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人狼ゲーム殺人事件  作者: iris Gabe
解決編
28/31

27.姦淫

 ミルクティーをたしなむ私の顔を、下からじっとのぞき込んでいた虫除けくんは、したり顔で自論を語り始めた。

「あんたが藤ヶ谷から襲われた場所は、あんたの個室ではなくて、霊安室だった――」

 私はふっと含み笑いをした。

「どうしてそんな馬鹿馬鹿しい嘘を、私が吐く必要があるのですか」

「まあ、さしずめ、こんなところかな。あんたは人狼館で思いもかけない恥辱を受けてしまった。そして、そいつをひた隠そうと、追い込まれたあんたは、やむを得ず嘘を吐いた。だけど皮肉なもんだよね。あんたが受けた恥辱は、藤ヶ谷から受けたものとは別だったのだからね」

 私はふーっと大きくため息を吐いた。

「仮に私が嘘を吐いたとして、そのことをやすやすとこの場で認めるとでもお思いですか」

「その必要はないよ。今、あんたがしたそのため息こそ、事実を認めた証拠だと、俺は確信を持ったからね」

 虫除けくんはかすかに口元をほころばせた。

「そう、あんたは丸山文佳に襲われたんだ――。

 そして、丸山の部屋にあんたが訪れた時刻は、あんたが証言した朝の六時二十五分ではなく、実際はもっとずっと前の深夜だったのさ――」

 なにも口には出さずに、私はあの悪夢を静かに思い起こしていた。


 バスルームのドアがさっと開いた。おどろいた私は反射的にシャワーカーテンを閉める。

「摩耶ちゃん、ここにお洋服置いておくわよ。それからさっきまで着ていたけがれたドレスは、処分しといてあげるわね」

 そういい残して、丸山は私が脱いだ服を持ち去ると、バスルームから出て行った。シャワーを終えた私が棚に目をやると、置いてあったのは黒いブラジャーにショーツとストッキング、それにガータベルトが付いた下着と、シルクのワンピースのネグリジェであった。すこし生地が薄くて、下着が透けてしまいそうなのが気になったけど、それを着るしかその時には選択肢はなかった。

 鏡が動かないドレッサーに腰を下ろして、ドライヤーで髪を乾かしているところを、丸山が後ろから近寄ってきた。

「摩耶ちゃん、あなた素敵よ。こんなにかわいらしい子、あたし今まで見たことないわ。お願いよ。もう我慢ができないの」

 そういって、丸山は私を背中から抱きしめてきた。とっさに振り払おうとしたけど、逆に、両腕が抱え込まれて、身動きを取れなくされてしまった。

 なるほど、そういうことだったのか……。私は女子高時代にある女性教諭から、同じように、無理やり身体を触られた経験があった。あの教諭もたしか、丸山がさっき口にしたことと同じような台詞せりふをいっていたっけ。

「あの……、電気は消してください――」

 この時、私はすでに気付いていた。鏡が固定された奇妙なドレッサー。もしその鏡がハーフミラーになっているとしたら……。

 そうなのだ。考えてみれば、人狼館の部屋の構造は実に不自然極まりないのである。ドレッサーの鏡、ベッドわきの壁に掛けられた鏡、部屋のすべてを見渡せる壁に掛けられた意味不明な絵画。そして、その全部に隠しカメラが仕込まれているとすれば、すべてのつじつまが合う。私たちのここでの行動は、常時盗撮されているに違いない。つまり、このまま電灯が点灯していれば、これから起こる受け入れがたき出来事を、克明に映像として記録されてしまうのである。それを危惧した私にできる唯一の手段が、消灯を所望することであった。

 最初こそいやがる素振りを見せたものの、圧倒的な腕力差に、私の抵抗はむなしく尽きていった。やがて、ネグリジェが剥がされ、生まれたままの姿にされた私は、剥き出しの恥部を執拗に責められて、このあと何度も逝かされるという屈辱を味わい続けるのだった。

