24.狼藉
再び如月恭助が所沢の事務所に顔を見せたのは、あれから二か月が経過した二月初旬のことであった。
「いやあ、なんでも屋。大手柄だったよ。あんたがくれたプラチナ情報のおかげで、日本全土を揺るがしていた連続失踪事件が、今まさに解明されようとしているんだからな」
「連続失踪事件だと?」
「ああ、あんたが横浜港の倉庫で拉致をされたように、ここ五年の間に少なくとも三回も、わずか一週間という短期間に全国で複数名の男女が一気に行方不明となる奇怪な失踪事件が発生していたんだよ。
でも、捜査は着実に進展している。まず、あんたが閉じ込められた謎の島だけどさ、もう場所も特定できているんだぜ」
「どうやって?」
「熱海からヘリコプターで移動できる距離にあって、人が住んでいない島。おそらく個人が所有している島だろうが、にもかかわらず、海底ケーブルで電気が送られていて、なおかつ、水道も海底送水管で供給されている。そんな、インフラ条件がそろった島を探し出すのは、さほど難しくなかった。そして、その島で人狼館も見つかったよ。
警察が駆けつけた時には、館はすでにもぬけの殻だったけど、島の所有者の親戚一族を調べていったら、組織メンバーの一人が特定できたんだ。一人見つけてしまえば、あとは芋づる式で、事件の関係者が次々と御用となり、闇サイトを運営していた地下組織が一網打尽となったわけさ」
「闇サイト?」
「ああ。裏の世界で禁断の殺人パーティが催されているという噂は、かつて俺も耳にしたことがあった。金持ち連中が寄り集まって、サバイバルゲーム参加者の誰が最後まで生き残れるかを当てる賭博が催されていたらしいんだけど、とにかくこいつがただのサバイバルゲームじゃなかった。クローズド・サークルに閉じ込められた男女が互いを殺し合うリアルの殺人ゲームだったんだ。
それだけじゃなく、この陰湿なゲームの全貌は館内の要所に設置された隠しカメラによって随時撮影されていて、その映像が組織メンバーらの編集を通じて、会員制の闇サイトで一般公開されていたんだよ。その運営方法たるや実に巧妙で、公開サイトのリンク先が毎日変更されるから、そのたびごとに視聴者たちは接続パスワードを請求しなければならなかった。そして、パスワードの受け渡し賃として破格の視聴料が支払われていたんだ。その金額たるや、初日は一万円だけど、翌日になれば五万円に跳ね上がり、三日目は二十万円、四日目は百万円、五日目は五百万円と、指数関数的に膨れ上がっていった。それでも、資金の提供者が相当数いたわけだから、世も末だよね。いったん好奇心に火が点いたら最後、参加者たちのあらわな姿を翌日になっても見たくなって、まるで麻薬患者のごとく、途中で辞められなくなってしまうらしいよ。怖いねえ。しかも、今回のゲームは三人のとびきり美女が活躍したから、その興行収入はすさまじい額であったそうだよ。
捕らえられた主犯格のメンバーは、おどろくなかれ、たったの四人だった。弱冠二十代の四人の天才が集まって、この恐ろしい計画が執行されていたんだ。もちろん、舞台づくりの人海戦術に依存する部分では、どうしても協力者が必要となる。その役割を果たしたのが、関東地区のとある暴力団だったことも、ようやく判明したんだよ」
「人が殺し合うのを見て、こいつらいったいなにが楽しいんだ?」
俺がふとこぼした疑問を、恭助は軽くあざ笑った。
「ふふふ、あんたもお人よしだな。視聴者の楽しみは、賭博や臨場感だけじゃないよ」
「それ以外に何がある?」
「性的興奮さ。
考えてもみろよ。今回のゲームでの隠しカメラの映像には、個室の内側で起こった出来事も撮影されていた。参加者たちの着替えやシャワーシーン、ひいては高木と藤ヶ谷のセックスシーンや、摩耶ちゃんが藤ヶ谷に乱暴されるシーンもあった。もっとも、人狼が取った隠密行動や事件の核心に触れる内容とかは、主催者側の意図的な編集によって放映映像からは削られていたんだけどね。こと、シャワーシーンに関しては、湯気でよく見えなかったという苦情がサイトの書き込みにかなりあったらしいよ」
