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08.善人、完全無敵になる

 朝ご飯の後庭に出た。


 午前中は特に予定がないから、アンジェの練習に付き合ってあげる事にした。


「よろしくお願いします、アレク様」

「うん、がんばろうね」

「はい!」


 アンジェは可愛らしく気合を入れた。


 最初に魔法の適性をチェックして以来、アンジェはその一番高い適性の治癒魔法を高め続けている。

 私のために、いざという時に役に立ちたいと言い続けてる姿は健気でいじらしい。


「はじめます」

「まずはムパパト式から?」

「はい」


 アンジェはそう言って、魔力を高めていった。

 効率的に、その人が持つ魔力の限界値で魔法を行使する技法、ムパパト式。


 魔法学校の生徒達に教えたのが最初だけど、もちろんアンジェも会得している。


 アドバイスが出来るように、アンジェの息づかいにあわせる。

 アンジェが自分の魔力の波をキャッチして、ピークで治癒の魔法を使った。


 うん、文句なし。

 限界の99%で治癒の魔法を発動した。


 気張ることもなくて、普通にさらっとやってのけた。

 アドバイスの為に息づかいをあわせたけど、必要無かったみたいだ。


 治癒魔法だけでいえば、アンジェは既に帝国で一二を争う程の使い手だろう。


 その魔法が私に掛かる。


「――あれ?」

「え?」


 私が声を上げて、それにつられてアンジェが反応した。

 集中力を乱してしまう様な出来事なのにもかかわらず、アンジェの治癒魔法は安定していた。

 して、いたが。


「どうしたのですかアレク様」

「回復していないね」

「えええ!? どういう事ですか?」

「そもそも掛かってない? 雨の日に雨合羽を着てるような感覚だね」

「えっと……」


 どういう事なんだろう。


 確かにアンジェの治癒魔法は発動している。

 しかし私が例えたように、雨合羽越しに雨を感じるが、肌は一切濡れない――回復していない。


「どうなってるんだろう」

「ぽかぽか」

「ひゃっ」


 アンジェがびっくりして声を上げた。

 会話に割り込んできたのはドロシー。


 私の影からにょきっと上半身だけ出してきた。


「ドロシー、どうしたんだい?」

「ぽかぽか、居心地悪い」

「ぽかぽか?」


 居心地悪いのはスルーした。

 ジメジメ大好きと彼女がいってたから、ポカポカなのに――という疑問は持たずに済んだ。

 問題はなんの「ぽかぽか」なのか。


「どういうことなの?」


 ドロシーは無言で、上半身を出したまま、私が渡した短刀で自分の手のひらを切った。


「――っ!」


 アンジェが思わず息を飲むほど痛々しい光景で、ぱっくりと手のひらは切れたのだが。

 それは瞬時に治った。


「ぽかぽか」

「回復がドロシーに流れてるって事?」


 ドロシーは頷く。

 状況が分かったところで、アンジェは治癒魔法を止めた。


「どういう事なのでしょうかアレク様」

「……」


 私はあごを摘まんで、考える。

 状況を総合して、判断してから、賢者の剣に答え合わせを頼んだ。


「ドロシーを助けたあのスワップのせいみたいだね」

「スワップ?」

「ハーシェルの秘法で肉体を入れ替えてドロシーを助けたんだけど。それを肉体と魂が『覚えて』るみたいだね」


 ホムンクルスにいったん魂を移してからの出戻り。スワップ。


「それが影に入る能力と合わさって、予想外の効果を生み出した。ドロシーは影に入ってる間は、影の主――宿主っていえばいいのかな――の回復魔法とか強化魔法とかを横取りしちゃうんだ」