 今となって考えてみれば、翌朝になって堂林と川本が丸山の部屋へやってきたことは、私にとってまさに天の助けであったといえよう。丸山が戸口で彼らとの応対をしている間に、私は急いで衣類を着こんだ。でも、その場には丸山の衣類しかなかったから、やむを得ず、パーカーにデニムパンツを着用したというのが真相だ。

 その時、丸山が堂林たちに、私が訪れた時刻を六時半と証言したのには、正直びっくりしたが、すぐに彼女の意図は察した。私に対して行った何時間にも及ぶ卑劣な行為を隠蔽いんぺいしたかったのだ。でも、私もとっさに丸山に話を合わせてしまう。私だって、正直、こんな恥ずかしい出来事をあからさまにしたくはなかった。


 如月恭助は、藤ヶ谷が殺害される直前に素っ裸でいたことを、純粋論理的考察からあばき出した。だがそれが真実だとすれば、藤ヶ谷は五日目の午後九時から十時の間に処刑されているのだから、五日目早朝に森へ謎の逃亡を図った藤ヶ谷は、日が暮れてから、俺たちが気付かないうちに人狼館へこっそり戻ってきて、いったんは霊安室へ隠れたものの、その時すでに衣類をなにも着用していなかった、ということにもなってしまう。こいつはさっぱり理由わけが分からない。

「全部が勝手なこじつけだ。いくら、藤ヶ谷の服を脱がせるのが困難だからといって、最初から服を着ていなかったなんて結論付けるのは、本末転倒以外のなにものでもない」

 俺は恭助の身勝手な論理を突っぱねた。

「たしかに、藤ヶ谷が裸でいたのなら、その理由も説明しなければいけないよね。それじゃあ本丸攻略の前に、まずは外堀から埋めていこうか。でもこいつはちょいとばかり衝撃的だけどね。

 実はさ、愛しの摩耶ちゃんに降りかかった災難は、藤ヶ谷から襲われたことだけではなかった。そのあとで、摩耶ちゃんは、なんと丸山文佳からもレイプをされてしまったんだよ」

「西野が丸山に襲われた?」

 恭助の衝撃の告白に、俺は耳を疑った。

「ああ、パピルスNo.2によれば、丸山の既往症はGender identity disorderとなっている。さあ、リーサちゃん、この単語の意味を教えてよ」

 恭助はリーサに向かって問いかけた。

「はーい、リーサがお答えいたします。Gender identity disorderの意味は『性同一性障害』ですよ。恭助さん、そんなことも知らないのですか?」

 待ってましたとばかりに、リーサは瞬時に翻訳した。

「そういうこと。つまり、丸山文佳の恋愛対象は、男ではなく女だったんだよ」

「あの晩西野は、藤ヶ谷から襲われたあとで、救いを求めた丸山からも二重に襲われていたのか」

「そうさ。かわいい子の宿命とはいえ、実に残酷な運命だよね。

 でもさ、ここで重要なことは、摩耶ちゃんが可哀そうだということではなくて、摩耶ちゃんが嘘を吐いていたということなんだ」

「つまり、丸山からレイプされていたことを黙っていたことか……」

「ああ、それもあるけど、それを隠すために、丸山の部屋を訪れた時刻を、丸山が証言した六時半だったと口裏を合わせてしまったことだ。そのために、摩耶ちゃんが藤ヶ谷から襲われた時刻についても嘘をかたってしまうことになる。彼女は午前零時に床について、いったんぐっすりと寝たあとで藤ヶ谷から襲われた、と証言をした。だから犯行時刻は零時以降の二時とか三時とか推測されたんだけど、実際に藤ヶ谷から襲われた時刻は午前零時よりも前だったんだ。

 ついでに、摩耶ちゃんが襲われたと証言した場所も嘘っぱちで、実際は、彼女の部屋じゃなかったのさ」

「じゃあ、どこなんだ?」

「霊安室だよ……」

 恭助は遠くに視線を送りながら答えた。

「摩耶ちゃんが寝る時に電灯を消す主義だったと、あんたのメモにも記載されていたよね。だとすれば、深夜に自室で藤ヶ谷から襲われたのだとしても、その時に電灯は点いていなかったはずだ」

