5.主人
ベッドでうたたねをしていた僕は、はっと目を覚ました。誰かがドアをノックしている……。
「相沢さま、晩餐の支度ができました。食堂へお集まりください」
なんだ、一ノ瀬さんか……。僕は安心して、あくびをした。
実のところ、この屋敷に対して僕は少し不満がある。べつだん待遇が悪いというわけじゃない。けど、ゲームがないから、退屈この上なく、寝るしかすることがないのだ。いったいいつまでここにいなければならないのだろうか。
時刻は七時である。みんながぞろぞろと食堂へ集まってきた。真っ白なテーブルクロスの上には、全部で八つの皿が並べられていた。そして、そのうちの七つの椅子が、やってきた客人たちで占められた。
一番上座といえばいいのだろうか、厨房に近くなる席に、丸山と高木の女性二人が、向かい合って着席した。
丸山文佳――。昨日すれ違った時に、背丈が僕と同じくらいだったのには、正直驚いた。主婦とかいっていたけど、モデルをやっても十分にいけそうな、ちょっとそそるスリムな美人だ。
高木莉絵――。丸顔のかわいらしい女の子だ。ピアノの腕前とおっぱいの大きさは、まさに五つ星級である。
彼女たちのとなり、すなわち上座から二番目となる二つの座席には、藤ヶ谷と岡林が向き合って座った。
藤ヶ谷隼人――。見た目はゴリラ、もしくは愛想のない野蛮人だが、話しかければ意外にもこちらへ気遣ってくる気さくな一面も垣間見られる。強がってはいるものの、案外、根っこはおびえきった犬かもしれない。あくまでも僕の勝手な見解によるものだが。
岡林吾郎――。プログラマーという以外になんにも情報がない。結構謎に包まれた人物だ。そして、いつも女性陣にくっついて、なれなれしく話しかけているのが鼻に突く。見た目は、そうだなあ、カワウソとでもしとこうか。
さらに、彼らのとなりに向かい合って座ったのが、川本と久保川だ。
川本誠二――。誰が考えても、こいつの形容詞はブタ意外になにも浮かばないだろう。デブでむさくるしい男であるが、トランプの腕前はたいしたものだった。図体は弛みきっているけど、眼鏡の下の細いキツネ目はあたりを警戒しながら絶えず不気味に光っている。
久保川恒実――。顔がしわくちゃで、見た目はサル。さっき一ノ瀬氏にこっそり聞いてみたのだが、なんと職業はお医者さんらしい。医者といえば、頭がよくないとなれない職業だと、僕は常々思ってきたのだが、この久保川というじいさんは、どうみたって頭がよさそうには見えない。
最後になった僕――相沢翔は、川本のとなりに当たる一番下座へ着席した。向かいの席にも、皿が用意されているのだが、結局誰も座らなかった。いつも余分に一席用意するのが、この館のしきたりなのだろうか。貧乏生活ばかりを繰り返してきた僕には、金持ち風情の考えることなど皆目見当も付かない。
昨日の晩餐もそうであったが、今日の晩餐も僕は圧倒されるばかりだった。この世にこんなに美味しいものがあるなんて、今まで考えたこともなかった。しかし、この至福の時間のあとで、僕たちの運命を左右するおぞましい出来事が待っていようとは、この時の誰もが気付いてはいなかった。
そして、それは食事の最後を飾るデザートが配られている時に起こった――。
どこかにスピーカーがあるのであろう。天井の方から小鳥がさえずるようなはきはきした女性の声で、アナウンスが流れてきた。
「紳士淑女のみなさま。ようこそ、人狼館へ――。
わたくしは、音声認識機能付き対話型人工知能プログラムの、東野葵子と申します。でも、ちょっぴり名前が長いですから、これからはわたくしのことは、簡単に『アオイ』とお呼びくださいませ。
わたくしは、この館の主であらせられる高椿素彦子爵さまのご意思を受け継いで、今回みなさまのご案内役をつとめさせていただきます。ふつつか者ではございますが、どうぞ、お見知りおきを。
さて、ここに集まっていただいたみなさまには、これから楽しいゲームに興じていただきましょう。それはですね――、リアル人狼ゲームでございます。
