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人狼ゲーム殺人事件  作者: iris Gabe
出題編
9/31

9.秘密

 わたしたちは居間へ集まった。居間の中央にある長椅子ソファーは、わたしたち女性三人組が速攻で占拠した。すぐ横で、わたしたちを取り囲む配置に置かれた二つの椅子に、久保川と川本が腰かけた。家政婦の一ノ瀬夫人は、暖炉の近くに立って、おとなしく待機していた。

 やがて、堂林、藤ヶ谷、それに一ノ瀬氏の三人が戻ってきた。

「たった今、相沢の遺体を地下霊安室の棺の中へ納めてきました。あのまま部屋に放置する必然性は、特にないと思いましたからね」と、堂林はさらりと告げてから、わたしたちの前へやってきた。

「みなさん、さっそくですが、昨晩の行動をご説明願います」


「昨晩の行動ですって?」丸山が即座に眉を吊り上げて、嫌悪感をあらわにした。

「はい。人がひとり殺されたからには、殺した犯人が必ず存在するわけです。そして、状況判断から自然に帰着する論理的結論として、その犯人は我々九人の中にいることになります」堂林は淡々と語りはじめた。「昨晩のことですが、我々は西野さんの部屋の前で別れて、それぞれの部屋へ戻りました。部屋に着いた時に、わたしは壁時計で時刻を確認しましたが、零時五十分でした。そして、解散する時に相沢くんが元気でピンピンしていたことは、みなさんご承知のことと思います。

 さてと……。今朝、相沢くんの遺体をわたしが発見したのが、八時四十分でした。久保川医師にあとから遺体を確認していただいたところ、死後硬直がはじまっている段階でありまして、死亡推定時刻が午前五時よりは前であると断言されました。すなわち、昨晩の午前一時から五時までの四時間のあいだに、相沢くんは殺されてしまったことになります。というわけで、その時間帯のみなさんの行動を、ぜひお聞かせ願いたい」

「ぶっちゃけ、アリバイチェックってことよね」と、丸山が突っ放した。

「それでは、久保川医師からはじめましょうかね」堂林は丸山の苦言を無視した。

「わしか?」いきなり振られた久保川は、一瞬目を丸くしていたが、すぐに語り始めた。「昨晩は、部屋に戻ってからすぐに寝た。朝起きて、鉢の中から自室の鍵を見つけ出して、部屋に鍵を掛けて、それから食堂へ出向いて朝食を済ませたのが、たしか七時半、そのあと、館の外へ散歩に出かけて、一時間くらいは歩いとったと思う」

「外はどうなっていましたか」

「わしが一晩過ごしたあの悪夢の東屋あずまやはすぐに見つかった。じゃが、ヘリポートらしき広場なんてどこにもありゃせんかったぞ。それに、ここがかなり山深い場所なのはまず間違いない。とにかくどこまで行っても道ってもんがありゃせんのじゃ。ちょっと歩けば、すぐに雑木林に阻まれて、先へ進めんくなっちまう」

「そうでしたか。でも、わたしが推測するに、ヘリポートはすぐ近くにありますよ」

「なにい、いったいどこにあるというんじゃ?」

「この館の屋上です――」と、堂林はすまし顔で答えた。「わたしも朝食の前にちょっとばかり外を歩いてみましたよ。嵐がようやく去ってくれたんでね。あらためて、立派なお屋敷ですよね、この人狼館は……。

 外から見る限り、人狼館に三階や屋根裏部屋はありませんでした。屋上は見事なまでに真っ平らでしたよ。ただ、一か所だけちょこんとでっぱりが見えましてね。それがまるで、屋上へ上がるために用意された階段、もしくはエレベーターの出口のようなんです。さらに、そのでっぱりのある場所が、驚くなかれ、館内のエレベーターの真上にぴたりと一致していたのです。

 ここから導かれる結論ですが、館内の一階と二階を結ぶあのエレベーターは、じつは屋上まで通じていて、平らな屋上は、十分な広さと強度を有したヘリポートであろうと推察されます」堂林が自己の見解を語った。


挿絵(By みてみん)


「なるほどね。屋上がヘリポートになっていれば、拉致した人間を個室に運ぶのにも手間いらずだし、食料の調達なんかもスムーズにできたはずだ。でも、そうだとすると、ちょっと変だな……」川本が、一瞬首を傾げた。

