6.装置
二階の自室へ戻ると、僕は真っ先に鉢の土の中を調べてみた。
「あった、これだ……」目的の鍵はすぐに見つかった。
鍵にはホルダーが付いていて、『No.7』と文字が刻まれている。僕の部屋番号と同じナンバーだ。
さっそく部屋の外に出て、扉の鍵穴に、たった今、手に入れたばかりの鍵を差し込んでみると、カチャリと音がして錠が掛かった。どうやらこれで、安心して自室を空にすることができそうだ。
あらかじめ、各自が自室の鍵を確認してから、居間に再び集まる約束が取り交わされていた。集合する目的は二つある。一つは、謎めいた処刑装置の探索であり、もう一つは、未知なる十人目のゲーム参加者との面会だ。居間には、一ノ瀬夫妻の二人も含めて、九人全員が集まった。時刻は八時四十分であった。
「みんなそろったようだな。じゃあ、まずは処刑装置の探索からだ。九時まであと二十分しかねえからな」
ここでも仕切るのは、やはり川本だった。
「それで、一ノ瀬さん。装置がありそうな場所はどこか心当たりがありますか」と、岡林が訊ねた。二番手はこいつのようだ。
「はい、おそらくはワインセラーのさらに奥だと思われます。そこは、わたくしもまだ行ったことがありませんので……」
「ワインセラー?」とっさに僕が疑問を口にすると、
「はい、相沢さま。ワインをストックしておくお部屋でして、地下室にございます」と、一ノ瀬氏が丁寧な説明をしてくれた。
「この館には地下室があるのですか?」岡林が驚いた様子で目を丸くした。
「さようでございます」
「その地下室に行く方法は?」待ちきれずに川本が口をはさむ。
「階段が調理室の奥にございます。さっそく、まいりましょう」
一ノ瀬氏の先導で、僕たちは食堂の前の廊下までやってきた。そこには扉が三つあった。うちの二つは壁沿いに左手に並んでいて、ともに食堂への出入り口となっている。そして、あと一つが廊下の突き当りにあった。そこは使用人である一ノ瀬夫妻しか行き来していない謎の扉で、僕はもちろん、おそらく客人の誰もがその先へ進んだことがないであろうと思われる。一ノ瀬氏がその扉に手をかけると、扉は簡単に開いた。
「いつもなら、ここは鍵が掛かっていますよね?」岡林が一ノ瀬氏に確認を迫った。
「さようでしたか? この先は、厨房とわたくしどもの寝室がありまして、とりわけお通しできないような理由などございませんが、普段は、この扉の鍵はなんとなく閉めてしまいますね」
「閉める方法は?」
「はい、向こう側から楕円形状のつまみを回すだけで、簡単に施錠できます。わたくしどもの寝室のほうからということです」
「なるほど……」
「どうでもいいけど、ワインセラーへ早く連れて行ってくれないか。時間がないんだ」と、川本がせかした。
「かしこまりました。では、みなさま、一列になってついてきてください」
一ノ瀬氏を先頭に、川本、岡林、僕、久保川、藤ヶ谷、そして、丸山、高木、一ノ瀬夫人の順番で、僕たちは隊列を構成した。
「手前が厨房への扉で、奥のほうが、わたくしども夫婦が寝泊まりいたします使用人部屋でございます」
一ノ瀬氏は手を差し向けて一つ一つ説明をした。そして、使用人部屋を過ぎると、廊下は突き当りとなった。突き当りまで近づくと、右に扉があり、左手には下へのびる真っ暗な石段があった。
「こんなところにあったのか。この館の地下へ降りる階段が……」川本が声を張り上げた。
冷たい石段を底まで降り切ると、そこには赤レンガ壁に四面を囲まれた薄暗い部屋がたたずんでいた。奥に棚があって、たくさんのワインの瓶がこちら側に底面を向けた状態で保管されていた。
「こりゃあ、すごい。フランスのシャトー・マルゴーにイタリアのキャンティ・クラシコ、ドイツのトロッケン・ベーレンアウスレーゼもあるのか……」真っ先に飛びついた川本が、ラベルを確認してうめき声をこぼした。
興奮気味の川本を尻目に、岡林は無表情のまま、ワイン棚とは反対のスペースに向かってすたすたと歩いて行った。
「二つ扉がありますね」
一ノ瀬氏がそのうちの片方へ近づいた。
「こちらがボイラー室に連絡する扉です」
「ボイラー室ね。中を拝見してよろしいですか?」岡林が頼み込と、
