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人狼ゲーム殺人事件  作者: iris Gabe
解決編
26/31

25.推理

「では、これからいまわしき人狼ゲーム殺人事件の全貌を解き明かしていくよ」

 ただでさえお調子者の如月恭助が、いつに増して饒舌になっていた。俺はいらだつ気持ちを静めるために、カップの珈琲をひとくち口に含んだ。

「絶海の孤島に立てられた人狼館と呼ばれる豪邸に、見ず知らずの十人が一堂に会した。そのほとんどが、平穏な日常生活から拉致されて、強制的に連れ込まれたものだった。そして、ついにリアル人狼ゲームが開催される。十人の中にたった一人だけ紛れ込んだ人狼を捕らえて、電気椅子で処刑すれば、村人側の勝ちとなり、生き残った者は無事に解放されるのだが、その前に人狼が村人たちを皆殺しにしてしまえば、人狼側の勝ち、というふざけたゲームだ。十人には個室が与えられ、個室の開け閉めができる鍵も同時に分配された。各部屋の鍵は一つずつしかないけれど、それ以外に、館内のすべての扉の開け閉めができるマスターキーがたった一つだけ、屋敷内のどこかに存在する。そんな中、突如として第一の殺人事件が勃発する。

 七号室の相沢翔が、自室で一糸まとわぬ裸姿のまま殺された。入り口の扉の鍵は開いていたが、相沢が開けっ放しにしたのか、人狼がマスターキーで開けたのかは、状況証拠だけでは判明しなかった」

「それで、それに関するお前さんの見解は?」

「そうだね、相沢が裸で殺されていた理由は、単に風呂あがりを襲われたからだろうな。そして、おそらく人狼は、マスターキーを使用して相沢の部屋へ忍び込んだんだ。それを後押しする強い根拠はないけれど、これ以降の殺人でも、人狼がマスターキーを使用する痕跡が見られることから、この時点で人狼がマスターキーを手に入れていたと考えるのは、極めて自然だね。

 人狼は、相沢が風呂に入った頃合いを見計らって、マスターキーを使用して部屋へ忍び込む。ひとまず物陰に隠れてじっと待ち伏せた。そして、相沢がシャワールームから出てきたところを、背後から忍び寄って、凶器の特製鎚矛メイスで後頭部を一撃で叩き潰した」

「それなら俺でも分かっている推理だ。腰に巻いていたバスタオルが、遺体のそばの床に落ちていたことがすべてを物語っている」と、俺はいやみを告げてやったが、恭助は全く気にしていなかった。

「そう。人狼は、一階のガフの扉の鍵が閉め忘れられた隙をついて、ワインセラーへ忍び込んだ。おそらくそこで、一ノ瀬氏が管理するマスターキーを偶然に見つけたんだろうね。そして、そのマスターキーを利用して相沢を殺したわけだが、このままマスターキーを所持し続ければ、いずれワインセラーのマスターキーが紛失している事実に一ノ瀬氏が気付いてしまう。そこで、ちょっとでも時間を稼ぐため、七号室の鍵を犯行現場から持ち去り、ラベルをすり替えて、あたかもマスターキーであるかのように、ワインセラーの隠し場所に偽マスターキーを戻しておいたというわけだ」

 ここまでの恭助の推理は、なんてことはない。全部俺が現場でしたのと同じだ。

「じゃあ、次は高木莉絵の殺人に移ろう。

 高木は、三日目の夜に五号室にて、何者かから後頭部を殴られて殺された。凶器が相沢と同じ鎚矛メイスらしいことから、必然的に、犯人は人狼ということになる。翌朝の四日目になって遺体が発見された時には、部屋の入り口の扉の鍵は掛かっておらず、被害者の高木は裸姿で殺されていた。ところが、遺体を調べてみたら、高木は殺された晩にこっそり逢引きをしていたことが判明する。人狼館にいる男の誰かとセックスをしていたんだ。その際、胸元にぶっかけられた精液に関する川本の推論は、実に興味深いものだったね。

 では、相手の男はいったい誰だったのか。一ノ瀬氏や久保川が相手だったとは、高木の好みや彼らの年齢を考慮しても、ちょっとなさそうだ。同じ理由で、ブ男の川本も、お相手から除外してもいいだろう。したがって、栄えある高木嬢との密会ランデブーのお相手は、なんでも屋か藤ヶ谷のどちらかとなる」