「なにかあったか?」すかさず堂林がつっこんだが、

「いや、なんでもない。先を続けてくれ」と、川本はさりげなくかわした。

「じゃあ、今度は丸山さん。昨晩の行動をご説明願います」と、堂林がいった。

「昨日は部屋に戻ってすぐに寝ちゃったわ。朝起きたのが六時で、そのあとシャワーを済ませて、食堂へ来たのが七時半頃だったかしら」と、丸山は答えた。

「では、高木さん」

「わたし? わたしも、部屋に戻ってそのままバタンと寝てしまったわ」

「ほう、お若いねえちゃんが、汗をかいたままシャワーも浴びずにバタンキューかいな。なかなかなまめかしいのう」と、久保川がセクハラ発言をした。

「シャワーは夕食を食べる前にきちんと浴びたわよ!」と、わたしは久保川をにらみ返してやった。

「じゃあ、お次は……、西野さん」

 堂林は、わたしの返答には関心を示さず、西野に声を掛けた。

「ええと、わたしもあのあと、そのまま寝てしまいました。朝になって食堂に来てみると、丸山さんがいらしたので、いっしょに朝食をいただきました」と、西野が無表情で答えた。

「おい、堂林。一人ひとりに訊いたところで、おんなじ答えが返ってくるだけだぜ。仮に俺が犯人だったとしてさ、昨晩は相沢さまを殺すために、彼のお部屋をこっそり訪問いたしましたなんて、わざわざ証言するはずなかろう?」川本があくびをした。

「どうもそのようですね。それでは、みなさんの中で、昨晩、なにか異常に気付かれた方がいらしたら、今すぐにここで発言をしてください」

 堂林が全員に訊ねたが、誰からの反応もなかった。

「では、こういう結論でよろしいでしょうか。午前一時から午前五時までの四時間のあいだには、このわたしを含めてここにいらっしゃる全員が、一人で自室にこもっていたゆえ、アリバイをお持ちでない。異論はありませんか」

「わたくしは、昨晩は、家内といっしょに使用人部屋におりましたが、それではアリバイにはならないのでしょうか」と、一ノ瀬氏が小声で申し出た。

「なんともいえませんね。一ノ瀬さんのおっしゃることは分かりますが、ご夫婦が口裏を合わせていないという保証がない限り、お二人のアリバイを認めるわけにはまいりません」と、堂林はピシャリとはねつけた。

「さようでございますか……」一ノ瀬氏が無念そうにうつむいた。

「たしかアオイの話によれば、人狼は一人切りなんでしょ。だとしたら、ご夫婦が口裏を合わせるなんてことはあり得ないんじゃないかしら」と、丸山が横やりを入れた。

「人狼は一人だが、狂人がいないという保証がない。それを昨日わたしはみなさんの前ではっきり確認をいたしました。ゆえに、一ノ瀬ご夫妻の証言はアリバイ成立にはつながらないのです」と、堂林が説明した。

「それっておかしくない? それなら、複数の人がいっしょにいましたと証言しても、それだけではアリバイは成り立たちません、という結論になってしまうわよ」丸山が食って掛かった。

「まあまあ。所詮、こんな極限状況におけるアリバイなんて、形式的なだけでたいした意味など持たんものさ」と、川本がなぐさめた。

「それでは、次の議論に移りましょう。久保川さん――」堂林は久保川に目を向けた。

「なんじゃい?」

「あなただけ、まだアオイに対する質問権を保持しています。今後、その権利をどう行使されようとしているのか、ぜひここでお伺いしたい」

「ああ、あれな……。もう使っちまったよ」

「えっ、どういうことですか?」久保川の返答に、堂林は前のめりとなった。

「アオイ嬢にうっかり時間を訊ねちまってのう、気付いたら、質問権がなくなりましたと宣告されちまった。あんまりかっこ悪いんで、今までいうことができずに黙っておったちゅうわけじゃ」と、久保川はポリポリと頭をかきながら笑った。

「てめえ、ふざけんじゃねえぞ」藤ヶ谷がドンとテーブルを叩いた。

「まあまあ」と、いさめながらも、堂林自身、完全に混乱をきたしている様子だ。

「ふん、そんなことだと思ったぜ。まあいいや。おい、じいさん。その手は、二回目は使えないから、せいぜい覚悟しておきな」と、川本が捨て台詞を放った。

「さてと、もう一つ、重要案件があります」堂林が再び場を仕切った。「それは、パピルスです。昨日の西野さんの証言から、各自のお部屋に我々十人の個人情報が記された十種のパピルスがあるはずです。そして、その貴重な情報は今回の忌まわしき殺人ゲームの結末を左右することでしょう。すなわち、ここにお集まりのみなさんは、各自が持つパピルスを公開する義務があるのです」