「どうぞ、こちらでございます」といって、一ノ瀬氏は扉を開けた。
中には白で塗り固められた巨大なタンクがあった。でも、ボイラー室と聞いて、石炭をくべる蒸気機関車の運転席のような凄惨な光景を想像していた僕としては、実際はそんなに熱くもなく、音もさほどうるさくなかったので、むしろあっけにとられた。
「思っていたよりもずっとクリーンなんですね。ボイラー室っていうから、蒸気が立ち込めて、熱気がむんむんした場所だと思っていましたよ」と、僕は率直に意見をのべた。
「はい、このお屋敷のボイラーは、最新の電気式でございます。ですから、静かで、安全で、それに常時ここへ人が待機する必要がないのですよ」と、一ノ瀬氏が嬉しそうに力説した。
なるほど、たしかにここは、『火力発電所』というよりは『原子力発電所』のイメージのほうがピッタリくる……。
「すごい。だからこの館は二十四時間いつでもシャワーからお湯が出るってわけだ。でも、電気代は半端なくかかりそうですな。はははっ」と、川本は皮肉を込めながら薄ら笑いをしていた。
「もう一つの扉がありましたよね。その向こうには、なにがあるのですか?」岡林がポツリと訊ねた。
「それがですねえ……」と、一ノ瀬氏が突如返答に窮した。
僕たちは再びワインセラーに戻った。そして、懸案のもう一つの扉に視線を向けたのであるが、よく見ると小さな紙が貼ってあって、そこには謎めいた文字が書かれていた。
死を恐れぬ者のみ、この先へ進まん――。
「なんだ、これは?」
単なる脅し文句であろうか、それにしては気味の悪い言葉が記されていた。
「死を恐れぬ者だけが通ってよろしい、というのなら、逆に、この扉の先に行けば命の危険があるということを意味しないのか?」マッチョの藤ヶ谷が肩をすくめた。
「俺は行くぜ……」川本は一向に気にしてない様子だ。
「ついてきたくないやつは、ここで待っていればいい」
怖気る様子を微塵も見せずに、川本は平然とドアノブに手を掛けた。
その扉に鍵は掛かっていなかった――。
先へ進んだのは、川本、岡林、僕に丸山の四人だ。一ノ瀬夫妻に、藤ヶ谷、久保川と高木は、ワインセラーにとどまった。まあ、あんな脅し文句を突きつけられれば、致し方あるまい。
廊下には最低限の照明しかともされていなかった。床はぼんやりと薄暗く、注意していないと足元がおぼつかなかった。なにより気になったのは、天井の低さだ。人狼館の部屋は、どこでも高い天井になっていて、煌びやかさを誇っているのだが、この廊下に限っていうと、手を伸ばせばさわれる程度の貧相な天井であった。
廊下はすぐに行き止まりとなり、右手に扉がひとつ見つかった。そこを開けると、中はだだっ広くて、ちょっとかび臭い部屋となっていた。
吸い込まれてしまいそうな異常な静けさにその空間は包まれていた。ここにも照明がともされている。とはいっても、地下洞窟の中で松明がたかれた程度の、心もとない明るさではあるのだが。
「なんだ、ここは……?」
殺風景な部屋には、巨大な黒い木箱がところどころにめいっぱい置かれていた。
「棺じゃないか? それもこんなにたくさん」
「全部で五個、六個……、ええと、十個あるわ。どういうこと?」
「とどのつまり、ここは霊安室ということさ。
そして、用意されたのが十個の棺桶――。さらには、俺たち人狼ゲームの参加者の人数がぴったり十名と……。
人はいつ死ぬか分からない。分かっているのは、人はいつか必ず死ぬということだ――。
はははっ、こいつはまた、とびきり悪趣味な冗談だな」
そういって、岡林は不気味な笑みを口元に浮かべた。直後に、川本が大きな声を張り上げる。
「おい待てよ。まだ奥にもう一つ扉があるぞ!」
川本が指差したのは、霊安室の最深部の壁に取り付けられた、ちっちゃな扉であった。
「なんだ、これは……?」思わず僕は声を張りあげた。
「ふふふっ、坊やにはちょっと刺激が強すぎたかな?」と、川本が僕に向かって小ばかにしたような台詞を口ずさんだ。
その扉の横壁には、丸い形状の壁時計が掛けられていて、時刻は九時四十二分を指していた。さらに扉には、その部屋を示す白いプラスチックの表札が貼ってあった。
『 DANGER!