「ところでお前、なんで西野摩耶だけ『ちゃん』づけで呼ぶんだよ」
「ああ、彼女には先日、直接会ってきたからね」
「会った?」
「ああ、日本の優秀な警察が本気を出して調べあげれば、人狼ゲームの生き残りの消息なんて、すぐに分かっちゃうのさ。
でも、摩耶ちゃんっていいよねえ。いつも鞭でピシピシひっぱたいてくれそうな感じでさあ」
恭助がうっとりとつぶやく。こいつ被虐性欲者だったのか……。
「あっ、そうそう。メモに書かれていた人狼館のリネン室だけどさ、洗濯機は設置されていなかったみたいだね。あったのは一から十までの番号が割り振られたボックスだけ」
恭助の説明に俺は耳を疑った。
「まさか……。それじゃあ、リネン室の役目を果たさないじゃないか」
「そうだよ。でも、参加者たちの使用済みの下着は、きちんと仕分けされて回収されていたというわけさ。
考えても見ろよ、美男美女が使用した下着を闇サイトのオークション掛ければ、その売値なんて青天井だ。押収された闇帳簿によれば、相沢が履いていたパンツがまず二十五万円で売れて、丸山のパンツが百万円、高木のブラジャーが二百万円。そして驚くなかれ、摩耶ちゃんが初日に履いていたパンツ一枚の値段が、なんと破格の一千万円の値が付いたそうだよ。あんたら生存者全員に配られた報酬の二百万円なんて、摩耶ちゃんのパンツ一枚ですっかり元が取れちゃったというわけさ。あははっ。
ちなみに、なんでも屋の下着は、買い手が誰もいなかったそうだけど、川本の下着は、一部のマニアが五万円で買い取ったという話だ。どういう趣味をしているんだろうね」
「それだけ資金が集まれば、離れ小島に最先端のインフラ整備を擁した人狼館を建てることも、お茶の子さいさいだったというわけか」
「今回のゲームは、リアル人狼ゲームとしては三回目の開催だったらしいね。それ以前には、シナリオ上で役者が演技していたものを配信していた。もちろん殺しなんてなしだよ。当初はまだ規模も小さくて、動く金もたかだか知れていた。でも、それがどこでどう間違ったのか、殺人事件がゲームの撮影中に実際に起こってしまい、その時には主催者側は、どうにか事実を隠ぺいしたらしいのだけれど、視聴者からの反響がすさまじかったらしいね。迫力が全然違ったということらしい。
そこで、暴力団とも提携して、ゲームはいよいよ大掛かりな殺人ゲームへと発展してしまう。その記念すべき第一回目のゲームでは、五人の参加者が殺し合いをして、一人だけが生き残ったそうだが、その生き残りのその後の消息は不明だ。視聴料は一日当たり五万円だったそうだが、裏サイトで運営されていたにもかかわらず、のべ二十六人の視聴者がいたそうだ。それが二回目になると、視聴料は一気に五十万円へ跳ね上がり、参加者たちの下着オークションも開始された。地下世界でのうわさがうわさを呼び、視聴者もついに百人を超えて、海外からのアクセスも多数あったそうだ。
いよいよ気をよくした主催者側は、集まった資金を元手に、離れ小島に人狼館を建設した。そして二年間の空白期間をおいて、今回のゲームの参加者十人を全国からあさり回ったんだよ。拉致をすることが安易にできて、行方不明になっても著名人のように大騒ぎをされることがなく、しかも視聴者受けするような個性的な人物。もちろん、美男美女に越したことはない。そして、参加者候補が定まると、組織は彼らのプライバシーをひそかに、そして徹底的に調査をしはじめた。視聴者受けするような極秘情報をパピルスに記すというアイディアは、今回のゲームで初めて採用されたらしい。あまりに刺激的で鮮烈な内容に、最終的な視聴料が五百万円まで跳ね上がったのに、依然として二十人以上の視聴者が残っていたという話だから、すごいよねえ」
「畜生、人の命をなんだと思ってやがるんだ」