「いいたいことは分かるが、じゃあお前のパピルスからまず公開しろよ」と、川本が愚痴をこぼした。

「いうまでもないさ。俺のパピルスはここにあるよ。たいしたことは書かれていなかったけどな」そういって、堂林はふところから羊皮紙を手品師のようにさっと取り出した。


挿絵(By みてみん)


「血液型か……」

「久保川先生。あなた、血液型を判定する試薬などはここにお持ちでしょうか?」

「ありゃせん。そんなもんは……」

「となると、各自の血液型が分かったところで、あまりゲームには影響を及ぼしそうにないですな。たとえ犯行現場に血が落ちていたとしても、我々はその血液型を調べる手立てがありませんからね」

「でも、一人ひとりの性格が分かって役に立つじゃない」と、わたしが述べた意見は、一同から完全にスルーされた。

「では、まだ公開していないみなさんも、今すぐここへパピルスを持ってきてください」

「あら、わたし、まだ探してもいないんだけど」と、わたしが速攻で言いわけをした。

「おそらく机の引き出しに入っていることでしょう。すぐに探してきてください。さあさあ、みなさんも、各自のお部屋からパピルスを持ってきてくださいよ」

 堂林と西野を残して、それ以外の人物はそれぞれの自室へいったん駆け戻った。やがて、めいめいが再び居間へ集合した。

「みなさん、お戻りのようですね。では、パピルスの公開をお願いします」

 誰も動こうとはしかった。

「どうしたんですか。ええと、じゃあ、一ノ瀬さん。あなた方ご夫婦のお部屋にパピルスはありませんでしたか」

「ええと、ございました」そういって、一ノ瀬氏は婦人へ目をやった。一ノ瀬夫人が「どうぞ」と一枚の羊皮紙を堂林に手渡した。


挿絵(By みてみん)


「なるほど。誕生石と星座十二宮ですね。これで生まれた月が分かります」

「これもあんまり捜査の手がかりになりそうもないわね」と、丸山がこぼした。

「では、一ノ瀬さんのパピルスも見せてください」と、堂林がいった。

「わたくしめのでございますか……」一ノ瀬氏が一瞬躊躇ちゅうちょした。

「ええ。奥さんからいただいたパピルスには『No.10』と番号が書かれてあります。つまり、『No.9』のあなたのパピルスも、存在するはずですよね」

「しかし、わたくしのパピルスは、個人的にかなり踏み込んだ内容となっておりまして、公表するのは、少々はばかられますが」

「へえ、面白いじゃないですか。ぜひとも、拝見させていただきたいですな」と、堂林はかえって嬉しそうだった。

「みなさま、本当によろしいのでしょうか」

「よろしいもなにもありません。公開は義務です。そこに選択の余地はありません。この命がけのゲームの真っ最中ではね」と、堂林がいましめた。

「いたしかたございません。では、お出しいたします」

 一ノ瀬氏は観念したように、羊皮紙をそっと差し出した。


挿絵(By みてみん)


「なるほど、こいつはこれまでのとは違って、断然面白いや」パピルスに目を通した堂林の目が輝いた。

「個人の過去の婚姻歴が記されていますね。『single』は独身で、『married』は伴侶持ち、そして、『widowed』は伴侶と死別している状態で、『divorced』が離婚をしていて現在は独り身だということですね。

 さてと、まずここでも気になるのが、丸山さん。あんただ。主婦といっていたから、てっきり既婚者のはずが、どうだい、この情報によれば、あんたも俺と同じ独り身のようだな」

「ふん、どっちでもいいでしょ。この際」と、丸山は開き直った。

 なるほどね。これで丸山が相沢の死体を見て狼狽ろうばいした理由が、わたしはようやく納得できた。結局、彼女は遺体におびえたからではなく、西野と同じで、男性の局部を見てびっくりしたというわけだ。案外、この人も嬰児ねんねえなんだな。もちろん、そうは思ったものの、口に出すのはやめておいた。

「ところで、高木さん」堂林の声には含みがあった。

「なによ?」

「あなた、まだお若いのに、もうご主人と死別されているみたいですねえ。よろしければ、そのいきさつをお話いただけないでしょうか」

「りえちゃん、そんなこという必要ないわよ」丸山が割って入った。

「いいのよ。別に隠すことじゃないんだから」わたしは平然と返した。「十八の時、わたしは結婚したけど、相手の男がとにかく最低なやつでね。すぐ手を出してきたわ。でも、結婚して三年経ったら、そいつポックリ死んじゃってさ。全くお笑いもんよね。それで、わたしは晴れて自由の身となれたってわけよ」