The Electric Chair Room 』
「電気椅子室――。こいつだ。処刑装置はこいつに間違いない!」川本が叫んだ。
「オールドスパーキー、処刑のための高価な装置とね……。少なくとも、俺の好みじゃないな」と、岡林もあきれ返っていた。
電気椅子室には硬質プラスチックの窓が取り付けられていて、霊安室のほうから中の様子がうかがえる構造になっていた。そして、ここからでも見える、部屋の中央に設置された不気味な装置――。頑丈な木製の椅子に、両手、両足首、頭部に胸部、腹部を固定するための皮ベルトが付いていて、さらに、頭部にかぶせるヘルメット状の電極と、足首に装着する電極も、そばに転がっていた。中は作業ができるための最低限のあかりがともされてはいるが、正直、ここから部屋の中へ入る勇気は、今の僕にはなかった。
川本と岡林が電気椅子室の中へ入っていったけど、僕と丸山は外から見守ることにした。時間にして十分程度であったと思うが、僕には無限に長い時間のように感じられた。
「正直、反吐が出るわね。頭おかしいんじゃないの? ここのなんとか子爵さんってさ……」待ちくたびれて、丸山がボソッと愚痴を漏らした。
ようやく川本と岡林の二人が部屋から出てきた。川本が説明した。「俺が見た限り、電気椅子は本物のようだ。そばにどでかいお化け変流器の装置が置いてあって、今にも起動できそうな不気味なうなり音を発していたよ」
「電気椅子の起動スイッチは、わざわざ三つも用意されていたよ。それらを同時に押せば、どのスイッチで処刑が発動したのかがあいまいになるといった仕組みだ」岡林が、川本の説明をさえぎって、割り込んできた。
「つまり、仮に処刑を行うとしても、三人が別々のスイッチを押せば、誰のスイッチが作動して処刑が行われたのかがはっきりしないから、執行人たちが罪の意識にさいなまれないよう配慮がなされているってことね」丸山がうなずいた。
「そういうこと。実際に電気椅子の処刑時には、死刑執行人は複数人いるらしいぜ」と、岡林が補足した。
そうこういっているうちに、丸時計が刻んでいる時刻が、十時になろうとしていた。
「ちょうどもうすぐ十時だな。アオイの説明では、処刑装置が作動できるのは、毎日の二十一時から二十二時。すなわち、午後九時から十時の間ということだった。となると、今は一日うちの処刑装置が稼働できる貴重な時間帯ってことだが、裏を返せば、十時が過ぎれば装置が使用できなくなることになる。果たして、十時が過ぎるとなにが起こるのかな?」
川本は、再度電気椅子部屋へ入ったが、すぐに出てきた。
「はははっ、十時を過ぎた途端に変流器のうなり音がプツンと切れちまった。
ここの電気椅子は、二十四時間タイマーによる制御がなされていて、使用可能となるのは、本当に、毎日の午後九時から十時までの特定の時間帯に限定されているってことだ」
「現実に誰かを処刑をしたくなったとしても、それができるのは一日のわずか一時間だけってことね」丸山がポソっと繰り返した。
ワインセラーへ戻ると、僕たちはそろって移動をはじめ、居間へ集合した。
「とにかく、すごい装置でしたよ。あんなのでひとが殺せるんですねえ」と、僕は電気椅子に対する印象をわめき散らした。
「つまり、人狼を見つけ出したら、その電気椅子に掛けちまえば、処刑をしたことになるんじゃな」と、久保川医師が確認を求めた。
「そんな面倒くさいことをしなくても、人狼を縛り上げちまえば、それで終わりだろう」と、藤ヶ谷が反論した。
「いやいや、あの人工知能の嬢ちゃんは、この人狼ゲームを終わらせる唯一の方法が、人狼を処刑することじゃと断言した。しかも、その処刑を行う装置がこの屋敷の中にあるともいった。
つまりじゃな、人狼を見つけ出して縛り上げてもゲームは終わらんけんど、人狼をその電気椅子に掛けちまえば、そこでゲームが終了するっちゅうことじゃ」
久保川医師が述べた推論は、まさしく本質をついている気がする。
「じゃあ、その電気椅子が、まさかのわたしたちの救世主さまってことなのね」本気なのか冗談なのか、高木が能天気に答えた。
「使う使わないの結論を出すにはもう少し時間がかかりそうだな。いずれにせよ、その装置を使いたくても、明日の二十一時まで待つしかないんだから」と、川本が締めくくった。
「次に俺たちがなすべきことは……」
川本が岡林に目をくれると、「十人目のわれらが同朋と面会することさ」と、岡林が親指を立てた。
僕たちは『No.1』の個人部屋へ向かった。一ノ瀬氏の話によれば、そこに『西野』という名前の十人目の泊り客がいるそうだ。
