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02.善人、倒せなかった敵にリベンジする

 次の日、領地から上がってきた報告書で気になる点があったので、実際に現地に行って確認しようと思った。

 それで書斎から廊下に出ると、少し離れた所にメイド達が集まってて、なにやらもめている事に気づいた。


 私は近づき、声をかけた。


「どうしたんだい」

「あっ、アレク様!」


 メイドの大半がびっくりして振り向いた。

 よく見ればメイドの中にエリザもチョーセンもいる。


 大半のメイドがチョーセンを取り囲んでいる、という構図だ。


「この空気は穏やかじゃないね。どうしたんだい?」

「アレク様」


 大半のメイドが気まずそうに口を閉ざす中、エリザだけが毅然として答えた。

 こうしている時は皇帝ではなくメイドであると自らを規定しても、中身は一国を統べる決断力のある皇帝陛下だった。


「うん、どうしたんだい?」

「封印の袋が紛失しました」

「封印の?」

「ローカストの封印です」

「――っ!」


 顔が強ばったのが、自分でも分かった。


 ローカスト。

 かつて討伐を頼まれながらも、倒しきれなかった相手。


 多分、私の人生の中で唯一「倒せなかった」相手だ。


 攻撃がまったく通じなかったので、私の魔力によってほぼ無限の容量がある袋に閉じ込めた。

 その後新しい袋を作って、あの袋を「封印」だとして屋敷に保管するようにした。


 今の今まですっかり存在を忘れていたけど。


「それがなくなったというの?」

「その通りです」


 エリザは頷いたあと、チョーセンを見た。

 メイド達も一斉にチョーセンを見た。


 どうやらチョーセンがやらかした(、、、、、)みたいだ。


「国父様……」

「屋敷の中でそこまでかしこまらなくていいよ。で、どういう事なの?」

「あ、あの女が悪いのですわ!」


 一瞬気後れしたように見えたチョーセンは、すぐに立ち直って、ビシッとエリザを指しながら大声でまくし立てた。


「あんな小汚い袋がそんなに大事な物だと教えなかったあの女が悪いのですわ」


 一方で、まくし立てられたエリザは平然としていた。


「教えてなくても、ご主人様の持ち物を勝手に処分する権限がメイドにはないわよ」


 エリザの反論に周りのメイド達がうんうんと同意した。

 それを見て、チョーセンはますます意地っ張り(、、、、、)になった。


「だ、だって汚かったんですもの。あんなの国父様の屋敷にある事自体が間違いですわ!」

「ちょっとあんた!」

「そんな理屈で自分は悪くないって言いたいの?」


 他のメイド達が見かねて、チョーセンを糾弾し出した。


「うん、話は分かった」


 収拾がつかなくなる前に私が止めに入った。

 私の一言でひとまず鎮まりかえって、全員がこっちを見た。


「責任を追及するよりもまずは解決。ローカストならなおのこと。エリザ――じゃなくてアメリア」


 思わずエリザに話を振りかけたが、とっさにやめて、少し離れた所の「メイド長」を呼んだ。


「はい、アレク様」

「彼女の処罰はアメリアに任せる。相応のね」

「相応と言いますと。主の財産を勝手に処分した。この場合金銭面で換算するので、三日の食事抜きとなりますが」


 それでいいの? と目で聞いてくるアメリア。


「相応に任せるって言ったよ」

「かしこまりました。では、チョーセン・オーイン。処分は今言ったとおりです」

「何ですって!? このあたくしが食事抜きですって?」

「あなたも」


 アメリアはじろりとチョーセンを睨んだ、それだけで彼女は気圧された。


「あなたも高貴な生まれなら、主の全権委任という意味が分かるはず」


 アメリアの言うとおりだ。

 この場合、「全部任せた」という言葉は、この一件においてアメリアの発言は私の発言と同等の力をもつ――与えるという意味だ。


 公爵令嬢ならばその意味が分かるはず、とアメリアは言ったのだが。


「そんなの知りませんわ! とにかく何もいわなかったあの女が悪いのですわ!」


 チョーセンの反応は予想外だった。

 しかも意地っ張りとかじゃなくて、本気でそう思っているみたいだ。


「はあ……」


 アメリアはため息ついたが、私の方は見なかった。

 全権委任された以上、ここはアメリアが責任を持つ。


 メイド長として、メイドの処遇を決める。

 アメリアの方は、私の言葉の意味をよく分かっていた。


 だから私はきびすを返して歩き出した。

 ここにはもう私のやるべき事はない、全部アメリア――メイド同士に任せる。


 私は、ローカストの行方を追うことにした。


     ☆


 場所はすぐに分かった。

 追跡の魔法をかけて、それを追いかけてくると、街郊外の、カーライル家が所有しているゴミの焼却場にやってきた。


 ゴミの処理は私が手をつけた領内改善の一つだ。


 元々、ゴミ処理は身分の低い者がする仕事だった。

 生まれ変わりの事を考えれば、ゴミを相手に仕事するのはランクの低い魂に与える罰――というのは今までの事だったのだが、私はそれをカーライル家で受け持って、高ランクの魔道士を雇った。


