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14.善人、皇帝に予行演習をさせる

 数日後、ぶらりと遊びに来たエリザ。


 お忍びであるエリザは、心なしか普段よりもおしゃれをしている。

 見慣れた我が家のリビングでも、エリザがいるだけで更に上品な空間に早変わりしたようだ。


「エリザはお忍びだよね」

「ええ、そうよ?」

「そんなに目立つ格好をして大丈夫なの?」

「いいのよ。皇帝にさえ見られなければ変装の役割は果たせるんだもの」

「なるほど」


 それもそうか。

 今のエリザは本人の言葉通り、皇帝にはとても見えない。


 どこぞの美姫にしか見えない格好だ。


 皇帝が女だというのは満天下に周知されている事実だけど。


「こんなに綺麗な人を見て、あっ皇帝陛下だ、と思う人は中々いないよね」

「な、何馬鹿な事いってるのよ!」

「うん?」


 何故か激しく反応したエリザに、私は首をかしげてしまう。


「馬鹿な事って?」

「い、今自分で言ってたでしょ。き、き、き……」

「綺麗な人?」

「――ッ!」


 更に驚き、盛大にのけぞってしまうエリザ。

 そんなに変な事をいったかな。

 今のエリザは百人が見れば百人が綺麗だと言うはず……だと思うんだけど。


「ま、まあいいわ。変装の役割は果たしてるんだし」

「うん、そうだね」


 何故か顔が真っ赤になってしまうエリザ。

 何となく掘り下げて欲しくなさそうだから、この話題はここまでにした。


 別の話題を、と思っていたら、丁度いいところにノックがして、メイドのアメリアが入って来た。


「お飲み物をお持ちしました」

「ありがとうみんな」


 アメリアはにこりと微笑んだまま、二人のメイドを引き連れて、台車を押して部屋に入ってくる。

 向かい合って座る私とエリザの間のテーブルに、澄んだ琥珀色の紅茶を置いていく。


 白磁のティーセットと相まって、飲み物なのにとても「綺麗」に見えた。


「失礼します」


 アメリア達メイドはしずしずと一礼して、台車を押して退出していった。


「さあどうぞ――エリザ?」

「今のって、この屋敷のメイド達?」


 紅茶を勧めようとしたら、エリザはドアの方、今さっき出て行ったメイド達の方を見ていた。


「うん。アメリアはずっと昔からいるから、エリザも何回かあってるはずだけど」

「……記憶にないわ」

「メイドだもんね」


 皇帝からすれば、いちいち他家のメイドなんて覚えてられないんだろう。


「これから忘れられそうにないわ」

「どうして?」

「人間としての充実さが底光りしているもの。何があったの?」

「なにが……うーん、そうだね」


 アメリア達メイドの変化、聞かれれば答えは一つしかない。


「ドロシー」

「なに?」

「わっ」


 呼ばれたドロシーが私の影から上半身だけ現われた、その行動にエリザがびっくりした。


「ごめんね、説明するだけだから。もういいよ」

「うん」


 説明するためだけに呼び出したと告げたのにもかかわらず、ドロシーは嬉しそうな顔で影の中に引っ込んだ。


 恩返しをしたいと言い張る彼女は、私の頼みごとがなんであれ嬉しがる傾向がある。


「驚いたわね」

「ごめんね、実際に見てもらった方が早いって思って」

「またなにか新しい事をはじめたの?」


 エリザは一瞬驚いたが、すぐにいつも通りの落ち着きを取り戻した。

 「また」という表現が落ち着く一因にもなっているようだ。


 私はドロシーに渡したものとは別の、いわばスペアキーとなってる短刀を取り出した。


「うん。この短刀で私の影を切れば中に潜れる。中に潜ってる間、私は相手の能力を使える」

「へえ? 私でも入れる?」

「もちろん。やってみて」


 私は短刀をエリザに渡した。


 エリザはまったく躊躇することなく、テーブルの上に落ちている私の影を斬って、まずは手探りって感じで手を入れた。


「へえ、面白いわね」


 手が入ると分かった後、エリザは全身で潜り込んだ。

 私の中に入ったエリザ。


 待つこと、約十分。

 エリザはゆっくりと、私の影から出てきた。


 ソファーの元の位置にどかっと座り直した。

 顔が上気していて、ぼうっとしている。


 メイド達と同じ反応だ。


「エリザ」

「……」

「大丈夫エリザ?」

「え、ええ」


 強めに呼んで、エリザは我に返った。


「どうだった?」

「これをメイド達がみんなしてるというの?」


 質問を質問で返されてしまった。


「うん、若い子はみんな」

「なんて羨ましい……ごほん」


 何かを言いかけて、咳払いでごまかすエリザ。

 どうしたんだろう。


 まあそれはいい。


「エリザになら隠さずに話せるんだけど、どうやら僕の影の中に入ってると、徐々に魂のランクが上がっていき、最高でAくらいになるみたいなんだ」

「へえ」


 話が本題に入り、エリザの表情が完全に戻った。

 新たな知識を聞いた、聡明なエリザ、皇帝に近い表情をした。


「エリザがさっきいってた『充実さが底光りしてる』って、そういう事なんじゃないかな」

「……それだけじゃないでしょ」

「えっ?」


 また聞き取れないレベルの小声でつぶやいてしまうエリザ。


「あなたに感謝して、メイドの仕事にやる気を出してるってことよ。……全員疑似的に女にされたなんて言えるもんですか」

「はあ、なるほど」


 どうも今日のエリザは歯切れがわるいな。

 聞き取れない台詞が多すぎる。


「……アレク」

「なに?」

「今日泊まって行くわ。影の中で」

「僕の?」

「いいでしょ、もちろん」

「うん、それはいいんだけど――あっ」


 完全に返事するのを待たずに、エリザは再び私の影の中に潜り込んだ。


 うーん、一体どうしたんだろう。

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