「そうだったのですね」


 納得するアンジェだが、ドロシーは浮かない顔をした。


「どうしたんだい?」

「お前の回復奪っちゃう。迷惑?」

「そんな事はありません!」


 私が答えるよりも先に、アンジェが断言する様な口調で言い放った。


「ないの?」

「はい! アレク様は回復なんて必要無いくらいお強いです。だから全然問題ありません」

「……そう」


 今度はドロシーが納得した。

 アンジェの慰めで表情があきらかにほっとした。

 持ち上げすぎだけど、ドロシーが気にしなくなるならオーケーだ。


 私はアンジェに目配せで「ありがとう」と送ったが。


「?」


 アンジェは無邪気に、ニコニコ顔のまま首をかしげて私を見つめ返した。


 ……素、だったのかな。


     ☆


 午後は単身で、反乱の残党掃討に向かった。


 北方の反乱以来、ちょこちょこと反乱軍の残党掃討をしている。

 最初はお忍びのエリザが狙われることがほとんどだったけど、最近は直接エリザを狙わないで、あっちこっちでゲリラ的に動き回ってる。


 それの情報が入るたびに潰しに向かってる。


「はああああ!」


 農村一つを丸ごと占拠した反乱軍に切り込む。

 農村の中、次から次へと出てくる相手を賢者の剣で切り倒す。


 向こうは地形を上手く利用して私を迎え撃った。


 正面で真っ向から抵抗する者、農村の建物を遮蔽物にして遠くから魔法を撃ってくる者、屋根を伝って空から飛びかかって奇襲してくる者。


 それらを一人ずつ斬撃で無力化、マジックカフスで拘束して、先にすすむ。

 三百人弱を斬り倒した所で、村人達が囚われ、一箇所に集められている中央の広場に辿り着く。


「君は……」


 目の前にいた男は見覚えがあった。

 いまだ数十人残っている部下を率いて、人質の村人を背景にして獰猛に笑う男。


 前にも私を襲ったことがあって、たたきのめした後解放した男だ。


「俺の事を覚えてたようだな」

「まだこんなことをしているの? そんな事をしていると――」

「ふっ」


 男はシニカルで笑った。

 よく見ると、右の手首から先がなかった。

 厳密には手がなかった。


 手首の先に、アタッチメントで鋭い刃を装着している。

 男はマジックカフスをつけて解放した。そして今こうなっているということは。


「まだ悪い事をやめられないの?」

「なんの事かなあ?」


 ニヤニヤと笑う男。


「これを見せたのは感謝の気持ちを伝えるからだぜ? こうして――」

「ぎゃあああ!」


 男は拘束する村人の一人に刃を突き刺した。


「直接、肉を切る感触を味わえる様になったんだからな」

「……そんな事をしたら次の人生が大変だよ? 今からでもやり直せばまだ――」

「興味ねえな」


 男はニヤニヤし続けながらそう言った。


 世界中に生まれ変わりと最終審判の事が知れ渡ってるとは言っても、その事を信じないとか、今さえよければそれでいいという刹那的な人もゼロではない。


 説得は無理そうだ。


 神格者の能力で男の魂を見た。

 もうだいぶどす黒い。

 今止めてあげるのがせめてもの――


「――むっ!」


 私の足元が光った。

 魔法陣が現われた、私が行使した魔法ではない。


 罠、そして結界。

 今までにもこういうことはよくあった。だからすぐに状況が把握出来た。


 男がこれ見よがしに手首を見せ、村人を斬りつけてみせたのは、私の動きを止めるためだったのだ。


「じたばたすんなよ? まあ、出来はしねえだろうが」

「これは?」

「ディアスティマの結界。今までの失敗した連中の反省をいかしたもんだぜ」

「ディアスティマ……」

「前に人間になら絶対にきくので失敗したヤツがいてな、それをふまえて、魂をもつ者なら絶対にきくヤツにしたんだ。準備に半年かかったが、どうだ、動けねえだろ? てめえが何者だろうと、魂を持ってる事にかわりはねえ」

「……」


 賢者の剣に聞く。


 ディアスティマの結界、男のいうとおり、大地を巻き込んだ大がかりの結界で、中に入った魂を持つ者のあらゆる行動を制限するものだ。


 その効果もやはり絶対級、私がホムンクルスに変身しようとも、魂を持つ存在だから行動が制限される。

 力づくでは破れない類のものだ。


「おう! てめえら、そいつをバラせ!」


 男の号令で、部下たちが私に迫ってきた。


「入って来て大丈夫なの?」

「なあに、効果は対象一人だけだ」

「そうなんだ……」


 前後左右から、四人がまとめて私に斬りかかってきた。


 ザシュッ! ザクッ! ズパパッ!


「ぎゃあああ!」

「な、なんだ!!!」

「なんで動ける!?」


 迫ってきた四人を、賢者の剣で迎撃。

 戦闘能力を奪う程度の斬撃で、全員悲鳴を上げながら後ずさる。


「ば、ばかな、なんで動ける」


 男が驚愕した。結界に絶対の自信を持っていて、それを破られた故の驚愕。


 私はちらっと自分の影を一瞥して、ドロシーが出てこない――動けない事を確認してから。


「ここまでにしよう」

「ち、ちくしょおおおお!」


 賢者の剣を握り直して。

 男達を改めて制圧していった。

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