「そんなのは藤ヶ谷で決まりだ。もったいぶらず、とっとと話を先へ進めろよ」

 れた俺は恭助をうながした。どうも恭助は自分の推理を無駄に演出しようとするきらいがある。

「ということで、お相手は藤ヶ谷隼で決まりだね。さらに、パピルスの情報によれば、やつはセックス依存症だ。三日間も人狼館に閉じ込められて、そろそろセックスの禁断症状が出始めているのに、館内にはとびきり美女が三人もいて、いつも無防備に目の前をうようよと歩いているのだから、やっこさんもさぞかしつらかったことだろうね。

 やがて、我慢できなくなった藤ヶ谷は、手っ取り早くものにできそうな高木莉絵に声を掛けた。ところが、意外にも高木の返事はOKだった。こうして、藤ヶ谷は三日目の夜になって、ようやく悲願を成就した。でも、このまますんなりと事態は収まらなかった。その晩に高木が殺されてしまったんだ。

 さらに、ここで問題が生じる。それは、藤ヶ谷が人狼でなかったことだ。やつは、この事件の後の五日目の宵に、電気椅子で殺されている。処刑されたのに、その時点でゲームが終了しなかったのだから、結論として、藤ヶ谷は人狼でなかったことになる。

 さあ、これまでを要約してみよう。高木と藤ヶ谷は逢引きをした。高木はセックス後に殺された。高木を殺したのは人狼である。そして、藤ヶ谷は人狼ではない。

 どうだい、矛盾しているだろう?」

「そいつを説明するには、高木は藤ヶ谷とのセックスを終えたあとで、藤ヶ谷がひとりだけ部屋を立ち去り、部屋に残された高木が、セックス後のシャワーを浴びにベッドから降りた時に、人狼が高木の部屋へ忍び込んで、そのまま高木を撲殺した、と考えるしかない」

「まさに、そういうことさ。おそらく人狼は、高木の部屋からセックスの喘ぎ声が聞こえた時から、チャンスをうかがって廊下で待機していたのだろう。そして、藤ヶ谷が部屋から出てきたのを確認して、部屋に一人切りとなった高木に襲い掛かった」

「藤ヶ谷は人狼に気付かなかったのかな」

「おそらくね。目的達成の歓喜に浮かれ、周りに目を配る余裕なんかなかった。それにやつの餌食は高木だけじゃない。今後のためにも、高木以外の女性陣に今宵のセックス行為を知られたくはないから、逃げるように早々に切り上げたんじゃないかな」

「随分と都合のいい野郎だな」

「それでは、次は久保川の殺人だ」

「待てよ。その前に、一ノ瀬夫人の失踪や西野摩耶のレイプ事件もあるぞ」

「ああ、そいつは後回し。まずは四つの殺人事件から片付けていこうよ。なぜなら、後半二つの密室殺人こそが、今回の事件の真相を解明する重要な鍵となるのだからね」

「どちらも完璧なる密室だ。久保川の密室は、二重に扉が閉ざされているおまけ付きだし、藤ヶ谷の密室殺人は、犯行時刻が大きく限定されていて、被疑者の多くに強固なアリバイが存在する」

「ああ、その通りだ。でもさ、密室殺人なんて、所詮はたねがある手品みたいなものだよね。つまり、二重の密室だろうが三重の密室だろうが、なんらかのトリックで肝心の一か所の扉の鍵さえ掛けてしまえば、あとの扉の施錠は単なる目くらましに過ぎなくなる。だから、シンプルな密室よりも複雑な密室のほうが、得てして犯人にとっては創作しやすいものなのさ」

 そう告げると、恭助は小馬鹿にするような目でほくそ笑んだ。


「じゃあ、まずは久保川の殺害事件からだね。この事件はそれまでのとは違って、現場にいくつかの異様な特徴がみられた」

「椅子が大きく引き出されたことや、本棚から一冊の本が引き抜かれて、机の上に置かれていたことか」

「ああ。それに、壁時計が止まっていたことだね」

「止まった時計の針が示していた時刻が三時五十分――。本当にこいつが犯行時刻なのか?」

「さあ、それはどうだろう。なんともいえないなあ」

 恭助は軽くはぐらかした。

「犯行時になんらかの外力が加わって時計が止まったのか、偶然に電池が切れて時計が止まったのか。あるいは、そうして止まった時計を、犯人がさらにそのあとで、意図的に針を動かしてから放置したのか」