ああ……、これからみなさまに、とんでもないことをお伝えしなければなりません。このような身の毛もよだつ常軌を逸した事実を申しあげるのはまことにつらいことではございますが、我が主、高椿素彦子爵さまのご命令とあらば、致し方ございません。
みなさまの中には、『人狼』が紛れ込んでおります。ほうっておけば、人狼は獲物を求めて活動をはじめてしまいます。みなさまが無事に生き残れる方法があるとすれば、それはただひとつ――。
悪い人狼を見つけ出して、そいつを処刑することです!」
一同が一斉にざわつきはじめた。
「なにそれ? 聞いていないわよ」
「絶対に参加せにゃならんのかのう。そのゲームとやらに」
「ねえ、人狼が獲物を求めて活動するっていってたけど、それって人殺しが行われるということなの?」
「まさか。ただのゲームでしょ? こんなところで殺人事件が起こって、いったい、誰になんの得があるっていうのよ?」
「そうですよね。僕たちは全員が見ず知らずの赤の他人。お互いに他人を殺したくなる動機などあろうはずがないですからね」
「ふふふっ。お前らちっとも分かっていねえな。このゲームに動機なんてもんは、そもそも必要ないのさ。犯人は――、いや、人狼は、動機に縛られて人殺しをするんじゃない。単に、獲物を食いたいから殺すんだよ」
「とにかく、その人狼とやらをふん捕まえて処刑すれば、ことは済むんだろう?」
「ちょっと待て。おい、その人工知能とやら。処刑すればいいっていったけど、いったいどうやって処刑をするんだ?」岡林吾郎が、謎の声に向かって叫んだ。
「わたくしことは、『アオイ』とお呼びください。
それから、わたくしの説明はまだ続いております。どうか、勝手なご発言はお控えくださいませ。
どうやって処刑をするのかですって? なるほど、もっともな疑問ですね。あっ、でもご心配は無用です。この人狼館のどこかに、処刑を行うための装置がきちんと用意されてあります。心優しき我が主、高椿素彦子爵さまが、みなさまのためにご準備いただいた、大変高価な装置でございます。
ただ、ご注意くださいませ。処刑ができるのは、一日の中で『宵の刻』だけに限定されております。もっと正確にいえば、みなさまの時刻で、毎日の二十一時から二十二時までに当たるたったの一時間の間だけ、処刑の執行が可能となります。それ以外の時間帯で処刑をしようとしても、それができないよう調整がなされております。また、毎日で処刑が発令できるのは、たったの一回切り。つまり、同じ日に二人目の処刑をしようとしても、それはできません。
それでは、あらためて重要な箇所の反復をいたします。
みなさまが生き残る唯一の方法は、人狼を見つけ出して、所定の装置に掛けることで、そいつを処刑することです。もし、人狼の処刑が正しく行われたならば、その時点でゲームは終了し、生き残っている方々は、晴れて自由の身となられることでしょう」
「馬鹿馬鹿しい。処刑をするってことは、人殺しになれってことといっしょじゃないか?」
「処刑をしない、という選択肢はあるんでしょう? だったら問題はないわよ」
「そうじゃて。人狼がいたとしても、そいつを見つけ出して、みんなで縛り上げちまえば、もはやそいつは活動ができんくなる。わざわざ殺しちまう必要もないっちゅうことじゃ」
「ねえ、そもそも人狼が活動するって、本当に人殺しが行われるのかしら? みんな、野蛮なドラマの見過ぎなんじゃない? 案外、鬼ごっごみたいに一人ずつ別室に隔離されていくだけかもしれないし、その処刑とやらも見せかけで、本当に殺すわけじゃないのよ。きっとゲームが終わったら、隔離されていたみんなが居間に戻ってきて、お疲れさまって感じになるんだわ」
「だとしたらいいけど、もし実際に人殺しが行われたら、どうするんだ? なにしろ、リアル人狼ゲームなんだぞ」
必死になって交わす僕たちの議論を、まるであざ笑うかのごとく、不気味なアナウンスが続いた。
「なお、みなさまには我が主、高椿素彦子爵さまからのささやかなプレゼントがございます。それはですねえ――、ちょっとしたプライバシーでございます」
「プライバシーだと?」
