10.善人、天使の罪も赦してしまう
夜の書斎。
淡い明かりだけが煌めく中、私は天使を召喚した。
私が生まれ変わる時に担当して、それ以降も縁が続いてるあの女の天使だ。
「またあなたですか」
「ごめんなさい。でも力を貸して欲しいんだ」
「力を?」
「ある人の魂の色を見たいんだ」
「見ればいいじゃないですか」
天使は小首を傾げた。
「神格者のあなたなら出来るでしょ」
「僕じゃ『現在』のしかみられないんだ。しばらくさかのぼって、変化の瞬間もみたいんだ」
「そうなんだ」
賢者の剣に聞いた話だと、神格者の私には出来ないが、現場で毎日生まれ変わる魂を見て、審査している都合上。
天使は魂の一生涯を難なく見られる。
そっちに特化していると言うわけだ。
「わかった。誰のをみるの?」
「えっとね、そうじゃなくて、力を貸して欲しいんだ」
天使はますます首をかしげた。
文字通り力を貸して欲しい。
私はドロシーの一件、影に入れれば固有能力を借りることが出来る事を話した。
ホムンクルス+ハーシェルで肩代わりが効くが、それがなくても影に入れてしまえば能力は使える。
その事を天使に話した。
「へえ、そうなんだ」
「ただとは言わないよ。もしかして君の魂のランクも上がって、天界で出世? できるかも知れないし」
「それはないね」
「どうして?」
今度はこっちが首をかしげる番になった。
「昔ちょっとやらかしたの。友達と一緒に地上に降りて遊んでた時なんだけどね、泉の畔で水浴びしてたらのぞかれたの」
「あらら」
「のぞかれた事と、その時取り上げられた服を取り戻すために人間に力を使ったのがまずかった。私は札付き、これ以上上に行くことはないんだ」
「ごめんなさい」
「別にいいけどね」
天使は肩をすくめた。
今更気にしてない、と言わんばかりの表情だ。
「力を貸してあげるのは別に構わないよ。あなたは色々やってて、それを見てるの楽しいし」
「ありがとう。じゃあこれ」
私は別の短刀を。
ドロシーに渡したものとは違う、新しく用意した短刀を天使に渡す。
彼女は受け取って、立ち上がって明かりの前に立った私の影を切った。
そのまま影に潜り込む彼女。
私は影を見つめた。
天使とは別に、もう一人入っている私の影。
天使の力を借りた。
静かに影に潜り込んでいるドロシーの魂を見た。
彼女の魂の色が、産まれた時から走馬灯のように目の前に駆け巡る。
Eランクをぎりぎりで人間として生まれたドロシー、カーシーに拾われていい様に使われてた事もあって、魂は生まれた時よりも黒ずんでいった。
徐々に徐々に黒くなっていき、ある瞬間一気に白く――浄化された。
「すごいね」
影から天使が出てきて、感心した顔で言った。
「見てたの?」
「ついでにね。こんな一瞬で魂が浄化されてくのなんてはじめて見たわ。これまで何百万人も魂を見てきたけど、こんなパターン見た事ない。すごい話だわ」
そうなのか。
「……」
「どうしたの?」
私をじっと見つめる天使の視線に気づく。
「うん、あなたがそうやって魂を浄化したけど、それであなたの魂そのものに影響ないかって見てたの? 例えばさ、ものすごい救いようのない極悪人がいたとしてさ、それをあなたが浄化したらどうなるのかなって」
「なるほど」
「今回は影響ないみたいだけど、あまりやらない方がいいかもね」
「……」
それは迷う所だった。
悪人の救済なのか、悪人への肩入れなのか。
そのどっちかで、解釈が変わると思う。
前者なら止められてもするつもりだけど……。
「よいしょっと」
天使が私の影から這い出た。
「じゃあ、私戻るわね」
「うん。ありがとうね」
天使は天界へのゲートを開いて、戻ろうとした――が。
「ぷっ」
何かにぶつけた感じで、鼻を押さえてうずくまった。
「いててて……あれ?」
「どうしたの?」
「おかしいな、通れなくなってる」
「通れない?」
「うん」
天使が自分の開いたゲートをベタベタ触れてみた。
まるで見えない壁があるかのように、触っても止められてしまう。
「おっかしいな……」
どうしたんだろう、と賢者の剣に聞く。
賢者の剣の答えで、私は新しいゲートを開いた。
神魔法を使って、開いたゲートだ。
「これでどう?」
「どれどれ……あっ、通れる。なんで?」
「それはね……自分の事をよく見て」
「自分……? あっ、魂が」
「うん、ランクちょっぴり上がってる。それで今まで通れたゲートが『狭すぎて』通れなくなったんだ」
「うそ……私、上がるの? もう一生無理だと思ってた……」
驚く天使。
どうやら、私の協力で魂のランクが上がるのは、天使にも適用されるみたいだ。