 低いランクの人間がやると火をつけて自然に燃やしたりするしかないが、それは空気を大きく汚す。


 高ランクの魔道士が強力な炎で燃やせば、燃えかすも煙を出さずに処分できる。

 煙は人の健康や農作物に悪い影響を与えるから、数年前からこうした。


 その、カーライル家所有の処理場にやってきた。


 高く積み上げられたゴミの山は瘴気を発している。

 そしてその周りに人が倒れている。


「大丈夫!?」


 駆けよって、そのうちの一人を抱き起こす。

 青年の男は意識をなくし「うぅ……」と時折呻くだけ。


 瘴気に当てられたが、当面は大丈夫。


 そう判断した私は男を魔法で遠ざけた。

 ゴミの山の周りに結界を張り、その中に足を踏み入れる。


 ボコ……ボコッ……。


 ゴミの山はところどころに沼のように、泥の底から気泡がボコボコ出ている。

 気泡が出た瞬間、そこが崩れ落ちてへこんでいく。


「瘴気がゴミを溶かしているんだね」


 どうしてなのかは大体想像がついた。


 ゴミなんて、運ばれてくる間は乱暴に扱われて当然だ。

 袋類ともなれば、途中で破けない方が難しい。


 ローカストを封印した袋も、途中で何かで破れたんだろう。


 そこから瘴気が吹きだして、上に積まれているゴミを溶かしている。


 数年前の再現だ。

 通っただけで全てを溶かし尽くす、存在しているだけで害をまき散らす存在。


 災害級のモンスター、ローカスト。


 私は背負ってきた賢者の剣を抜き放って、構えた。


 ボコ……ボコ……。


 沸騰したような穴が徐々に多くなって、やがてボコッッッ! って感じでまん中から大きくへこんで、蟻地獄のように残ったゴミが吸い込まれる。


 グオオオオオオン!!!


 そこからローカストが現われた。

 地獄の底から這い出るかのように、まずは上半身が出てきた。


 ここで止める!

 ローカストの体が出てくるのに比例して、瘴気の量も増えていく。

 まだ半分しか出てないこのタイミングで叩くしかない。


 神格者の能力、神の魔力をヒヒイロカネの刀身に通して、増幅する。


「はああああ!」


 跳躍して、真っ向から斬りかかる。


 ゴッ! 何かものすごい硬い物を斬ったような、そんな感触と音。

 ぎょろり、とローカストがこっちを見た。


 濁った目の視線に導かれるかのように、瘴気の塊を私に飛ばしてきた。


 賢者の剣で防ぐ、しかし瘴気は剣ごと私の体を空中に押し上げた。


「やっぱりダメか?」

(否)


 賢者の剣の意志が伝わってきた。

 否定の意志だ。


 どういう事なのかとよく見たら、今し方斬ったところにヒビが入っている。

 数年前にはどうやってもつけられなかった傷だ。


「そっか、効くようになったんだ」


 「まったくダメ」なのと、「あまり効かない」では天と地ほどの差がある。


 あまり効かないと言うのは、少しでも効いていると言うことでもある。

 つまりは「無」と「有」の違いだ。


 それは、私に自信を与えた。

 倒せる、という自信を。


「裁きの雷」


 つぶやき、空中で賢者の剣を掲げる。

 私の神力(、、)に呼応して、空がくろめき、極大の稲妻がうなりを上げて落ちてくる。


 それを賢者の剣で受け止め、留めて、増幅して。


 賢者の剣がバチバチと帯電した、刀身がかつてない程煌めいた。


「これで!」


 虚空を蹴って急降下、ローカストに向かって突進。


 迎撃の瘴気をかいくぐる。

 さっきつけたヒビとまったく同じ箇所に、稲妻の剣を叩き込んだ。


 大地が震え、空が割れた。

 そして――


     ☆


 屋敷に戻ってくると、父上と愉快な仲間達の主要メンバー、父上・ホーセン・ミラーの三人が酒盛りをしていた。


「帰ってきたのかアレク」

「昼間から呑んでるんですか父上」

「うむ、宴だ」


 宴?


「ほら、俺の言った通りだろ? 義弟の戦いに俺らが出て行ったって邪魔にしかならねえ」

「かかか、砂かぶりで観戦はしたかったのじゃがのう」


 な、なるほど。

 つまりはいつも通りのあれ(、、)って事だ。


「アレクの歴史的勝利に乾杯!」

「乾杯!」

「乾杯じゃ!」


 まったく、いや別にいいのだけれど。


「うん? それよりも義弟、その抱えてる物はなんだ?」

「卵……のようじゃが」


 宴会に盛り上がりすぎて、だいぶ遅れて私がかかえているものに気づく三人。


 十三歳の私が両手で抱えている程巨大な卵を、今更気づいたのだ。


「ペットを飼うのかアレク」

「いえ、そうではありません父上」


 私は自分が持っている卵に視線を落として、自分でも分かるほど困った顔をした。


「ローカストの卵です。どうやら倒されれば転生する生態のようです」

「「「……おおおおお!!」」」


 さて、この卵はどうしたものかなあ。

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