09.善人、皇帝に気に入られる
「エリザベート・シー・フォーサイズ。と、余があえて名乗るのは蛇足であるな」
……。
「アレクサンダー・カーライル男爵。拝謁、光栄至極に存じます」
私は帝国の作法にのっとって、恭しく頭をたれた。
目の前にいるのは間違いなく帝国皇帝その人だ。
父上が「アレクを自慢する」事を冗談でやる訳がない。
例え目の前にいるのがついさっき、従者もつけずに街中で出歩いてナンパされてた美少女であろうと。
父上が自慢で招いてきた本物の帝国皇帝に違いない。
「大儀である、面を上げよ」
「はっ」
「いい息子をもったな、カーライル卿。状況判断も的確で素早い」
「お言葉ですが陛下、アレクの真のすごさはこの程度の物ではありません」
「ほう?」
「ゆくゆくは陛下にとってのアイゼアとなりましょう」
頼むからこれ以上ハードルを上げないでくれ父上。
宰相アイゼア。
帝国の黄金期を築いたコリン帝の右腕として名をはせた人。
黄金時代を作りあげたのは実質アイゼアだという歴史家も少なくない。
「それは楽しみだ」
皇帝陛下はにこりとほほえんだ。
たのむから、あまり父上の言葉を鵜呑みにしないでくれ。
☆
庭から屋敷の中に移動して、応接間に入った。
客ではあるが、皇帝陛下は主座にすわった。
私と父上はしばらく立ったまま。
「座るがいい」
と、言われてから、下座に座った。
ちなみにアンジェは部屋に戻らせた。
形としては公爵と男爵――貴族が皇帝に謁見するのだから、失礼に当らないようにアンジェに席を外させた。
「カーライル卿、ここは内密の話が出来る場所か」
「もちろんでございます、我が家に舌を惜しまない者はおりません」
「そうか」
皇帝陛下は頷くが、父上の答えに満足した訳ではないようだ。
内密の話か……それなら
「魔法を使用する許可をいただければ」
「うむ、差し許す」
陛下の許しを得たので、私は応接間全体に魔法を掛けた。
遮音の魔法。
中から外、外から中。
どちらの音も遮断する魔法だ。
一瞬だけ、耳が「キーン」と痛くなった。
それは私だけでなく、父上も陛下も、一瞬だけ眉をひそめたのを確認した。
「これで大丈夫です、いかなる音も外には漏れません。この部屋で爆発が起きても無音の震動が外に伝わるのみです」
「すごいなアレク、完全に音漏れを防ぐ魔法など初めて聞くぞ」
「50年前に魔道士トレバーが得意としていた魔法です。文献にも残っています」
「なるほど! うむ。さすが私のアレクだ」
父上のいつもの病気が始まった。
一方で、陛下は。
「そう、なら少し砕けて話させてもらうわ」
と、帝国皇帝エリザベート一世じゃなく、さっき街で出会った少女エリザの口調になった。
「いいのですか」
「いいのよ、こっちの方が楽だもの」
「なるほど」
皇帝とは言え十六歳の少女……ってことか。
「さて、言いたい事があるんじゃないの?」
陛下――エリザはイタズラっぽい笑みを浮かべ、私をみた。
「正直びっくりしました」
消音を確認してからのこの流れ、多少の本音は大丈夫だと私は判断した。
「どうして護衛もつけずに街にいたのですか」
「カーライル卿がいつも言っていたあなたに興味を持ったのよ。一度でいいから、立場関係ないあなたの人となりと考えをみておきたかったの」
「そうでしたか」
「カーライル卿の言った通りの傑物かもしれないわね。月に一度自慢をする手紙を送ってくるのも分かるわ」
「何をしているんだ父上!」
思わず大声を出してしまった。
父上は私の隣でふんぞりかえっていた。
「アレクのすばらしさを陛下にも教えてあげていただけだがなにか?」
「内容の説明をしろって意味じゃないです!」
本当になにしてんだよもう!
「しかし実際にやってみてよかったと思う。私の立場は分かるでしょ? 権威で着飾っていると本当の本音は聞けないものよ」
「それは……そうですね」
「そこであなたに頼みがある」
「なんですか?」
「討伐を」
「討伐?」
いきなり不穏な単語が出てきたな。
「あなた、先帝のこと……私の父親の事を何処まで知ってる?」
エリザからものすごく返事し辛い質問が来た。
冗談っぽく貧民に転生していったよー、とあの世で見た事を話してもいいんだが。
消音を希望して、エリザが口調を砕けさせたんだ。
「もっと早く死んでいれば次の人生はいい人生だったかも知れない」
「そう、あなたがいう『早めに殺してあげる』をしていればよかった、それだけの事をしたのよ、先帝陛下は」
「それがどうしたの?」
「先帝の悪政により、帝国の各地で小規模な反乱が続出している。その度に鎮圧をしているけど、いたちごっこ」
そういえば、生まれた時も父上がそんな事をいってたな。
帝国の内情はわりとガタガタなのかも知れない。
「あなたの魔法力は見せてもらった」
隣で父上がにやっとした、まったくッ。
「反乱を、鎮めてくれないかしら」
「分かりました」
「即答なの」
「ただの反乱ならまだしも、こういうのは盗賊化すると、その人達は悪行を重ね続けるからね」
「なるほど、その通りね」
頷くエリザ。
「助かるわ。反乱を鎮めた後、土地はあなたにあげる。カーライル卿からあなたに領地をってうるさかったしね」
「父上……」
ジト目で父上を睨む。
本当にいい加減にしてくれ。
「ところで、何処の反乱を鎮圧すればいいのですか?」
「妖精の丘って知ってる?」
「ええ、天領と呼ばれている、公爵から小役人に格下げされても派遣されたいし、そのためにびっくりする位の賄賂が飛びかってる、肥沃な土地のこと――ってまさか」
「ええ」
エリザはにこっと微笑んだ。
「そこよ」
「ど、どうしてそこを僕に……」
「さっきも言ったじゃない?」
エリザは更ににっこりと。
「あなたの事気にいったって」
……。
なんか、大変な事になったぞ。