「死因はなんですか?」

「ええと、突発性なんとかってお医者さんはいっていたけど、わたしにはよく分からないわ。どうだっていいじゃない、そんなこと」

「ずいぶん都合よくお亡くなりになりましたよねえ。ご主人は」と、川本がつぶやいた。

「そうねえ。たしかに都合よかったわ。えっ、それってどういう意味かしら」

「いえ、別に。ただそう思っただけですから」そういって、川本はくすくす笑った。

「久保川さんも奥さんと死別されているみたいですね」堂林が矛先を変えた。

「ああ、もう五年も前のことじゃ。交通事故でなあ。家内は運が悪かった」と、久保川はあまり感傷的にならずに淡々と述べた。

「そうですか。そして、藤ヶ谷さん。あんたの場合は、離婚をされたということだから、お相手がどこかでご存命のまま今は独身ってことですね」堂林が確認を取ろうとした。

「まあ、そうだな」と、藤ヶ谷は素っ気なく答えたが、わたしには分かる。離婚の原因はおそらく藤ヶ谷の暴力であろう。わたしのかつての夫となにからなにまでそっくりなのだ、この藤ヶ谷って男は……。

「では、ほかのパピルス公開もお願いいたします。じゃあ、丸山さん、いかがですか」

 羊皮紙をずっと手にしたままでいる丸山に、堂林が声を掛けた。

「ここにはあるけど、見せたくないわ」

「それはいけません。公開は平等にいきましょうや」堂林は相手にしなかった。

「ふん、やってられないわ。じゃあ、勝手にすれば」

 そういって、丸山は羊皮紙をテーブルの上にポイっと放り投げた。


挿絵(By みてみん)


「なるほど、みなさんの年齢ですか。女性の方々はあんまり見せたくないデータなのでしょうね」

「でもまあこの数値は、だいたい俺が想像していた通りだな」と、パピルスに目を通した川本が感想をこぼした。

「じゃあ、次はお前の番だ、川本――。パピルスを見せてもらおうか」さりげなく堂林が詰め寄ると、

「なかったよ」と、川本はあっさり否定をした。

「なにい?」

「俺の部屋をあちこち探したけど、もちろん引き出しの中もな。パピルスはなかった。だから、提供したくてもそれができない」

「冗談だろう? ないはずはない。きっと見せたくないだけのことだ。つくづくこすい野郎だな」

「ないものは出せねえや」と、川本が開き直った。

「ふん、いつまでしらばっくれられるかな。仕方ない。お次はどなたでしょう。じゃあ、藤ヶ谷さん、あなたのパピルスを公開願います」

「俺のパピルスだって? はっ、いいのかい、こんなの公開しちゃってさ」藤ヶ谷は不気味な台詞を残すと、丸めた右手のパピルスをくるくる回した。

「判断はこちらでします。黙ってお見せください」

「俺はかまわないけどさ、たぶん大混乱が起こるぜ。こいつをさらしちまうとな。

 特にさ、そちらで品よくふるまわれているお嬢さま方には、ダメージがでかそうだなあ」藤ヶ谷がわたしたち三人に目をくれた。

「個人の秘密をここで公開しなきゃならない理由なんてどこにもないでしょう。全部のパピルスを確認しなければいけないという考えに、あたしは賛成できないわ」と、丸山が弱気な発言をした。

「そちらのやわそうなお嬢ちゃんはどうなんだい。俺が見る限り、あんたが一番心配だけどな」そういって、藤ヶ谷は、西野の身体を嘗め回すように、卑猥な視線を送る続けた。

「別にかまいません。どうせ、そこに書かれていることなどなんの信ぴょう性もありませんから」と、西野はツンとすまして相手にしなかった。

「じゃあ、見せるぜ。どうなっても知らねえからな」

 散々もったいぶってから、藤ヶ谷はパピルスをテーブルの上に広げた。しかし、そこに書かれていたのは、常軌を完全に逸した驚愕の内容であった。


挿絵(By みてみん)


破廉恥はれんちにもほどがある。セックス時の好みの体位なんて、個人情報の範疇はんちゅうを逸脱しちょるわい」久保川が絶叫した。わたしも開いた口がふさがらなかった。真っ先に目がいったわたしの欄に書かれた単語『cowgirl』であるが、想像するに、おそらく『騎乗位』ということだろう。そして、たしかにそれは真実である……。