「だから、襲ったのが藤ヶ谷だと西野が断定できたことがおかしい、とでも主張したいのか。残念ながら、いくら真っ暗であっても、抱かれた相手が筋肉マッチョの藤ヶ谷なら、そんなの間違えようがないぜ」

「いや、そっちじゃなくて、ゲームの主催者側が摩耶ちゃんの貞操を確信していたことがおかしいのさ。たしかアオイがはっきりと断言したよね。でも、暗闇じゃあ監視カメラの映像は撮れない。仮に赤外線カメラが仕込んであったとしても、男女の挿入の有無が確認できるほど鮮明な画像は、まず得られないだろう。

 すなわち、そこから導かれるのは、摩耶ちゃんは暗闇の中で藤ヶ谷から襲われたのではない、という結論だ」

「いい加減にしろ。西野が藤ヶ谷からレイプされた場所が、彼女の自室だろうと、はたまた霊安室であろうと、そんなのどっちだっていいじゃないか。事態は変わりゃしない。依然として人狼は誰なのか分からずじまいだ。西野が襲われた時刻が、彼女が証言した午前零時以降よりももっと以前の前日だったとして、だからなんだってんだ。それで事件の謎が解けたとでもいうのか?」

「そうだよ。それで密室の謎が解けてしまう――、としたら、どうするね?」

 恭助はあっさりと結論付けた。俺はますます混乱を極めた。

「そんなまやかしがまかり通るかよ。仮にお前の主張が正しくて、西野が藤ヶ谷から襲われたのが四日目の夜だとしても、事態は一向に進展はしない。

 なぜなら、久保川の殺害は、それから十二時間以上あとになった、五日目の午後だし、さらに、藤ヶ谷の殺害となると、それから丸一日が経過したのちの、五日目の午後九時から十時なんだ。とっさに吐いた西野のちゃっちい嘘なんて、なんの影響も及ぼしゃしないじゃないか」

「じゃあ、質問を変えよう。いいかい、なんでも屋は事実に対してある誤った見解を持っているために、事件の真相に到達できないでいるんだよ。今から、その誤りを取り除いてあげるよ。

 なんでも屋は、摩耶ちゃんのレイプ事件と、久保川の殺人と、藤ヶ谷の殺人の三つの出来事が、この順番で起こったものだと信じているんだよね。

 じゃあ、質問だ。もし、この三つの出来事が、今の語った順番どおりに起こっていなかったとすれば、果たしてどんな順番が考えられるかな」

 俺はあっけにとられた。三つの出来事の順番が違っているだと?

「西野のレイプ事件は、絶対に藤ヶ谷殺害よりは前だ。なぜなら、藤ヶ谷が生きていなければレイプはできないからな。次に、西野のレイプ事件は、久保川の殺害よりも前だ。なぜなら、レイプ事件後に人狼館を逃亡する藤ヶ谷を目撃したのが久保川だから、久保川が生きているときにレイプ事件は発生していたことになるし、というよりも考えるまでもなく、西野のレイプ事件は五日目の早朝よりも前で、久保川の殺害は五日目の正午よりも後だ。

 そして、最後は久保川の殺害と藤ヶ谷の殺害だろう。そんなの、久保川が先に決まっている。久保川の遺体の死後硬直の状況から、久保川が殺されたのは五日目の午後八時よりはずっと前でなければならない。つまり、午後一時から午後八時の間と確定している。一方、藤ヶ谷の殺害は、電気椅子の作動する時刻から、五日目の午後九時から午後十時の間に確定だ。この二つの殺人事件も、久保川殺害のあとで藤ヶ谷の殺害は行われている。人狼館の電気椅子が毎日午後九時から午後十時のわずか一時間しか作動しないことは、周知の事実だ」

「はい、よくできました、といいたいところだけど、こいつが違うんだなあ。相変わらずあんたは間違った固定観念に振り回され続けているんだよ」

 そういって、如月恭助はくすくすと笑い続けた。

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