「さっそくですが、みなさまのお部屋に戻られて、観葉植物の鉢の土の中を調べてみてください。そこにみなさまのお部屋の鍵が埋まっております。それを使えば、扉の外からでもお部屋に鍵がかけられるようになりましょう。ただし、開け閉めができるのはご自分のお部屋の扉のみでございまして、ほかの方のお泊りのお部屋の扉を開けることはできませんから、どうぞご安心くださいませ。それから、みなさまにご用意いたしました鍵はその一つしかございませんから、くれぐれも紛失をなされぬよう、管理には十分にお気をつけくださいませ」
個室の鍵か……。たしかに今のままでは、室内からつまみを回すしか鍵を掛けることができないから、部屋を留守にすれば必然的に鍵が開きっぱなしとなり、誰でも勝手に侵入することができる。でも、自分専用の部屋鍵があれば、外から鍵を掛けてしまえば、外出時にも室内のプライバシーが完全に保持される。
「それからもう一つ、プレゼントがございます。みなさまはこれから三日間のあいだに一度だけ、このわたくし、アオイに質問をすることが許されます。内容はどんなご質問でも構いません。でも、一度質問をしてしまえば、三日が経過しなければ、次の質問ができませんので、あしからず。
さらに質問ですが、客観的に答えがはっきりしていることだけにしかわたくしはお答えいたしません。たとえば、誰かが何歳まで生きられるのか、などというくだらないご質問には、お答えができません。また、一度に複数の情報を得ようとする姑息なご質問にも、わたくしは応対いたしません。なお、ご主人さまからのお許しが出ないご質問にも、お答えすることができませんから、くれぐれもご注意願います」
「じゃあ、さっそくその質問とやらをさせていただくわ」
丸山がいきなり切り出した。「ずばり、人狼は誰なのよ?」
「確認します、丸山さま。それはアオイへのご質問ですか」
わざわざ確認の念を押すメッセージが流れてきた……。
「ええ、そうよ。さあ、答えてちょうだい。誰が人狼なの」
「申し訳ございませんがお答えいたしかねます。そして丸山さま。あなたの質問権が、たった今、消費されました」
アオイがあっさり質問を拒否した。おそらく、丸山がしたのが、ご主人のなんとか子爵さまからの承諾が得られない内容の質問であったということだろう。まあ、人狼が誰かなんて、単刀直入すぎる質問だからしょうがないのだけど、とにかく、これで丸山は質問権を失ってしまったらしい。
「処刑の装置は、館の中のどこにあるんだよ?」今度は藤ヶ谷が口を開いた。
「確認します、藤ヶ谷さま。それはアオイへのご質問ですか」
「いや……、そうじゃない。やめておくよ」藤ヶ谷は慌てて発言を撤回した。急に怖気づいたのかもしれない。
代わりに川本が発言した「このリアル人狼ゲームの参加者は、全部で何人だ?」
「確認します、川本さま。それはアオイへのご質問ですか」
「ああ、そうだよ」
「このゲームの参加者は全部で十人です。そして川本さま。あなたの質問権が、たった今、消費されました」
今度はちゃんとした答えが返ってきた。それを確認した川本が、声を張り上げた。「おい、執事。ちょっとここへ来い」
一ノ瀬氏がやってきた。「なんでございましょうか。川本さま」
「今からアオイへ質問をしてくれ。ゲーム参加者の十人の中に、あんたら一ノ瀬夫妻の二人が含まれるのかどうかを」
「分かりました。やってみましょう」一ノ瀬氏は少考してからうなずいた。「人狼ゲームの参加者十人に、わたくしども夫妻の二人は含まれておりますか?」
「確認します、一ノ瀬祐之さま。それはアオイへのご質問ですか」人工知能の声が反応をした。
「さようでございます」と、一ノ瀬氏が答えた。
「リアル人狼ゲームの参加者十名に、あなたたちご夫婦のお二人は、ちゃんと含まれております。そして一ノ瀬祐之さま。あなたの質問権が、たった今、消費されました」
あたりがざわめいた――。
「どういうことだ。ここには、俺たち九人しかいないぞ!」あたふたしながら、藤ヶ谷が叫んだ。
僕も指を折って数えてみた。まず僕に、丸山、高木、藤ヶ谷、川本、岡林、久保川に一ノ瀬夫妻の二人がいる。たしかに全部足しても九人しかいない。十人目とはいったい誰のことだ?