「俺は理系だから、まったく意味が分からんが、俺のところに書かれた『cowgirl』って、どういう意味だ?」と、川本が問いかけた。分からないから訊ねたというより、なんだか、この異様な状況をもっと盛り上げようとしているようだ。こいつは間違いなくSサディストだ。

「『牛の上に乗る女』という意味だよ」と、堂林がニヤニヤしながら答えた。

「あっ、そうか。『騎乗位』ね。なるほど。こいつは全然分からなかったなあ」と、わざとらしく川本がふるまった。

 西野はうつむいたまま、怒りを押し殺すようにぶるぶると小刻みに震えていた。難しい英単語が並んでいるけど、学生の彼女には意味が分かるのだろう。一方で、久保川は、職業柄これらの単語をほぼ掌握しているようだ。ひと回り見回してみて、この忌まわしいパピルスに書かれた単語の内容を全部理解しているのは、堂林、西野、久保川の三人だけのように思われた。

「じゃあ、一番目に書いてある『standing doggy』って、いったいどんな体位なんだろうね。俺的には一番興味があるけどなあ」と、とぼけたように川本がつぶやきを続けた。

「『立ったまま犬のごとし』。俗にいう、『立ちバック』ってやつだ。なかなか普通ではしないマニアックな体位を、どうやらお気にあそばすみたいだな」と、堂林も悪乗りに便乗した。

「なんじゃい。生娘きむすめみたいな幼顔おさながおをしとるくせに、現実は、後ろから立ったままぶち込まれて、ヒイヒイとわめき散らすあばずれじゃったんか。こいつは見事に裏をかかれたのう」久保川が西野の顔を下からのぞき込んだ。それに気付いた西野が、嫌悪感を誇示するように両手で耳を押さえながらかぶりを振ったから、これがますます久保川を喜ばせてしまった。西野には気の毒だが、彼女が恥ずかしがる行為全般が、男連中にとって絶好の性的刺激セックスアピールとなってしまうのだ。まさに、オオカミの群れの中に放り込まれた一匹の子羊のようなものである。

「総じて、ケツがちいさい女は、『後背位バック』が好きなもんさ。それに、立ったままの行為を喜ぶのは、レイプされたがり願望の現れだな」得意顔で藤ヶ谷が摩耶を侮辱した。

「つまりは、根っからのMっちゅうことかいな。たまらんのう。このお若い嬢ちゃんは……」

 久保川も人目もはばからずハアハアと息を漏らしている。低俗な連中が発情しまくって、すでに場のおさまりが付かなくなっていた。

「もうやめなさいよ。さっき摩耶ちゃんがいったように、このパピルスに書かれた内容が真実である根拠なんて、どこにもないんだから」そういって、丸山は震える西野を抱きかかえた。

「そうよね、馬鹿みたい。まやちゃんがセックスする姿を、どうやって確認したというのよ。こんなの、主催者の勝手な憶測に過ぎないわ」と、わたしは平然といってのけてやった。

「じゃがのう。わしが『doggy』、つまりは『後背位』が好みなのは、事実なんじゃって。ここに書かれたことに根拠がないとは、まんざら信じられんがのう」と、久保川がしつこく食い下がった。このエロじじい、とっととくたばってしまえばいいのに。 

「高木さんがおっしゃる通りです。残念ですけど、こいつは第三者が行った勝手な憶測に過ぎません。まあ、いくぶん鋭い観察力に基づいた内容のようにも見受けられますがね」と、堂林が最後に取りまとめたが、こいつ自身も西野の身体のラインから最後まで目を離そうとはしなかった。

「さてと、残るパピルスはあと三枚となりました。お次は高木さん、いかがですか?」

 もう我慢の限界だ。わたしはみんなに聞こえるようはっきりといってやった。「あったけど、絶対に見せないわ。拒否権はあるわよね!」

 あまりの強い語調に、さすがの堂林もたじろいだみたいだ。

「仕方ありませんね。では、久保川医師はいかがですか」

「なかった……」と、久保川はあっさり答えた。

 ここまで勝手な暴言を重ねたくせに、それが許されるのかと、わたしはいきどおりを感じずにはいられなかった。

「やれやれ、結局のところ、未公開パピルスはあと三枚ってことですか」堂林は指を折りながら数えるしぐさをした。

「秘密の火種はそのけむりからすぐに見つかってしまいます――。

 川本、高木、久保川のお三方には、パピルスを見つけられ次第、すみやかなる公開を望むのみですね」

 堂林は忌々いまいましそうに口元を手で押さえると、そのまま居間から出て行った。


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