「ただ、主催者側もついにミスを犯した。ゲームの舞台を設置するために無人島を考えたまではよかったが、そう簡単に都合の良い無人島なんてあるはずもなく、結局は身内が所有する島をこっそり拝借してしまったんだ。だから、島が分かった途端に、主催者の中の一人が特定されたというわけだね」
「なるほど。金儲けも規模をでかくすれば、どこかにほころびが生じるというわけか」
「ちなみに今回の事件の人狼――すなわち犯人は、二回目のゲームで栄えある唯一の生存者となった人物だったそうだよ。いわゆる常連役者ってやつだね」
「そして、お前にはその人物が誰なのか、もう分かっているというのだな?」
「ああ、純粋な推理から導かれる結論として、人狼はただ一人に特定されてしまう」
「誰が人狼だ。いってみろ」
「じゃあ、説明させてもらおうか。今回のいまわしきリアル人狼ゲームの全貌をね」
如月恭助と名乗った男の子は、警察の代理として、私と話し合いがしたいと申し出た。どんな内容なのかは知らないが、周りにいる第三者にうっかり聞かれてしまっては、さすがにことがややこしくなりそうなだけに、私はキャンパスから出たところの裏路地にたたずむ喫茶店へ場所を移すことにした。日の当たる坂道の途中にある小さなお店である。ところで、いっしょに並んで歩いてみて分かったことだが、やはりこの子は私よりもひとまわり背が低かった。
「いやあ、こんな美人からデートに誘われちゃうなんて、照れちゃうなあ」
さっきからとぼけたことをいいまくっている。よくもこう続くものだと、感心してしまう。
「いっておきますけど、別にデートに誘ったわけではありませんから。単にあなたが虫除けとして都合がよかっただけと解釈してください」
「虫除けだって?」
「そうです。虫除けです。あなたがそばにいるだけで、ほら、男性通行人たちが私たちをよけてくれていますよ」
「なるほどねえ。たしかにこちらをチラ見してから、こそこそと脇へよけて、道をあけてくれるよね。面白いなあ。でもどうして?」
「となりを歩くあなたが、私の彼氏のように思えてしまうのでしょうね。おかげで、いやらしい目つきをした男の子が声を掛けてこないから助かります」そういって、私はくすくすと笑った。
店内では一番奥にある窓側の席が取れた。ここはやわらかな日差しが差し込む特等席だ。食い入るようにメニューを眺めていた虫除けくんが注文したのは、ホットミルクセーキ。女の子の前だから、少しくらい恰好を付けるのかと思ったが、全くその逆だった。私は定番のミルクティーである。
「この席は私のお気に入りなんです。ほら、いい感じの陽だまりができていて、暖かいでしょう」
「じゃあ、本題に入るよ。なんでも屋が書いた記録によるとさ……」
相変わらず私の話は耳に入っていないみたいだ。
「なんでも屋?」
「ああ、なんでも屋ってのは、堂林凛三郎のことだよ。この名前は聞き覚えがあるだろう?」
堂林凛三郎――。なるほど、この子の関心は、人狼館で起こったあの忌まわしい事件の調査なのか……。
「あなたは堂林さんとはどういったご関係ですか」
「友達だよ。ちょっと前に、愛知県の山奥で世にも奇怪な連続殺人事件があってね。まあ、その時の腐れ縁ってやつだな」
「堂林さんが絡んでいるとなると、おそらくあなたが聞きたいことは人狼館のお話でしょうね。でも、私はあの事件のことはあまり思い出したくないのです」
「もちろん、今日のあんたの証言は俺の胸の内にとどめておく。決して裁判沙汰になることはない。それだけは信じて欲しい。俺はただ、事件の真相を納得したいだけなんだよ」
「真相を知るなんて無理です。当事者である私たちでさえ、あの事件の真相は分からずじまいなのですから」
「真相は分かっている! ただ、そいつの確信を得たいだけさ」
虫除けくんが放った意外な言葉に、私はしばし耳を疑った。
「真相が分かっているですって? あなた、事件の現場にいなかったのに?」