「おい、今度は岡林だ。こっちへ来い。さあ、アオイに質問をしろ。十人目の参加者は誰なんだと」川本が興奮気味に 岡林に命令した。
「やだね。俺は俺のしたい質問をするからな」と、ニヤニヤ顔で岡林が拒否をした。
「なにい? おい、お前、今ここで確認すべき最重要項目は、ステージに乗っている全員を正確に把握することだって、そんなことはちょっと考えればすぐに分かるだろう!」
すると、それを聞いた一ノ瀬氏が川本をさえぎった。「それには及びません。十人目のお方は、わたくしが存じあげております」
「なにい、誰だ。そいつは?」
「おそらくは、一号室にお泊りの西野さまでございましょう。しかし、西野さまは、ご本人のご意向で、みなさまの前にお顔を出されたくない、とのことでございましたが……」
「なんだって、そんな勝手なことが許されるか。おい、今すぐそいつをここへ連れてこい!」
川本が顔を真っ赤にした。
「強引なことは、どうかおやめください」一ノ瀬氏が両手をあげて、川本をなだめた。
「こうなったら、仕方ないな。俺も、川本に同意見だ。その十人目とやらをここにしょっ引きだすのは、このゲームのコンプリートのための必須条件だと思う」と、岡林がさり気なく川本側へついた。
「まあ、いいじゃないの。結局、ゲームの参加者がはっきりしたわけだし、そしてその中に人狼は必ずいるのだからね」丸山は、案外落ち着いた様子だった。
「本当にそうだろうか? おい、家政婦。今度はお前だ。人狼が全部で何人いるのか確認してくれ」川本は、家政婦に命令した。
「なるほど、それはたしかに大事な情報よね」丸山もうなずいた。
「分かりました」家政婦は承諾すると、アオイに向かって質問をした。「あのう、人狼でよろしいのですか? その、悪いお方は、全部で何人みえるのでしょうか?」
「確認します、一ノ瀬歩美子さま。それはアオイへのご質問ですか」
「はい、そうです」
「このゲームでは、人狼はたった一人しかおりません。そして一ノ瀬歩美子さま。あなたの質問権が、たった今、消費されました」
人工知能の澄んだ声が、淡々と室内に響き渡った――。
「十人の中に人狼はたったのひとりだけか。だったら、そんなに怖がることもないんじゃないかな」
「さあ、どうかしら。その人狼が、常軌を逸した力持ちだったら、あたしたちには食い止められないかもしれないわね」と、丸山がちらっと藤ヶ谷に視線を向けた。
「まだ質問を終えていないやつは誰だ。ええと、岡林に高木、医者と、未知なる十人目、それに……、坊やか?」と、川本は最後に僕をにらみつけた。
「俺もまだしていないぜ」と、藤ヶ谷がいった。
「まだ確認しておきたいことといえば……」丸山が考え込んだ。
「待てよ。お前たちがしたい勝手な希望に、なんで俺が従わなければならないんだ。俺は俺がしたいときにこの貴重な質問権を使わせてもらうぜ」と、藤ヶ谷はきっぱりといい放った。
「勝手なことを……。いいか、このゲームは協力が大切なんだ。そして、そのためには冷静な頭脳が必要なんだ。個人が勝手に行動したら、それこそ人狼の思うつぼなんだよ」川本が、子供をあやすような口調で、藤ヶ谷に詰め寄った。
「よく分かんねえな。難しいことは……。いずれにせよ、俺はお前の指図は受けねえ。俺はな、お前が嫌いなんだよ」藤ヶ谷はプイと顔をそむけた。
「ふん、勝手にしろ!」
「じゃあ、僕が代わりにしましょうか。処刑をする装置はどこにあるんですか?」やむを得ないと思った僕は、アオイに訊ねてみた。
「確認します、相沢さま。それはアオイへのご質問ですか」
「ちょっと待て!」僕が返事しようとした時、川本がさえぎった。
「くだらない質問をするんじゃねえよ。処刑の装置とやらが使用できるのは九時以降なんだ。まだ、一時間もあるじゃねえか。そんなのこっちで探しちまえばいいんだよ」
「それもそうですね……」