 恭助がちらりとこちらへ視線を向けた。

「ところで、なんでも屋。あんたは、現場の時計を調べてみなかったのかい。電池を取り換えて時計が動けば、電池切れで止まったことになるし、電池を取り換えても時計が動かなければ、故障して止まったことになるよね」

 思わず俺は、顔をしかめた。たしかに恭助のいう通りで、現場で調べておくべきことであった。

「さすがの俺にもミスはある。現場で時計の電池を取り換えることは、うっかり見過ごしてしまったということだ」と、俺は素直に自分の非を認めた。

「そして、現場には見事なまでの二重の密室が構築されていた。八号室とガフの扉の両方に鍵が掛けられていて、その開け閉めができる二つの鍵――八号室の鍵とマスターキーは、両方とも八号室の机の引き出しの中に収められていた。

 久保川が八号室の鍵を所有しているのは当然だけど、マスターキーは人狼が所持していたはずだから、人狼は久保川を殺した後、わざわざマスターキーを現場に置いていったことになる。

 だが、どう考えても、マスターキーを手放す行為は人狼にとって利益があるとは思えない。でも、あえてそうした理由は、村人たちを混乱におとしめるためか、はたまた挑発するためだったのか」

「それで、その密室の謎をお前は解けているのか?」

「ああ、解けているよ」

 この野郎、カチンとくることをいけしゃあしゃあと……。

「なら、説明をしてみろ」

「ふふふっ、そいつはもう少しあとだ」

「あとだと?」

「ああ、その前に、藤ヶ谷の密室殺害事件から解明する必要があるってことさ」

 今度は一転して藤ヶ谷の密室か。恭助の勝手放題な言い分にはほとほとうんざりする。久保川の密室と藤ヶ谷の密室、どちらから解明したところで結果は同じではないのか?

「藤ヶ谷の遺体が発見されたのは、ゲーム開始から六日目の朝だった。そして、現場となった霊安室は、やはり完璧な密室だった。中から鍵が掛けられていて、唯一外部から施錠可能なマスターキーは、この時、久保川の遺体とともに、八号室の中に閉ざされていたし、さらに、霊安室には藤ヶ谷の遺体があるだけで、ほかに誰もいなかったのだからね。そして、藤ヶ谷の死因は、電気椅子によるショック死以外は考えられない状況だった。

 しかし、ここへ来てようやく、人狼は事件解明の重大な手掛かりとなる痕跡を残すこととなった。そいつが、アリバイだ。藤ヶ谷を殺害した電気椅子は、ゲームの処刑用に主催者が用意したもので、こいつが作動するのは一日の中で午後九時から十時の間に限定されていた。とどのつまり、人狼は、五日目の午後九時から十時までの間にアリバイがなかった人物に限定されてしまう」

「しかし、その時間帯にアリバイがない人物は、結果的に、俺と一ノ瀬氏しかいなかった……」

「ああ。たしかその時刻には、なんでも屋が館内を見張っていたんだよね。でも、そのためにみずからを処刑候補の筆頭に押し出してしまったのだから、なんとも間抜けなボランティアだったわけだ。はははっ」

「笑いごとで済まされるか。いいか。あの時点で生き残ったのは五人。俺と川本、丸山に西野、それに一ノ瀬氏だ。そして、俺の監視によれば、犯行が行える時刻に、西野と川本と丸山には、いずれも完璧なるアリバイが成立していた。

 まず川本だ。俺が見張りを始めたのは八時。やつは、九時十分に自室から出てきて、そのまま居間へ入って十時過ぎまでずっと出てこなかった。すなわち、川本に、霊安室へ出向いて電気椅子のスイッチを押す機会チャンスはなかった。

 次に西野だ。彼女は十時過ぎに二階の自室から出てきた。裏を返せば、それまではずっと自室にいたことになる。途中で彼女の部屋に誰かが出入りした形跡はなにもなかったし、俺が九時過ぎに廊下から扉越しにうかがった時には、彼女は間違いなく室内にいた。

 最後に丸山だ。九時過ぎの時点で、彼女は自室にはいなかった。扉を開けて確認したわけではないが、気配はなかったからだ。そして、川本の証言によれば、丸山は、川本が居間へ入った時点で、すでにそこにいて、そのあとずっと居間で川本と一緒にいたということだ。つまり丸山は、俺が見張りを開始した八時以降から十時過ぎまで居間にいたことになる」

