
呼びかけると、ドロシーはロータスの横から上半身だけ出してきた。
ドロシー本人に魔眼をロータスに向けて使い、その後影に潜ったあとで私もロータスに同じ魔眼を使った。
魔眼の効果、相手を金縛りにする。
ロータスは二度、表情の変化から金縛りを実感しているのが分かった。
「こんな感じ」
「ほわ……」
「つまり僕の影に入ってくれてるだけで役に立つんだよ」
「分かりました!」
話を理解できたロータスは大いに喜んだ。
影に入ってるだけって思った時はまさしく捨てられそうな子犬の目をしていたが、実際にドロシーと私の魔眼を立て続けに受けたことで、影に入っていればそれだけで――というのを納得してくれた。
「そういえば」
「はい?」
「キミの能力ってなに? あの瘴気は体質で、能力とかとはちょっと違うよね」
というかあるのかな、って言葉は呑み込んだ。
無かったら傷つくかもしれないから。
「はい! 魔法を使ってみて下さい!」
ロータス嬉しそうな表情のまま言って、私の影の中に潜った。
よく分からないが、魔法を使ってみよう。
机に向き直って残されたホムンクルスの肉体に手をかざす。
とりあえず……物質変換の魔法を使ってみよう。
ホムンクルスの子犬が、たちまち黄金の子犬に変わった。
魔法を使った次の瞬間、私の体が淡く光った。
体の中――芯ともいうべき奥の奥から発してきたような、淡い光。
同時に体感した。
「魔力が……回復した?」
自分の手の平を見つめる、体の奥を感じ取る。
間違いない、今消費した魔力が回復したのだ。
「どうですか?」
ロータスが影の中から顔を出した。
「魔力が回復したけど、どういう事なんだ?」
「それがぼくの能力。魔法を使うと、魔力が自動で回復するんだ」
「魔法を使うと魔力回復?」
「うん、どんな魔法を使っても一割回復するの。……昔はそれで、止まりたいのに止まらなくて……」
「なるほど、上手く使えば永久機関だもんね……」
私は再び自分の手の平を見つめた。
魔法をつかうと魔力が一割回復。
ロータスの能力は、これまでの中でも群を抜いて強力なものだった。