これから僕たちはその人物に会いに行く。リアル人狼ゲームに参加する全員を確認するために……。
『No.1』の部屋の前に集まったのは、一ノ瀬夫妻の二人を除いた全員、すなわち、川本、岡林、丸山、高木、藤ヶ谷、久保川、それにこの僕、相沢の七人だ。川本が、まずドンドンと乱暴に扉を叩いた。
「おい、中に誰かいるんだろう。さっさと出てこい!」
その脅かし様では、出てこようにも出られなくなってしまいそうな、激しい剣幕だった。案の定、中からの反応はなかった。
「俺に代われ。そんな乱暴にしちゃ、出てくるはずがないだろう」と、岡林がしゃしゃり出た。「あの、西野さん。あなたのお名前は分かっています。訳あって、どうしてもあなたと今、お話をする必要があるのです。どうか、ちょっとだけでもお顔を出してはいただけないでしょうか?」
岡林の丁寧な呼びかけにも、中からはうんともすんともいってこなかった。
「仕方ないなあ……」岡林の口調が一変した。「西野さん、聞こえますか? 我々は緊急手段に訴えることにします。こんなことはしたくありませんが、これからこの扉を強制的に開けさせていただきます。
なにせ、こちらの手元には最終兵器ともいうべきマスターキーがありますからねえ。我々がその気になれば、この扉は簡単に開けられるのですよ!」
マスターキーだって? 少なくとも、僕にはまったく初耳の情報であった。岡林は本当にこの屋敷のマスターキーを所持しているのだろうか?
でも効果はてき面だった。岡林の発言の直後に、中にいる人物から返事が発せられたのだった。
「分かりました……。準備をいたしますので、もうしばらくお待ちください。扉はこちらから開けさせていただきます」
女の声だ……。それも、若い感じの。
てっきり中に閉じこもっているのは、中年のおやじだと、僕はなぜか勝手に決めこんでいたので、女の子の声がした時には、正直ちょっぴり驚いた。少ししてから再び声が聞こえた。
「お待たせしました。今、ドアを開けますけど、わたしの方から廊下へ出ますから、わたしの部屋の中へは決して足を踏み入れないことをお約束いただけますか?」
中の声が、僕たちに要求を出してきた。かなり、僕たちに対して警戒感を抱いている様子だ。
「もちろんです。こちらに顔をお出しいただければ、それで結構です。我々には、あなたのお部屋に押し入ろうといった意思など毛頭ありませんから」と、岡林は穏やかに応じた。
「もう一つ、お伺いしたいことがあります。そこに集まっているみなさんのお名前を一人ひとりおっしゃってください……」
謎めいた要求だな、と僕はその時感じた。
「分かった。じゃあ、順番に名前を述べていくよ。俺は、岡林吾郎。プログラマーだ」
まず岡林が最初に名乗りをあげた。
「川本誠二。職業は数学者だ」
「丸山文佳よ」
「高木莉絵。ピアニストなの。よろしくね」
「久保川恒実。町医者をしておる」
「藤ヶ谷隼。スポーツインストラクターだ」
「僕は相沢翔といいます。経済学の院生です」
突如、カシャンと錠前つまみが回された音がして、扉がゆっくりと開いていった。
僕は思わず息をのみ込んだ。中から現れたのは、黒のワンピースドレスに身をまとった、黒髪ロングの美少女であった。
少なくとも僕を含めて、四人の男たちは想定外の展開にとまどったことであろう。この部屋の住民が女であることも意表を突かれたが、まさかこんなとびきりの美人だとは、誰もが予測していなかった。
出てきた少女は僕たちに目を合わそうとはしなかった。落ち着いた雰囲気からは、二十歳前後の女性という印象を受けるが、ほっそりしたスリムな身体が、まだ未成熟のティーンエイジャーを彷彿とさせる。ずっと冷淡な表情を貫いていて、明らかにこの状況を不快に思っているオーラが、こちらまでじわじわと伝わってきた。腰前で組まれた両手に、なにやら茶色いものがはさまっている。
やがて少女は意を決したかのようにくるりと身体をこちらへ向けた。ロングスカートのすそが、軽やかに翻り、吸い込まれてしまいそうなかわいらしいくちびるが、まるで花のつぼみがめくれるかのごとく、なまめかしく開いていく。
「ここにいるみなさんの中で、嘘をついている方がいます!」
彼女は、たしかに今、はっきりとそう告げた。
「突然、なにをいい出すかと思えば。あなたがそう断言をされるからには、なにか根拠がおありなのですか?」
とまどいながらも、岡林が食い下がる。
「はい。根拠なら、ここにあります」
そういって、少女は手にした茶色の塊を提示した。それは文字が記された一枚の羊皮紙であった。