「でも、なんでも屋の身は一つ。そして、なんでも屋が監視していた場所は、広大な人狼館の二階と一階の両方だ。同時に二か所の監視はできないのだから、なんでも屋の隙をついて、霊安室に移動することができたかもしれない。

 例えば、丸山に関していえば、なんでも屋が二階の丸山と西野の部屋をうかがっているタイミングで、居間をあとにして、霊安室へ移動することは可能だ」

「たしかに一階と二階の両方を同時に監視することはできない。そいつは認める。だが、俺はこまめに階段を上り下りして、監視を続けたし、それに丸山に関していえば、俺が二階の部屋を調べに行った九時十五分に居間を抜け出そうとしても、その時すでに川本が居間へ入っていた。川本の目を盗んで、霊安室を往復することはできない」

「じゃあ、川本と丸山はグルだったとすれば?」

「まさか、そんなことはあり得ない。なにしろ、あの二人は参加者の中でも格別仲が悪かったんだからな……」

 不意を突かれた俺は、その先の言葉が返せなかった。

「ふふふっ、ようやく気付いたかい。ミステリー小説において、仲の悪い男女が実はグルだったなんてトリックは星の数ほどあるよね。川本と丸山――、この二人がグルで今回の事件を引き起こしていたとしても、ちっともおかしくない」

「だけど、アオイの話によれば、人狼は単独犯のはずだ」

「アオイの話を全部鵜呑みにする必要はないぜ。彼女だって、神様じゃないんだし」

「だが、丸山が九時十五分に霊安室へ行こうとしても、その時刻には一ノ瀬氏がワインセラーにいたと証言している。ワインセラーを通らなければ、霊安室へはいけないのだから、やはり丸山に藤ヶ谷の殺害はできなかったはずだ」

「じゃあ、一ノ瀬氏も含めてグルだったんじゃない?」

「そんなはずはない。第一、丸山と川本は、翌日に一ノ瀬氏を会議で吊るし上げようとしているんだぜ」

「よく思い出してよ。翌日の会議での処刑候補は一ノ瀬氏だけじゃなかった。あんたもいたじゃないか。会議でもめるふりをしながら、最後の処刑投票で、一ノ瀬氏と川本、丸山の三人があんたに票を投じれば、多数決であんたの処刑が決まってしまう。そうすれば、最終的に仲間の一ノ瀬氏を救うことができるのさ」

「待て、そんな綿密な計画を、互いに連絡手段を持たない中で実行できたなんて、とても考えられん。館内では誰もスマホを所持していなかったのだからな」

「まあ、そうだね。それに、三人が共謀していたとしても、依然として、霊安室を密室にする方法は解明されていないし」

 恭助はきっぱり断言した。

「そういうことだ。もちろん、生き残った五人の中の誰が人狼であったとしても、密室の謎が解明されなければ、この事件は最終的に解決できたとはいえない」

「じゃあ、いよいよ核心に入ろうか。密室の謎解きだ。

 そもそも密室というものは、創るのに理由がなければならない。普通、犯人は犯行現場からいち早く逃げたいものだ。しかるに、わざわざ手間をかけて密室を創るのには、それなりの動機がある。逆をたどれば、密室を解明すれば、犯人像もおのずと浮かんでくるってものだね。密室殺人なんて犯人にとって常に諸刃もろはの剣なのさ。

 そして、今回の密室なんだけど、三次元空間では完璧な代物しろもののように思えるけど、四次元の世界で見れば、ふきっ晒しの大穴が開いた伽藍堂がらんどうなんだよね」

「四次元だって? ここへ来てオカルトかよ。ばかばかしい」

「あれ、四次元ってオカルトじゃないよ。我々が住んでいる世界は四次元だと、かの尊敬すべきアインシュタイン博士が証明しているんだ。彼が提唱した相対性理論では、この世の中の物理法則は四次元時空間で記述されなければならず、その理論に矛盾する実験結果は、提唱されてから百年以上が経っているのに、素粒子の精密実験から宇宙の大規模構造の観測にいたるまで、なにひとつ見つかっていないのだからね」

 如月恭助は密室の謎が四次元時空を考えることで解明できると断言した。神は絶対にサイコロを振らない――とは、かのアインシュタインがいった言葉だが、果たしてやつはいかなる解答を用意しているのだろうか。

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