「いいか、まだ質問していないやつは、ここで質問したくなけりゃ、あとでもいい。だがな、アオイに質問をする時には、必ず俺に一声かけてくれ。この質問権というのはな、思っている以上に貴重な武器となるんだよ。人狼退治のためのな!」
川本が場を取り仕切った。それを聞いて丸山が口を開いた。「そうよね。あたしもその意見には賛成よ」
「じゃあ、これから俺たちはなにをすべきなんだよ?」先ほど非協力的な態度を取った岡林が、すでに議論の中心に割り込もうとしている。
「まずは、仕入れた情報の確認だ。おい、執事。あんた、この屋敷内は熟知しているんだろうな。処刑の装置がありそうな場所は見当付かないか?」
「わたくしもこのお屋敷のすべてを掌握しているわけではございません。しかしながら、そのようなものは、おそらくそれなりの大きさがございましょう。そんなものがあるとすれば、おおよその見当はございます」
「一ノ瀬さん。そもそも、あなた方はどのようにしてこの屋敷にやってきたのですか?」岡林が割り込んで入った。
「おい、岡林。仕切っているのは俺だ。勝手な質問はするな」
「勝手かどうかはお前の主観だが、俺がした質問はとても重要なことじゃないのか?」
「ふん、仕方ねえな」と、川本は渋々認めた。
「はい、岡林さま。わたくしと妻は昨日の早朝にこちらへやってまいりました。まだ、嵐がやってくる前でして、相当曇っておりましたが、雨は降っておりませんでした。
わたくしも妻も、目隠しをされまして、ヘリコプターに乗せられました。そして、ヘリコプターから降ろされましてからも、目隠しをされたまま歩かされて、ようやくこのお屋敷へまいりました。屋敷内で目隠しを外されますと、同乗された紳士が、わたくしどもに細かな指示をお与えになりました。それを終えてから、その紳士はお屋敷を去られました。おそらく、来たのとは逆に、ヘリコプターでお帰りになったんだと思います。それから、わたくしどもはご指示通り、みなさまがいらっしゃるまで準備に専念いたしました」
「その紳士の容姿はどんなでしたか?」
「ええと、中肉中背のお方です。マントをかぶって、シルクハットと気味の悪い白い仮面をお付けになっていたので、お顔はよく分かりませんでした」
「ヘリにはどのくらい乗っていましたか?」
「そうですね。ええと、ざっと一時間くらいでしょうか。かなり長かったような気がいたしますが、目隠しで真っ暗な状態でして」
「どこから乗りましたか」
「箱根のホテルから車に乗せられまして、しばらく移動いたしましたが、なにぶん夜のことでして、どこは走っていたのかはよく分かりません。車から降ろされたときには陽が昇りかけておりまして、付近はだいぶ明るくなっておりました。そこは山の中のさびしい駐車場でした。ほかに車はどこにも停まっておりませんでしたが、ヘリコプターが一台ありました」
「つまり、俺たちを全員、まず屋敷へ入れておいてから、使用人の二人をヘリで運んだということになる。そして、医者だけが、あとになってから運ばれたんだけど、その時には嵐が来ていたので、やむを得ず、屋敷の近くにある小屋に、医者の身柄を放置した……」川本が一ノ瀬氏の話を総括した。
「もう一つ。一ノ瀬さんたちを雇った人物は、どういった風貌でしたか」岡林が一ノ瀬氏に訊ねた。
「はい、雇われたご主人のお名前は、高椿素彦さま。お給金も前払いですでにいただいております。でも、実際にわたくしどもは面と向かってそのお方とはお話しておりません。そして、わたくしたちをお運びした紳士は、高椿さまのお言いつけに従って行動をされた単なる代理人だったそうです」
「どうやら、嵐が止んだら屋敷の外の調査をする必要がありそうだな。森のほかに、少なくともオンボロ小屋がひとつとヘリポートがあるはずだ」
今度は岡林が意気込んで断言する。それに呼応して、川本も負けじと声を張り上げた。
「そして、その前になすべきことが二つある。処刑装置の在り処を突き止めることと、謎の十人目とやらに面会することだ!」